第三十九話
五年前のクリスマス。東京で一番大きな交差点に、大勢の人がいた。
「怜利~、なに食べる? お寿司がいっか?」
仲睦まじい家族が歩道を渡ろうとしていた。私は高いビルから、交差点を見つめていた。当時の私の担当は大きな交差点を囲む区域だった。
「将くん、はい」
タッグだったミヨ。いや、この時はまだ名前を知らなかった。それまではサヨリと呼んでいた。彼女は私にフライドチキンを渡した。
私とミヨは、交差点を見張っていた。
「いや~、私たちもこんな日に仕事だなんて、運がないよねー将くん」
サヨリは道を眺めながら、俺の横に立った。風が強く、彼女のショートボブを揺らしていた。
「ふっ、別に予定なんて無かった。ここで浮かれた人間を見ていた方が、俺には合ってる」
サヨリはチキンをもう一本投げた。
あの時刻が来た。
突然交差点を中心にして強い術式の結界が張られた。ミヨも私もビルから飛び降りて、結界内にいた人間たちの避難を始めた。しかし普段通りなら通れるはずの移動術者の同僚たちも結界の中に入れなかった。
未知の術式だったのだ。
「将くん、どうする? 術者が分からないよね」
サヨリも俺も、焦っていた。一つの区を丸ごと囲まれたことなんか一度たりともない。
「人間の数を数えなおすんだ……」
大きな打撃音が結界の中に響いた。一般人に紛れていた術者が妖を纏った姿に変化して、車を引き裂いた。ビルに投げつけて暴れている。術者に稀に起きる暴走だ。
「止めてくる!」
俺も、獣化をして向かった。
あの判断が間違っていた。私はただ、偶然に暴走した一般の人間がいるのだと思っていた。
だが、違った。あのテロは術者の狂暴性を世に見せつけるものだった。次々と暴走をしやすい術者が変化をした。結界内にいた一般人は変化した人間に惨殺された。
一瀬さんの話を聞いているだけで、私は指先が震えた。あの事件のとき私は結界の端で怜利たち家族とはぐれた。怜利を最後に見たのは、化け物になった人から逃げる後ろ姿だった。
古い記憶を語るように話し終えた一瀬さんは少し黙った。食堂中が悲しみの匂いと、おかゆの匂いに満たされた。
「あの時の事件が、非術者の人間から言わせるとトラウマなんだ。私も元々非術者だった……」
一瀬さんは立ち上がって、食堂の皆に言った。
「私からのお願いだ、これから始まってしまう戦争に、勝ち負けなどないんだ。全員が生きていてほしい」
その姿が、旅の前に教室で話していた怜利と似ていた。
私たちはまた、修業に励んだ。怪我人の多い屋敷の中では、明と陽に一瀬さんくらいしか戦力にはならなかった。




