なぜ責任者欄が僕なのか
金を払うつもりだった。
金貨二百枚ではない。晴風をレンガごとベッドごと売っても、それほどは集まらない。
まず黒茨領へ行って分割を話し、少なくとも三日後に騎士が宿屋を解体しないようにしたかった。
ルミラが外套を僕の手から取り上げる。
「何を持って交渉するつもりです」
「長期注文、分配、あるいは先に一部を納める」
「向こうが欲しいのは金ではありません」
公文の最後の一行を指す。
集落とすべての公共資産を代管する。
ガルドが腕を組む。
「帰巣炉だ」
フィアが観測紙から顔を上げる。
「風眼もある」
ギグは舞台の賃貸契約を守るように抱えた。
「これから三年の黄金の公演席もある」
そのとき、呼び鈴が鳴った。
昨日の先頭だった銀髪の騎士が、一人で広間へ入ってくる。鎧は着ておらず、書類箱を一つだけ持っていた。
「清水を一杯」彼は言った。「宿泊は登記しない」
「臨時の来訪者も名前は書く」
彼は少し止まり、来訪簿に「セイン」と書いた。
字は公文と同じく整っている。
「王都の見習い巡察官だ。いまは黒茨領の税務処へ出向している」水を飲み終え、法律の写しを押し出す。「私的な注意だ。その三項目の費用に、合法なものは一つもない」
「昨日はなぜ言わなかった」
「昨日は領地を代表して文書を届けた。今日は巡察官として手続きを正す」
「身分の切り替えが正確だ」
「勤務時間に書いてある」
セインは僕の土地購入契約を開く。
「問題は、ギルドが売ったのが駅舎の本館と五畝だけだということだ。五十人を超えたあと、バルド男爵は無主の谷の代管を申請できる」
「なら結論は変わらないのか」
「例外条項は次の頁にある」
分厚い法典を裏返す。
廃駅舎が集住を回復したあと、権利者は通知到達から三日以内に辺境開拓申請を出せる。申請が王都へ発送された瞬間、四十五日の臨時開拓権を得る。
四十五日以内に人口、ギルド、施設、自衛の四条件を満たせば、自治鎮を申請できる。
「わざと教えなかったんだな」
「黒茨領は、公文の余白が足りなかったと言うでしょう」
「課金項目は詳しく書いてあった」
セインは反論しなかった。
四条件のうち、第一項で僕は黙った。
法定の常住住民、五百名。
晴風は五十六しかいない。
第二項は、成員、規約、独立した帳簿を持つ正式ギルドが三つ。
こちらにはレンガ工房が一つ、畑がいくつか、空き地を借りた劇団が一つだけだ。
第三項、水源、道路、医療、公衆衛生の施設。
水源はジェリーが担当し、道は雨が降れば車が嵌まり、救急箱は厨房のビスケット缶に入っている。
第四項、普通の魔物群を防げる自衛力。
アランが壁で剣鳴を出した。
「やっと吾の番だ」
セインがそれを見る。
「単体の武器は自衛力を構成しない」
アランは鳴らなくなった。
「無理だ」とガルド。
ルミラも眉を寄せる。
「引っ越してくる者がいても、四十五日分の糧食と住居はどこから出ます」
広間を見る。
最初に灰耳族が来たとき、スープ一鍋すら揃えられなかった。今は少なくとも畑、窯、職人と、決まった商隊がある。
差は、まだ大きい。
だがもう一条の道は、三日後にすべてを渡すことだ。
「まず申請する」
セインは用意済みの用紙を出した。
「申請人は権利の責任者でなければならない」
筆を受け取る。
氏名は天野陸。
事業は宿屋経営、レンガ製造、農業。
「集落の責任者」まで書いて、止まる。
「空欄でもいいか」
「だめだ」
「臨時と書くのは」
「肩書は臨時でもいい。法的責任は臨時ではない」
「ルミラは」
ルミラが首を振る。
「権利はあなたのです。最初の契約もあなたがサインした。責任が要るときに名前を他人へ押せません」
もっともだった。
とても傷つく。
責任者欄に自分の名を書く。
筆先が紙を離れたとき、帰巣炉が小さく鳴った。
称号はくれなかった。責任者になったからといって力も増えなかった。
炉火は、卓を囲む一人ひとりを照らしただけだ。
セインは申請を書類筒へ封入する。
「今夜、青麦の駅舎へ届ける。駅舎の印が基準だ。男爵に差し止める権限はない」
「なぜ助ける」
「あなたを支持しているのではない」
紙の縁を再び揃える。
「完全な手続きを支持している」
臨時開拓の申請は、期限の前日に発送された。
黒茨の騎士が再び来たとき、駅舎の受領証を渡す。
相手は怒らず、丁寧に撤去通知を回収した。
「男爵は王国の法を尊重する」
「あの三項目の費用は」
「文書の誤記かもしれません」
「金貨二百枚の誤記か」
「書記は内部で処理されます」
去る前、視線が僕を越え、帰巣炉へ落ちた。
「四十五日は短い。失敗したあと、黒茨領はここの管理責任を代わりに負う用意がある」
経営の悪い宿屋を引き継ぐ準備、という口調だった。
この言い方は知っている。
以前、本部が検査に来たときも、「改善を助ける」の後ろに閉店通知が一枚付いていた。
その夜、晴風は初めて正式に会議をした。
鍋を囲んで誰が先に食べるかでも、窯の傍で風門を争うのでもない。
長机の両側に、三つの明確な立場がある。
ガルドはまず施設を補えと言う。
「人口がいちばん難しい。だが家と道は自分で建てられる」
ルミラは盲目に人を集めることに反対した。
「糧食とベッドがなければ、五百人は増加ではなく災厄です」
ギグは市場を広げろと考える。
「仕事があれば人は来る。先に毎週の公演と市をやれ」
フィアは風路観測が羽民の航法も兼ねられると言った。だが時間がもっと要る。
僕は卓を叩いて決めなかった。
四十五日を分解する。
最初の三日で予備ギルドを立てる。
十日以内に道路、医務室、公衆衛生の最低限を整える。
同時に本当の収容力を計算し、それから新しい住民を何人受けるか決める。
農業ギルドはルミラが担当する。
製造ギルドはガルドが担当する。
商業ギルドの責任者は、いちばん長く争った。
僕は宿屋と中継が商業だと思い、ギグは公演と市こそ核心だと言った。最後にマロが帳簿を卓へ置く。
「誰が責任者かは重要ではない。独立した帳簿を宿屋の店主が兼ねてはならない」
皆が僕を見る。
「なぜ僕を見る」
「融通の前科があります」とルミラ。
商業ギルドは劇団、宿屋、商隊の代表で共同構成し、マロが帳面を見る。
三つの予備ギルドは、それぞれ本物の成員、規約、収入源を持たねばならない。同じ集団から重複してサインしてはいけない。
会議は深夜まで続いた。
解散後、フィアが広間に残り、盃の片付けを手伝ってくれる。
「責任者、気分はどう」
「書類が増えた」
「熱血は少しもないの」
「明日の朝食は十二椀多く煮る。熱血は月豆の代わりにならない」
彼女は笑って、盃をカウンターへ戻した。
「明朝、南斜面の風を測りに行く。あそこに羽民の高床小屋が建てられる」
「先に飯を食べてから行け」
「わかってる、店主」
大門を鎖し、カウンターの後ろへ戻る。
申請の写しのいちばん上に、僕の名前がはっきり書いてある。
下は四十五日のカウントダウンだ。
窓の外、名前を得たばかりの晴風集落に灯は多くない。舞台と窯は、まだ夜の中で音を出している。
「臨時責任者」を宿泊簿の職業欄へ書く。
考え、傍らに一句足した。
|まずは、やはり宿屋の店主だ。|




