#11
10月24日
土日の休日には自室で1人過ごすことが多かった。特に意味もなくNUTSの掲示板や動画を見ていた怠惰な時間。そんなに悪くなかったが、高校生にしては少し物悲しさを感じていた。が、今はなんとその部屋に花澤理恵がいる。
「小生はどうすればいいんでしょうか!?」
もう1人余計なずんぐり男がいるのは一旦良しとする。昨日投稿したJAM社工場の写真は、今日の東方ジャーナル朝刊の人体爆発記事でかき消された。といっても、それは世間的な話で、NUTSの掲示板では血気盛んに永愛を叩いている。
「なんで俺の家に来たんだよ。凸されたわけでもないんだし」
「小生の家を特定されたんですよ!あそこにいたら危険でしょ!だから理恵さんが心配して連絡をくれたんだから」
「理恵が?」
「うん。だって心配だったから、とりあえず私の家に来れば?って言ったんだけど、とりあえず由紀夫くんのところに行こうって永愛くんが…」
理恵の家に2人きりで由紀夫が行く選択肢があっただと?!
「小生の仲間は由紀夫氏だけですから!」
理恵との2人きりという最高の状況ではないが、理恵の家で由紀夫と理恵の2人きりという最悪な状況を回避できたんだ。理恵は「JAM PHONR」を開きながら、つぶやいた。
「とりあえず、NUTSの掲示板を見に行かない?」
真っ暗な世界を進んでいくと、一気に光の道を進んでいく。目を瞑って光の道はやり過ごさないと、どうしても目が慣れない。瞼を閉じた状態でやっと光の道を通過したのを感じ、目を開くとーーー多くのスキンたちが歩いている白い空間に立っていた。海外セレブ風の金髪女性や、緑色短髪の人形のような海パン男性などの人型をモデルにしたスキン。タコやイカの無脊椎動物風の宇宙人や何かしらの動物を2足歩行にしたもの。抽象的な絵を組み合わせたものなど様々だ。一応スキンには、頭・胴体・足と3分割で設定ができるため、3つの部位で識別できるようになっている。しかし、スキンで個性を発揮させることがアイデンティティの確立であり、より自由度を広げるべきというリベラル運動「フリースキン運動」以降、よくわからない外見のものが溢れ返った。
「由紀夫くんのスキンって、そういう感じなんだね」
振り向くと、可愛いリスの大きなぬいぐるみが立っていた。
「あぁ…理恵?」
「あれ?前と変わっていませぬか?」
リスの横には、昭和の軍服を着た大きな熊が立っていた。永愛のスキンは自分の理想なのだろう。
「ちょっと前に変えたんだよ」
自分の体を見ると、マネキンのような灰色の肌の男性が白シャツと黒ズボンを履いている。即座にスキン選択で初期設定のスキンを選んでおいてよかった。スキンで個性を出そうとしている奴なんて思われたくもない。
「とりあえず、永愛くんの名前で盛り上がってるチャンネルに行って確認してみよう」
リスが、いや理恵が腕をいじると、一瞬で周りの景色が変わる。レンガ作りの地下室が広がる。前方には演壇があり、その前には木製の椅子が多数置いてある。演壇には、真っ黒の服を着て顔を真っ白にしている男性が狂気的に叫んでいる。椅子には、基本黒を基調とした独特な格好をした人間が座っている。人間の熱気でジメジメとした空気が立ち込めている。という気がするというのが、温度を感じない「JAM Glass」では正確だろう。
「この学生があげたJAM社の画像は、陰謀だと言われているが、我々はこれが事実であると断定できる」
「どうしてだ!あの画像はフェイクである可能性だってあるだろ!」
「いや!この画像はファクトチェック委員会でファクトであると断定された情報を獲得した!」
「その情報自体がフェイクである可能性は!ソースはどこにある?」
「ソースは言えない。当たり前だろう!だが、この情報が実際にファクトであることはファクトだ!」
「ファクトされたことがフェイクであるファクトを出せないのに、ファクトであるとは断定できない!」
どうも訳のわからないことを言っている集団だ。相手を論破することが目的で、全く的を得ていない。だから陰謀論者の集いは頭が痛くなる。
「ここは永愛くんを特定して攻撃をする人たちじゃなさそうだね」
「そうみたいですね」
視界が一瞬で次の論壇をする円卓に移動する。すると、深緑と赤い差し色の古びた軍服を着た集団が論戦を繰り広げていた。
「そこまで信憑性を疑うなら!この場から去ればいい!JAM社はΩを利用した兵器を生産している!つまりこれは宇宙人との本格的な戦争が始まることを示唆している!実際に人体爆発事件も考えると、すでに人間の中に宇宙人は存在していて、戦争は始まっているとも言える!!すぐにでもJAM社は兵器開発を公にして、軍備増設を早急に行うべきだ!」
こいつらはタカ派の軍国主義の陰謀論者集団のようだ。
「JAM社の兵器開発が事実であるということは同意する。だけど、やはり野蛮ですね!」
天からの声が響いた瞬間に、地下室の半分が美しい草花が広がる草原に変化する。
「JAM社の開発は宇宙人との戦争に対する兵器でしょう。しかし彼らは宇宙人との明確な対話も行わず、戦争へとヒタ走ろうとしているのです。人類の愚かな歴史を再び繰り返そうとしているのですよ?」
美しい草花が広がる草原を歩いてくるのは、白いドレスを着た金髪の女性だった。その背後には多くの女性たちが美しいドレスを身に纏って歩いてくる。
「またEVEの奴らが来たぞ〜〜!!!!」
演壇の男性が叫んだ瞬間に、地下室の人々が怒号を飛ばし始める。
「EVEってなんだっけ?」
巨体の熊が小声で話し始める。
「由紀夫氏は何も知らないんですね。女性人権団体のEVEですよ。女性の人権が完全に復権したとされている2020年代に、少子高齢化が世界的な問題となりました。これにより先進国が、子供を産む政策を次々と作り上げました。しかし、女性が資本主義のために子供を産む機械として機能させようとする国の動きに異議を唱える論調が出始めたんです。女性は子供を産む以外の幸せを享受する権利があると主張した。その主張は世界を席巻し始めて、世界にまで広がった。その大きな団体の一つがEVEなんです」
「…子供を産む機械」
小さく呟いたリスは少し気落ちしているようだ。
「そのEVEがなんでJAM社とか宇宙人のことに絡んできてんだよ」
「女性の権利を謳った後に、性的少数者などの人間や動物などの加虐をされていると認定されたものたちの権利も主張し始めたんですよ。そして宇宙攻撃が始まってからは宇宙人の権利も主張し始めたみたいです」
女性という弱者を守るという理想を謳い、そして弱者はどんどんと拡大していって、最後には存在するかもわからない弱者にまで手を差し伸べ始めたということか。
「私たちは宇宙人への対話を無しに殺戮をする愚行を止めるために、JAM社の武力兵器開発を訴えるべきと考えています!武力行使を助長するような野蛮な言動はやめてもらいましょう!」
「理想論を語るのもいい加減にしろ!宇宙人側が対話をせずに、攻撃をし始めたんだろ!奴らこそ野蛮じゃないか!」
「人間側がすでに攻撃をしているかもしれないでしょ!」
「妄想もいい加減にしろ!これだから女は!」
「今女と言いましたね!女性への差別発言です!!!」
EVEからは金切り声のヒステリックが響き渡り、一方陰謀論者からは怒号のような声が響く。お互いの声は、地下室と野原の領土の取り合いのような様相を呈してきた。
「なんかすごい事になってるね」
リスと熊と無機質人間は、地下室と野原のちょうど狭間で呆然と見ているしかなかった。
「NUTSではいつも同じような光景が広がっていますよ」
激論という名の非生産的な罵倒の惨状を見渡していると、野原の奥から半分が白く、半分が黒い能面をかぶっている女性らしき人物がこちらをじっと見ていた。
「あの人!写真を投稿した永愛さんじゃないですか?!」
能面が大きな声を出して、熊を指差した瞬間に全員がピタッと黙って軍服熊を睨んだ。
「いや、え?小生は…違いますよ!」
「違います!写真を投稿したアカウントのログと同じです!」
能面は小さいモニターを軍服熊に投げると、モニターには写真を投稿したアカウントのログが表示される。そして軍服熊の横に出現したモニターのログと赤く点滅をして一致していることを告げる。
「本当だ!永愛じゃないか!」
「どう思うんだ!」
「あの写真を投稿した意図をはっきり宣言してくれ!」
なんで、いきなり永愛を特定したんだ!いや、それよりここで何か発言をした瞬間にどちらかの陣営から一斉放火を受けることは目に見えている。
メガネを外すと、そこには汗をびっしょりかいている小太りの青年が座っている。
「永愛!すぐにログアウトして、メガネを外せ!」
丸っこい拳を握る永愛は、汗をかきながらもメガネを外さずにいた。
「…でもこれは僕が撮った写真だ」
「やめろって!」
メガネを強制的に取り上げようとした瞬間にその手を、理恵の細い手が止めた。理恵は真面目な表情をしている。
「なんで?」
「永愛くんが決めたことを止める権利は私たちにはないよ」
「そんなことより、危険な目に遭うんだよ!?決めたこととかどうだっていいよ!」
「小生は!!!」
いきなり大声を出した永愛は明らかに俺たちに声を出しているわけではなかった。すぐに「JAM Glass」をかける。
軍服の熊が巨体を大きくして、怒号を放つ。
「小生が投稿した本人です!小生はこの写真に対して、宇宙人に攻撃しちゃいけないとか攻撃するべきだとかはわからない!だけど!JAM社が軍事的なロボットを生産していることを隠していることは事実です!それは世間に晒すべきだと思う!」
「だからどっちなんだよ!」
「答えなさいよ!」
「僕は事実を世間に伝える!どう思うのかは小生が決めることじゃない!それが小生のジャーナリズムだ!」
巨体の熊に似つかわしい怒号が半草原半地下室の異様な空間に響き渡った。静寂が包み込んだ次の瞬間に、両陣営からの怒号が熊に向かって飛んできた。
「なんだ!その無責任な答えは!」
「偉そうに、ただ学生がジャーナリズムを語らないで!!」
「お前の家は特定しているからな!」
期待は一気に怒りに変わって、両陣営へ向かっていた矛先は軍服熊へ向かっていったのだった。




