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change the World  作者: 音神 蛍
第一章
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第三十七話

 黒く円い瞳孔は、二歳下の男の子の目には見えなかった。それを言ってしまったら、怜利たちだって小学生男子の目じゃないけれど。


「成羅様、これは?」

 ハルがるいの瞼を開かせて、開いた瞳孔を見つめる。

「多分、大蜘蛛のかな……」

私は呪具を握って、部屋を出る。


 大蜘蛛などの妖は、呪っても遠く離れない。そうやって習ったのだ。学校で習ったことも捨てたものじゃない。

 家の外に出る。雨が降りそうな雲が空に広がっていた。二時間前にはまだこんな黒い雲はなかったはずだった。


「成羅様」

ハルもひろえさんの家から出てきた。少しだけハルの方を見た。恰好つけて空を指す。怜利みたいに。

「あの雲。妖だね。それも上位の……」

「なるほど、成羅様。ここはハズレのようですね?」


 ん?と思ったその瞬間、雷が落ちた。赤白い稲妻が空を割いた。耳が痛い。疾風の雷とは違う音がした。


 私たち二人は、果樹園に降りた暗い匂いにまっすぐ走った。呪具が重すぎる。


 二又に裂けたリンゴの木に立っていたのは鬼だった。 

 短く太い角が生えていて、筋骨隆々。一瀬さんの筋肉も超えている。


「こ……、n ん……n せk いか……」

 鬼の言葉が分からなかった。でも、聞き取れそうで聞き取れなかった。人間の言葉じゃないのかもしれない。


「成羅様。怜利様に知らせなくては……」

 ハルが言葉を発した直後、鬼がこっちを見た。怒りの匂いがしている。

 鬼の吊り上がった目から逃げるように私とハルは走り出した。脚が痺れるように重かった。震えている、何を怖がってるのかも怪しいけれど。


 背中に背負った荷物が音を鳴らしてしまう。

 あの鬼は強い。人の血の匂いがした。授業で逃避行動に移るべき妖として、血肉を食らった鬼、というものがあった。勝てっこない。


「成羅様、だめです。人家には寄ってはいけません」

 ハルが腕を引いてきて、森の中に連れ込まれた。いつもは握力を感じさせないハルなのに、痛いほど締め付けてくる。

 でも、こんなところじゃ鎌は振れない。


 鬼の声が森中に響く。電子音のような鋭い音が耳を通り抜ける。

「なにこれ……」

呟いた声も聞こえない。

 森の匂いが酷く変わった。

「成羅様……、鬼の場所は掴めますか?」

首を振った。匂いが鼻にこびり付いたかのように離れない。


 ハルはやけに落ち着いた様子で、走ってきた方向を見た。

「あれは、『夜叉』と呼ばれる鬼です」

夜叉。毘沙門様の手下?だったかな。

 ハルが腕を掴む。

「屋敷に戻りましょう……、夜叉の言葉は私たち妖には分からないのです」


 私に匂いを消す術式をかけて、ハルと私は依頼主の家に戻った。

「あ、あなたたち!」

 ひろえさんが、玄関先で私たちに飛び込んできた。ひろえさんの匂いが分からない。何をそんなに急いでいるのかも分からない。


「るいが、あの子が治りました……!ありがとう、」

 治った?何もしていないのに。ハルの方を見ても、引き攣った顔で固まっていた。


「おねえさん!」

 ひろえさんの家の窓から、男の子が手を振っていた。妖力まみれだった瞳も年相応の目だった。

「元気になった?」

大声を出して聞いてみた。きらきらした人の目だった。大丈夫だ。


 ハルが腕を掴んできて、ハルの顔を見る。かすかに鼻を通ったハルの匂いが分かった。

「では、依頼は終わりということでよろしいでしょうか?」

ハルは無表情で

「もちろんよ、二宮さんのとこじゃ出来なかったのよ、お代は弾むわよ!」

 ひろえさんは笑顔だった。


 私とハルは、夜通し走った。

 走っている間もずっと、夜叉の声が聞こえていたような気がした。

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