第二十二話
私たちはフェネックのいる水族館から、八十キロほど離れた街に着いた。
鼻に粘りつくように豆の匂いがするこの町は今年の夏に宿泊学習で来たのだ。
それにしても驚く。夕方に出たのに、夜明け前には着いてしまった。ちょうど日の出が見れそうだ。
水平線の雲がオレンジ色になってきた。
「流石に疲れたね」
言ってみた。怜利は息を整えながら私の横に来た。
「うん。疲れた」
珍しく息が切れている。後ろを見ると冷たいコンクリートに倒れて息を切らす三人がいた。その横で髪を下ろしたまま、朝食の準備を始める彩が忙しく動いている。
「日の出だ」
怜利の声で水平線に目を戻す。
「きれいだねー」
彩が呟いた。いつも見ていた山の間から出る光じゃなかった。綺麗だ。
「んー、おはよ」
疾風が起きたのは日の出から二時間後だった。左ほっぺにコンクリートの跡が付いている。
「おはよう」
怜利が返した。疾風は眠そうな目で周りに転がる巨体と、悠希さんを見た。
立ち上がって彩が出した折り畳みテーブルの前に来た。
「成羅ー寝たん?」
疾風が欠伸をしながら聞いて来る。なんで言わなきゃならないんだよ。
「一応寝たもんね?」
怜利がそう言ってくれた。
「寝ないと生きていけないよ」
そう答えた。疾風が彩の作ってくれたハムエッグを口に突っ込んだ。
「うっわ、一口」
良くない。彩が折角頑張って作ってくれた物を一口?ふざけてるなー。
「ん?別にいいんじゃね?」
疾風がそう返してくる。
彩の横で一口で食べてしまう幸璃がいた。私が変なのかな。
それから二時間後、やっと悠希さんが起きた。
「ん、起きたぞ怜利!」
疾風が悠希さんに水を持っていく。怜利に言われたからだろう。
「ありがとうございます」
水を飲みほした悠希さんが、ココアが乗っている折り畳みテーブルに歩いて来る。
「あれ、待たせてました?ごめんなさい!」
コップをテーブルに置いて、水術で頭を一気に洗い始めた。
長い髪が水の球の中で揺れているのが不思議だった。便利だろうな。私は櫛で梳かしてからだし。
怜利が私の顔を見ていた。
「なに?」
「いや、いいなーって目してたから。」
見抜かれてた。うわーびっくり。
「別にー、」
なぜだか恥ずかしくて、ココアを追加で作り始める。彩はニヤニヤしながら私の方を見てくる。
「よーし行こう!」
そう言って私たちはまた出発した。お昼には日本で二番目に大きな湖に着く予定でいるらしい。夜走った分だけ、余裕が出ているのだとか。
しばらく進んでいた。
大きな湖に着いた。前にいる悠希さんも疾風も幸璃もスピードを緩めた。着いたらしい。
「なに止まってんの?」
怜利が走って戻ってきた。
「え?」
と揃って言う。
「まだまだ、ここはまだちっちゃい」
十分大きいけど、違うのか。
「でかくね?ここ」
疾風が呟いた。そうだ、一番遠くの岸なんてギリギリ見えるか見えないかだもん。
「おい、そこのガキども。お前ら人間じゃないな?」
白髪交じりのおっさんが私たちに近付いて来る。
「私たちが何か?」
怜利が答える。
「何かもくそもあるか!霞ヶ浦で船幽霊が出てんだ!なんとかしろよ!」
おっさんが怒鳴った。唾が汚い。
「怜利、水に聞いたら、いるって言ってる」
悠希さんがそう言った。
「りょーかいしました」
怜利が胸ポケットから名刺を抜いておっさんに渡した。名刺を見たおっさんの眼が大きく開いた。どうやら気付いたらしい。
「こ、こりゃ失礼だったわ……」
おっさんの声が背中に聞こえた。
私たちは霞ヶ浦に向かって走り出した。既に皆は黒い呪衣に着替えている。所謂仕事着だ。顔も隠れるし、周りにも止められることもない。本当ならずっとこれでいたいくらいだ。
怜利が走りながら皆にメモを渡していく。怜利の字でやる事リストが書いてあるのだ。私には
『湖面を凍らせること。完了次第加勢。』
とだけ。しょうがない。やってやろう。
「先陣は悠希さんと疾風。船幽霊の居場所を炙り出して」
それを聞いた悠希さんと疾風が飛び出していく。またあれだ。疾風の『疾駆』は風の音がうるさくて困る。
「幸璃、」
幸璃が列を飛び出していった。
怜利の背中に乗って、風術で飛んでいった。さっきの湖とは比べ物にならないほど大きな水面が見えてくる。
水面が大きく波打っていた。悠希さんが水を操って疾風がその水を風で巻き上げていた。豪快な水音を立てて、浮かんだ水の球が唸っている。
「あちゃー」
怜利の声が聞こえた。やっぱり想定外だったみたいだ。
「ほうら、おめらなんちゅうごとしてっと!水引っ張り上げて大丈夫だっぺか?なぁ!」
怜利の肩をおばあちゃんが激しく揺さぶっている。
怜利のにおいが少しだけ笑いだした。
「みっけ」
空に水が浮かびだしている。疾風と悠希さんが球体にして空に浮かべている。幸璃が水中で何かと戦っているようだった。
怜利は、私の前に歩み出た。怜利が印を組みだす。
急に怜利の周りが輝いていく。手を叩き合わせると同時に髪が銀色になった。神格化するのだ。悠希さんの白髪も今は銀色になったままだ。
怜利の腕が、どんどん火花を散らす。雷を腕に纏っているのだ。コンロのような音が鳴っている。
「『雷撃』」
怜利がそう言った瞬間に、雷鳴が轟いた。耳が痛くなるほどに大きい音が、辺りに響いた。
雷の残像が、一直線に水の球に入っていった。




