第三十二話
私は明、陽と組み手を始めた。陽はあの怪我以降、脚技を控えているらしい。腕が細い割に少し早いパンチが向かってくるが、幸璃と比べるとそうでもない。やっぱり、陽は人間だったのだと感じた。
陽のパンチは、森で戦った手長足長みたいにひょんなところから出てくることも無ければ、疾風のようにどうしようもなく速いわけじゃない。受け切れた。
右、左、一回転しての踵落とし。うーむ、遅い。
「隙あり!」
陽の声が聞こえたと同時に背中に蹴りが入った。痛い。
私は、手を下に向けた。が、そのまま倒れた。
地面に伏せた、というか突っ伏すように顔から落ちた。氷術が出なかった。いつもならあれだけで姿勢が戻せたのに。
起き上がった私に陽が近付いてきた。
「ごめ、痛かったよな。加減できなくてさ、脚」
顔に付いた土を拭った。
「おー、やってるな。安倍君と……荒木 成羅、だったかな? 怜利がいつもお世話になっているようだ。怜利からよく聞いているよ」
一瀬さんが大きな声を発しながら訓練場に入ってきた。ドーム状の室内によく響く。隣で陽は直角になるほど深くお辞儀をした。
「成羅くん。一本、しないか」
一瀬さんが長い髪を一本にまとめ上げて、腕をまくった。丸太のような太い腕だった。
「はい」
私は唾を飲み込んで、息を整えた。
指先が熱い。肩に流した髪の毛から汗が垂れてきていた。
「いつでもいい。来なさい」
一瀬さんの両腕が怜利と同じ構えをしていた。ただ、怜利とは腕の太さも匂いも違った。
一歩前に跳んだ。足が重い。届かない。それに合わせて、左腕が掴みに来る。あえて左の懐に入って脇下を打つ。これも外れる。
「どうした?」
一瀬さんが笑った。笑みの手前に太い腕が幾重にも重なっているように防がれる。腕が重くて速さが出ない。
右腕を掴まれた。床が近付いてきて、息を止めた。瞬間、背中から叩きつけられていた。
「うん、受け身はばっちりだ。ネコみたいだね」
一瀬さんがそう言って顔を覗き込んできた。何もできなかった。
「まあ、庭で型を繰り返し反復する子たちよりは、基礎ができてるね。流石だ」
一瀬さんは立ち上がった私にそう言って、訓練場の床に座った。
「さあ、続けて。次は木立君と成羅くんかな?」
明と目を合わせて笑い合う。
明の木術が伸びてくる。足に向かって、腕に向かって、体に向かって。それを大鎌で捌いて接近戦に持ち込む。
「ふふっ」
明が笑いながら木術の根を伸ばしてものすごい速さで引いていく。旅で別れる前より、ずっと速い。今の私じゃあのスピードには追い付けない。
鎌を振って明の術を防ぐ。散々練習していた動きだった。けれど、腕がどんどん疲れてくるし、掌が痛くなってくる。もう少しだけ耐えれば隙ができる、はず。
身長より長い鎌がどんどん重くなっていく。いくら練習用とはいえ、肩が痛い。こうなったら一か八か。
「ふんっ!」
大鎌を思い切り回して、放り投げた。回りながら根っこを切り裂き飛んでいく。成功だ。
鎌が作った隙を走り出す。思い切り跳んで、明に蹴りを入れ、ようとした。
もう三十センチのところで、木術に握られるように吹き飛ばされた。目を開けると真っ暗。身体も痛くない。明の術が私を包むようクッションになっていた。明が相当上手くなっている。
ようやく術が解かれた。
「いやー、負けた」
明に面と向かってそう言った。
「んーん」
明は何か言いたげに首を振った。
私の中で何かが変わった気がした。でもその何かが、まだ分からなかった。




