第三十五話
「おやすみー、」
これから夜通し外壁の工事だった。交代にしようということになって、私は三時からになった。
私は怜利の研究室で寝ることにした。屋敷の方は広いけれど、妖も人もいっぱいで寝れない。
玄関を開けると、怜利の匂いがした。苦いコーヒーの濃い香りが部屋に充満していた。まるでまだこの部屋にいるみたいに思えた。
窓際に座って、庭を見つめた。小さい頃に走り回った裏庭が見える。寝転がってみると、床の一か所にだけカップの跡がある。
目を瞑った。
「……聞こえてる?」
声が聞こえた。目に強い光を感じて開いた。そこに広がっていたのは無限の白い空間。どこだここ。
「見える?」
誰かの声がする方を向いた。白い空間の中に、女優さんみたいな西洋風の女の人が流れていた。
「よかった、見えるね」
その声は酷く大人びていたけれど、確かに怜利の声だった。
映像の方に近付いて行った。段々怜利の声が遠のくように聞こえる。
「……ルz さn が、……の、三時にk る ar ……」
聞こえなくなった。映像の中の女の人は、真っ白な犬とじゃれあっている。見えているのは誰かの視点みたいで、歩き出して笑顔でこっちを見ていた。
「成羅、起きて。行くよ?」
明が枕を引っこ抜いてきた。もう三時か。にしても変な夢を見た気がする。全く覚えてない。
私は起き上がって、走り出した明の後を付いていく。夏も終わりかけているのだ。外が涼しいを越えて寒い。久しぶりに上着なんか着るかもしれない。
「お、起きてきたな、成羅くん」
一瀬さんが砂袋を山ほど担いでいた。
「はい! おはようございますー」
なぜだか小さく笑われた。ハルが頭を押さえに来た。
「成羅様、寝癖が……」
一瞬思考が停止している内にハルの腕の中に抱えられて、研究室の方に逆戻り。
寝癖を直して、もう一度向かった。
すでに三時を過ぎているはずなのに、明るい声が飛び交っていた。
「明ちゃん、これあっち側の班に回せるかな、お願い!」
「りょーかい!」
とかなんとか、それぞれがそれぞれやれることをやってる。やっぱり怜利の屋敷だ。
「えーと、私はどうすれば?」
そういうや否や、アキが背後から大きなシャベルを握らせてくる。
「成羅さまは、外側の穴を掘っててくださいな~、身長ちっちゃいし?」
「ちっちゃくないし!」
屋敷を包む皆の匂いは戦争の前触れも何も感じさせない平和そのものだったんだ。




