第三十八話
「ただいま、」
私はハルの背中に乗って屋敷の門をくぐった。揺れる背中で眠るのも久しぶりなような気がして気持ちが良かった。
門をくぐる。門番が一人もいない。おかしいなと思いつつ、ハルの目を見るけれど特に何も変わらなかった。
屋敷の玄関に立った。知らない人の血の匂いがした。中から悲鳴が聞こえるがやけに静かだった。そういえば庭の方からも声がしなかった。
「ただいま……」
彩がいた。屋敷の妖の手当てをしていた。
「あ、成羅ちゃん。おかえり、」
しばらく見てなかった、彩の笑顔が目に焼き付いた。匂いも少しだけ血生臭い。
「どうしたの?みんな、」
彩の横にあったアルコールで手を消毒して、隣に待たされていた妖の傷口を縫っていく。
「んー? ちょっとあってね。急遽帰ってきたん」
彩は半分切れた腕を呪具で繋いでいた。
「成羅! おかえり、任務は大丈夫だった?」
明とアキがたくさんの包帯と軟膏の入った壺を抱えていた。
「うん、まあ。後で怜利に送る……」
包帯を巻くとフユが顔をしかめた。相当強いはずのナツとフユが怪我してるのもおかしな話だな。
五十人くらいいた怪我人の手当てが一段落したころ、陽が任務から帰ってきた。
「紅さん!……紅さんいる?」
屋敷中を走り回りだした。陽にしてはやけに怯えた声だった。
「紅様はいらっしゃいません、どうしました?」
ハルが陽の前に立ち、頭に手を置いた。ハルの読心術だ。
少しずつ、ハルの顔が曇っていく。
「アキ、怜利様のもとへ急ぎましょう……」
わけが分からないうちに、ハルが門から飛び出していった。アキが荷物を抱えて追いかけていく。
食堂で、彩を手伝いながら、おかゆを大鍋で作る。
「で? なにがあったの?」
彩は包丁を振り下ろしてカブを切った。
「九州の方で、強い妖がいてね。ちょっと大きな戦闘があったんだよね。」
私も小葱を刻んで鍋に入れた。
「それで、なんでこっちに?」
「成羅ちゃんが任務行ってる一週間で人の方がね、術者を攻めますって」
厨房の食材の匂いで彩の匂いが分からなかった。顔を見ようと目を向けた。あ、見られてた。
「ふふ、成羅ちゃんまーた、人の感情見ようとしたでしょ?」
微笑む彩だけれど、まな板を見つめる目は若干赤い。
「ほら、どんどんおかゆ!」
食堂に並んでいつもの騒がしい感じで昼食を食べている頃、屋敷の玄関からガーンと音がした。この獣みたいな匂いは一瀬さんだ。
「おーい! 大丈夫か!」
食堂にお盆を持って入ってきた。お昼を食べる気満々だ。
目の前に一瀬さんが座った。人の匂いが沢山付いている。術者の匂いは二つ。戦闘帰りじゃないみたいだ。
「成羅くん、任務お疲れさま。そこでハルくんに話は聞いたぞ……」
入ってきた時とは違う小さい声だった。
「実はな……」
一瀬さんは酷く小さい声でぽつぽつと話し始めた。
私は黙って聞いた。その話には、五年前のあの事件が絡んでいた。




