第二十三話
雷の煌めきで船幽霊が炙り出された。水中に靄がかかったように見えた。船幽霊の白い腕が幸璃を襲っている。次の瞬間には球のようになった水が湖に降ろされた。
私の出番だ。
波打つ湖面に走り出す。ずっと移動しっぱなしで足が痛い。それでもゆっくり走る理由にはならない。白い腕が視界の端から伸びてくる。そんな遅いのは当たらない。
作戦通りに凍らしてやる。私はありったけの妖力を湖面に叩きつけてやった。
一気に凍る。船幽霊のボロボロな船が分厚い氷に乗りあがった。
「成羅! とべ! 」
疾風が船幽霊と応戦しながらそう叫んだ。何をするのだか分からない。けれど疾風から指示が飛ぶのなんかそうそうない。従ってみようかな。
横から、白い大きな掌が飛んできた。跳んでなかったら当たっていた。
「飛べ! 」
怜利の声が重なった。風が、大きな渦になって抜けてきた。トンネルみたいになっている。なるほど……。
キーホルダーにまで小さくなった大鎌に触れて、妖力を注いだ。怜利がくれた呪具だ。柄を握ったけれど、めちゃくちゃ重い。
流石にきついな。風のトンネルが私に当たらないように上手くコントロール出来ている。しかもうねる。前から来る無数の釣り針が風に切られていく。いつの間にか疾風も強くなったものだ。
私は大鎌を思い切り引いて、風の中を飛んだ。飛ぶのなんか久しぶりだったけれど、文句を言ってられる場合じゃない。
寸前のところで、悠希さんの『水刃』が風の渦を裂いてくれた。これで思い切り振れる。
私は大鎌を振った。
湖面ごと船が裂けて、船幽霊の体を何体も切った。それが分かった瞬間。もう一回振りたくなった。
横に振って、船体が更に裂けた。船幽霊を切る感覚が手のひらに伝わってきた。気持ちがいい。
もう一度振ろうとして、重い鎌が手からすっぽ抜けてしまった。
「ばか!」
疾風が突っ込んでくるのが視界に取れた。
視界が急に白く染まって、直後後頭部に強い衝撃が走った。目を開いてみる。怜利の手が、すぐ届きそうなところで見えていた。
私の意識は、深く落ちてしまった。
暗い。何も見えない。でも音が聞こえた。木の間を抜けてくるような吹雪の音。それから、水が流れる源流の音。雪を踏む地面の音だ。
思い出した。ここはあの人の記憶だ。
手は悴んで、青くなっていた。着物は冷たい水で凍っている。少しはだけている足元が凍ってしまうように寒くて、嫌だ。
私は倒れてしまった。雪が手のひらに凍み込むように冷たくて、触りたくなかった。けれど、もう動けないわ。手を突いて体を支えるのも、もう面倒で。私は凍える地面に頬ずりをした。
「寒い……」
私はそう呟いてみたけれど、決して誰も返してくれない。見えるのは全てを吹き攫う吹雪だけ。聞こえるのは凍える吹雪だけ。
お腹を撫でる。憎い。この子がいなければ。私は主人の腕にいれたのに。憎い、にくい……にくい…………
「成羅。思い出さない方がいい。」
歪んだ視界に怜利が映った。首を横に向けた。テントの外は夜だった。周りのテントの明かりは消えている。
「何時?」
起き上がろうとしたが、怜利が無理やり寝かしてくる。
「三時」
「皆は?」
怜利は少しだけ微笑んだ。呆れている匂いがする。
「無事だよ。成羅以外はね」
私は頭を押さえた。額を触れた手に怜利の香りがした。
テントを出て、夜空を見つめてみた。
「どうしたの?」
怜利が出てきた。無限鞄を開いて、温かい水の球を出してくる。
「飲む?」
頷いて、私も無限鞄を展開した。いつものコップを出す。
「私ね……」
目蓋を閉じて、私は唇を開いた。怜利の匂いが鼻を通り、その後に吹雪の香りが鼻を突いた。




