第二十九話
怜利のにおいが途切れた。木々の間には怜利の姿がもう見えない。
悠希さんと幸璃と一緒に、街に入って、休むことになった。ご飯を食べようと思っていたけれど、そういえば彩は怜利の『無限鞄』の中だ。彩がいないのが一番きつい。
「大川くん、上着を着て。目付けられると、大変だから……」
悠希さんが私の上着のチャックを首元まで上げて、フードを被らせてきた。黒いコートのようなこの服も、しばらくの旅でだいぶ汚れてしまった。
「ありがとう」
悠希さんは頷きながらフードを深く被り、街を歩きだした。
どこまで行っても居酒屋ばかり、ホテルを何軒か回ってみても、フロントで突き返されてばかりだ。
「お腹、すいた」
幸璃が俯きながら歩く。身長が大きいのもあって、通りすがりの人にも注目されていた。黒い衣装がやけに重く感じた。
「このホテルが無理だったら、次の街……」
小さく呟いた悠希さんの匂いはくたびれていた。それと小さな怒りが香った。
ため息を吐く悠希さんはホテルのドアを跨ごうとしてそれから二分ほど立ったままだった。
「悠希さん?私、行ってくるよ」
私は二人を置いて自動ドアをくぐった。
「あの、今晩から明日の朝まで泊まれる部屋残ってますか?」
白髪交じりのおばさんが少しだけ無言で止まった。目線がドアのほうを向いた。おばさんの匂いは困惑、だった。
「あぁ、はい。何名様でしょうか?」
震えた声で答えてくれた。
「三人です」
「あの、他のお客様に分からないように、その衣装を脱いでいただけますか?お願いします……」
おばさんは間髪入れずに訊いてきた。確かに震えていた。
「わかりました」
代金を出して、二部屋分取れた。
「じゃあ、明日の朝ね。おやすみ」
幸璃が隣の部屋に入った。悠希さんと私は同じ部屋だ。
「部屋、取れてよかった……」
顔を枕に埋めたまま悠希さんが呟いた。
「そうですね……。悠希さん、今日は色んなところありがとうございます。助かりました」
悠希さんが顔を上げて見つめてきた。
「敬語、やめていいよ。成羅ちゃん」
「え?うん。分かった。」
部屋にあったポットに水を注いで、売店で味噌のカップ麺を買ってきた。悠希さんと一緒に四分間待つことにした。
「あのさ、成羅ちゃんは怜ちゃんと一緒に居て大変じゃない?」
隣からする悠希さんの濡れた香りと、味噌ラーメンの香りが混ざっていた。感情が読めない。
「別に~?」
そう答えると悠希さんが吹き出す。
「似てる、ほんとに似てる。怜ちゃんのことそんなに好き?」
思わず私も吹き出しそうになった。一体何を聞かれてるんだか。
「うーんとね~、嫌いじゃない。好きかと言われるとわかんない」
「ふふ、認めればいいのに、皆分かってるよ?」
何をだろうか、え?私が?怜利を?よくわからないな。
「ほら、またその顔、怜ちゃんも気付いてると思うよー」
「あ、ほら、四分経つよそろそろ!」
話をはぐらかすことにした。私には怜利が好きかどうかなんてわからないんだ。
学園に入ってから、実地任務で何度も一緒に戦ってきた。この旅までは、疾風と怜利、私が学内一の術者だった。一緒に居た分だけ、怜利との関係が分からなくなってくる。
私は、何かモヤモヤしたまま、朝を迎えた。




