第三十六話
あれから二週間。そろそろ秋の匂いがしてくる。
屋敷の工事が終わって、私もここでの生活に慣れ始めた。八神の本職『祓い屋』としての仕事を取るらしい。
「怜利からファックスが届いている」
そう伝えられて、一瀬さんからコピーをもらった。そこにはこう書いてあった。
『ハルと組んで祓いをすること。仕事として給料が出る。安心してください。』
給料が出るらしい。それは、頑張らないとな。
「成羅様、出発しましょう」
ハルが一式準備してくれたみたいだった。仕事服を着て呪具を持った。私の呪具は、アキが妖力を込めてくれた。
私は走り出した。荷物を入れたリュックが重い。前みたいにはスピードが出ない。
「成羅様、休みますか?」
横を走るハルが時々訊いてくる。確かにきついけれど、休むほどではないと思っている。
首を振って、走り続ける。たかだか六十キロがありえないほど遠く感じる。
街を走っていく。商店街を抜けていくとシャッターがすべて閉まっていて、どこにも人がいない。寂しい街だった。
「なんで人がいないんだろうね……」
私はハルに訊いてみた。ハルは少しだけ黙った。
「……ここの商店は現地の人間が作ったものでしたが、ほら」
ハルの指したシャッターを見ると、妖力のこびり付いた傷跡が残っていた。
「おそらく、宣戦布告を耳にした妖と摩擦があったのでしょう」
傷跡と、道路に残った血の匂いを後ろに、また歩いて行った。
到着したのは出発から約十六時間後だった。リンゴの匂いがする山里だった。
広い駐車場があるリンゴ園のおばあちゃんが依頼主だった。
「八神の者です。こんにちは」
カウンターに立っていたおばあちゃんに話しかけた。
「あら、可愛い娘ね。ひろえさん呼んできますねぇ」
みそ田楽を食べていたおじいちゃんが胡瓜の漬物をくれた。かなりしょっぱかったけれど美味しい。
「あら、人間の子?」
ひろえ、と呼ばれていたおばあさんが来た。不安な匂いが香っていた。
「八神祓い屋の竜胆といいます。よろしくお願いいたします」
「祓い屋の子と聞いていたから、どんな子が来るのかと思ったら。あなたまだ子供?」
ひろえさんの匂いが心配しているように香る。
なんとか分かってもらった。ハルの機転で私は補佐役だという話になった。仕方がない。
ひろえさんの家に入った。家全体を包む瘴気が感じられた。
「そろそろ、ここのリンゴも全部収穫しなくちゃいけなくてね……。そんなときに、この子。るい、っていうのよ」
ひろえさんの腕の中に座っている子。るい、と呼ばれたその子に妖力を感じた。
「麓の街から上がってきた奴らに呪われてしまったのよ。以前のように元気もなくて、ずっと咳をしてるのよ……」
ひろえさんは壁にある『二宮』のお札を指した。二宮家は『始祖八家』の一つだ。呪いを燃やす術を使う妖の術者が少ない家だったか。あそこは人間側の勢力だったかな。
「二宮さんのところ、頼んでみたのだけれどね。お手上げ。そう言って帰ってしまったわ」
ハルは目を細めた後、言葉が出ないその子のおでこを撫でた。
「まかせてください」
ハルはるいの部屋に入って聞き取りを始めた。寝ころんだ子の唇は青白くなっていた。
「どんなやつに触られたの?」
この聴き方は体に直接刻み込む呪いと断定しているのだろう。私だって、授業受けてたんだし、そのくらいは分かっているつもり。
男の子はぐっと体を起こして、私の目を見つめていた。その匂いは深い人間の匂いがした。




