第二十六話
朝が来た。いつものように彩は鍋を引っ張り出して、怜利に火をつけてもらっていた。やっぱり、術式は便利だ。マッチなんて持っていなくても火を点けられる。
怜利が無限鞄を開いて皆の分の朝ご飯を引っ張り出した。
「今日はどこまで行くの?怜利」
私は不思議な香りのコーヒーを飲みだした怜利に聞いてみた。
冷えた空気が陽の光で温もりを持ち始めた。
「どうしようかね。多分、樹海までは行けないだろうけど……」
そう言って怜利は皆が寝ているテントを見つめた。言いたいことは分かった。
三つのお椀をおぼんに載せて彩が歩いてきた。怜利と私のすぐ横に座った。
「梅茶漬け、食べる?」
「えー?鮭がいい……」
そう言いながらも怜利は渋々茶碗を受け取り、一瞬だけ顔をしかめた後、掻き込んだ。
「さて、そろそろ起こすかな?」
カップを二回空にした後、テントのほうに二人で向かった。
「起きてるかな……?」
疾風達のテントを覗いた。幸璃と疾風の枕元には、ゲーム機が置いてあった。攻略本とエナジードリンクが転がっていた。
「起きなさそうだね」
少しだけ微笑む怜利を横に呟いてみた。それを聞いた怜利は、目を合わせてこう言った。
「ここで皆と待ってる?」
待ってるか、と聞いた怜利は眠そうな悠希さんを起こした。朝ごはんの二回目を食べてから、悠希さんと二人で樹海の八神屋敷を目指していった。
「行かなくてよかったの?」
彩が係船柱に座っていた私の横に並んだ。海が広がっていた湾内では人が釣りをしていた。煌びやかな海面を眺めていただけだったけれど。
「別に?」
私は彩の顔を見て言ってみた。
「嘘つき……」
ばれているのだ。やっぱり。
「昨夜の話、聞いてた?」
彩に聞いてみた。彩はいつもの柔らかい表情をしながら呟いた。
「まあ、皆いろいろあるじゃない。成羅ちゃんもそんなことあったんだなって、思った」
隣に座った彩は、左手にクッキーを沢山持っていた。
「食べる?」
「もちろん」
私は彩の優しい味のクッキーを溶かすようにゆっくりと食べたんだ。
お昼頃になってようやく、疾風のテントが開いた。クマの出来た顔で幸璃は釣竿を持って、横まで来た。
「おはよう」
おはよう、と返す間もなくルアーを投げだした。
「怜利、行った?」
幸璃は照り返しの強い海を見つめながら訊いてきた。置いてかれた、とは言えないな、と思って答えを探そうとした。答える間もなく幸璃が続けた。
「昨日、もしかしたらって言ってた、言ってた通りだな。いつも」
「そうそう、成羅が起きる前、怜利がゲーム機持ってきたんだよなー」
疾風があくびをした後にそう言った。私の話は聞いていたのだろうか、気になって仕方がない。けど、訊いていいのだろうか。
「聞いてたよ、聞く気はなかったけどな」
幸璃がルアーを投げなおした。
「そうそう、俺も捨てられてるんだよ。知ってただろ?」
疾風が大声でそう言った。幸璃の目を見て言っていた。ほら、お前も言ってみろみたいな目をしている。なんなんだかこのバカは。
「俺は自分の子供じゃない、なんて言われた。今の親は実の親じゃないしな」
幸璃は珍しく自分の過去を語りだした。
十五時のおやつを食べた後、私たちはテントを片付けて組み手を始めた。怜利が帰ってくるまで、ノー休憩ノー飯とか言いながら。
「右!胸!」
それぞれ当てるところを先に言って、本気でやり合う。疾風の拳がものすごい速さで迫ってくる。腕を絡めて、拳の位置を何とかずらしながら攻撃に回る。
「左もも!肩!」
腿に蹴りを入れた後、肩に蹴り。
「うっわ!」
疾風が飛んでいった。
「いってぇな……、くそー。ずりーよ成羅、今の右だったじゃんか」
「はぁ?ももはももじゃない。」
疾風が風を吹かせだす。妖術は無しと言っていたのは疾風なのに。
「おいー、次、おれ」
幸璃が疾風の肩を掴んで宙に浮かせる。疾風が、いって!待って!、とか言って立ち上がる。
総当たりで三周した頃には全員疲れ切っていた。いつの間にか日も暮れていた。幸璃との長い組み手でだいぶお腹が空いた。
「飲む?」
幸璃と疾風の組み手を眺めていた横に彩がミルクティーを持ってきた。大好きだ。
「ありがと」
甘いミルクティーが、お腹の中にすっと、落ちていった。




