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バレンタイン

　2月14日(バレンタイン)が過ぎた今日この日が私にとっては本番でした。

　バレンタインが過ぎた今、売れ残ったチョコレートが安売りされるからです。

　今も昔も渡すべき人なんていないので、私にとってバレンタインといえばその後日にチョコレートが安売りされるイベントみたいなものでした。

　娼館で雑用してた時もチョコレートパーティはバレンタインの後でしたしね。

　姐さんは当日欲しそうにしてましたが、後日もっと良いものを、と言ったら笑顔でサムズアップしてましたし。

　思い出してみると懐かしいものです。

　そういえば美也子さんはバレンタイン当日に娼館の全従業員にちょっとお高いチョコを用意してくれましたっけ。

　娼婦のお姉様方からもちょいちょい貰えましたね。

　いつだったか檸檬さんに駄菓子みたいなチョコを投げて渡されたこともありましたっけ。

　貰うたびにチョコレートパーティを楽しみにしてる、あげたんだから自分に上質なものを回せと言われた時は少し困りましたけど。

　そんな事を思い出しつつ台所に立ちます。

　今日この日のために貯めてきた予算で購入した材料を睥睨して、さて何から取り掛かるかと考えました。

　用意した材料は結構あります、チョコレートパーティほどの規模には到底及びませんが、それでも結構な量です。

　……さてと、では存分に。

　チョコレート菓子を作りまくりました。

　この量を作るのは久々だったので作業効率は若干下がってしまいましたが……

　テーブルに並べたチョコレート菓子達を見てひとまず満足です。

　作ったのはトリュフとパウンドケーキとナッツチョコとフォンダンショコラとマフィンとクッキー数種類と生チョコと他にも色々、たくさん。

　とりあえず保存が効くものは自室に保管、寒いから大丈夫でしょう。

　それ以外は全部食べてしまいましょう。

　結構な量にはなりますが、食べ切れないことはありませんので。

　それでは、お手を合わせて。

　「いただきます」

　「甘い匂いがする」

　夜遅くに帰って来た榊さんの夕食を用意していたら、そんなことを言われました。

　本日の夕食はカレーでした。

　チョコレート菓子を作った後に換気して家中の空気を入れ替えて、その後にカレーを作ってその匂いを部屋中に充満させておいたのですが……無駄でしたか。

　この人やっぱり鼻がいいですね。

　「チョコレートが安売りされてたので、少し。よろしければこちらを」

　冷蔵庫にしまってあったラッピング済みのトリュフチョコを差し出しました。

　万が一バレた時の為に一応用意はしてあったのです。

　「……これだけか？」

　「榊さんに用意したのはこれだけです」

　他にもあるだろうと言いたげな顔で睨んできた榊さんにそう返すと、さらに機嫌が悪そうな表情になりました。

　「自分の分は他にある、と？」

　「ええ。と言っても保存が効かないものは全部食べてしまいましたが」

　「……へえ？」

　嘘は何一つ言っていないのに榊さんの表情は更に不機嫌なものになりました。

　……というのがちょうど一年前の話だったわけですが。

　「榊さん、何故……」

　今年もバレンタインの後日にチョコを作っていたのです。

　作り終わって、いただきますと手を合わせようとしたところで玄関から物音が。

　数種類のチョコ菓子を冷蔵庫に仕舞い込むことに成功しましたが、全て収納しきる前に台所に榊さんが顔を出したのです。

　今日は夜遅くまで帰ってこない予定のはずなのに、何故。

　「えっと……よろしければこれを」

　とりあえずスケープゴートのカップケーキを差し出しました。

　これで満足してくれるといいのですが。

　カップケーキを受け取った榊さんが私の顔をじーっと見て、口元を歪ませます。

　「後ろのと隠したのも全部出せ」

　悪魔のような笑顔で睨まれました。

　……抵抗はきっと無駄でしょうね。