第三十三話
「明!散歩行かない?」
私はいつものように夜明け前にベッドから起き上がっていた。久しぶりに吸う地元の朝の空気がどこか心地よかった。
「えー?」
明はまだ瞼を擦っていた。カーテンを開けると眩しそうに目を細めた。
「おはよう」
幼い頃に怜利と一緒に走り続けた道を、明と一緒に走っていた。木々の間から漏れた光が目を刺激してくる。肌が温かくなっているのも分かった。心地がいい。
頬を過ぎていく風の温かさが体を少しずつ起こしてくれる。隣で走る明の髪が風に靡いて茶色のカーテンを作った。
「いいね、朝のランニング……」
明が息を切らせながら後ろをついてくる。息を切らすほど速い訳でもないのにな。
屋敷に帰った私は食堂に誰よりも早く入った。彩はいないけれど、二人で座っていた席に座った。朝食の準備はアキがやっていた。門番はハル一人らしい。
「おはようございます」
アキが私を見てすぐに厨房から出てきた。小鉢と、おかゆ、平皿に寄せられた鮭が何枚も。
「わ、いっぱいだぁ。どうしたの?」
厨房からどんどん料理を持ってくる。アキは止まらない。
「だめですよ、いっぱい食べてください!料理長殿によく言われてるのです!」
あー、彩か。彩もそんなこと言ってたな。
アキにあーんされながら、大量の朝食を食べ尽くした。後から入ってきた一瀬さんに目を剝かれた。恥ずかしい。
朝食の後、一瀬さんに誘われて筋力トレーニングを始めた。重り服を着て腕立てを延々とやる。
「ほらほら、まだまだ。まだ五十回だな?成羅くん、気張れ!」
つらい、今までならこんなもんじゃ疲れないのに。
「まだまだですね……!」
横から一瀬さんが逆立ちで腕立てをしていた。あの太い腕が赤く、さらに太くなっている。
「まあ、あまり無理をするな。人間の体はきついだろ?」
一瀬さんの目が私を見据えていた。前髪から汗が垂れて目に入ってくる。
「いえ、体は同じです……!」
ふっと笑った一瀬さんが両目を瞑って、片手逆立ち腕立てになっていた。
腕立てが終わり、腹筋を七十回くらい続けた後、一瀬さんが立ち上がって、口を開いた。
「成羅くん、君はまだ幼い。あまり無茶するなよ」
掌を出してきた。そこには飴玉。
「いただきます、」
これは、怜利にもらったことがある。妖力を少し取り戻す飴玉。
口の中に広がったのは抹茶の味。疲れていた全身が一気に軽くなる。一瀬さんは顎に手を当てて虚空を見つめた。怜利と同じ癖だった。
「ふぅん、そうか……。まあいい、今日も庭で鍛錬があるがここで三人か?」
「はい」
私は一人になった訓練場で少しだけ横になった。次はランニングにでも行こう。
髪が頬に張り付いて邪魔。
怜利は、この髪どう思ってたのかな、そういえば聞いたことも無かった。
「成羅、生きてるか?」
バカ二号、もとい、陽が脚で訓練場のドアを器用に開けた。臭いシューズを持っていた。超大きい水筒をぶら下げていた。
「別に?」
ヘアゴムで髪を結んだ。さあて、どうしようかな。
「ね?なにする?走る?」
立ち上がって、構えをとる。
「それとも、やる?」
陽が妙によそよそしくなった。
「は?いや、だって、俺。明がいるし……」
「は?何言ってんの……?」
陽の顔が真っ赤になった。
「お前さ、そういう言い方すんな」
「なんで?」
「なんでもねぇ」
私は明が来るのを待って、陽と組み手をしまくった。
季節はいつの間にか夏が終わりを告げていた。私は怜利たちが帰るその時まで、鍛錬を重ね続けた。
「遅いよ!」
私は屋敷裏の山で鬼ごっこ。本当の『鬼ごっこ』だ。一瀬さん主催で屋敷の全員と増やし鬼をする。鬼がタッチした者もオニになる。単純明快、バカ一号の疾風でも出来る。
ルールは二つ。
一つはずる無し。二つ目は『相手に対する術無し』。要するに術を使わずに追いかけっこだ。




