宿屋、はじめての満室
長期商隊が最初に起こした問題は、部屋不足ではなかった。
朝食不足だ。
車十二台、御者と護衛が三十七名。旧風笛で扉を閉じられる客室は四室、ベッドは二十二。
「ベッド二十二、三十七人」とルミラ。
「車隊は自分で天幕を持っている」
「払っているのは宿泊代だ」
「だから老人と夜間当番は客室、ほかは広間。一人につき銅貨一枚引き、湯を付ける」
モリスはその案を受けた。
護衛は広間の一角を指す。
「あそこになぜ竜がいる」
ベリーは枕を二つ抱え、いちばん暖かい場所を占領していた。
「長期の住客だ」
「隣のスライムは」
「清掃責任者だ」
「壁の剣は、なぜ記念撮影に料金札が掛かっている」
アランがすぐ声を出す。「伝説には、相応の維持費が要るからだ」
護衛は銅貨一枚を足し、記念撮影をした。
アランはその夜、分配を要求した。
商隊が泊まった瞬間、厨房、湯、荷物預かりが同時に問題になる。
鍋は二口しかない。
ガルドは湯管をすぐ銅にすべきだと言い、ルミラは先に二口目の鍋を買う方が実際的だと言った。フィアは暖風ですべての部屋へ熱を送りたかったが、僕と屋根が一致して否決した。
最後に、厨房へ古い鉄鍋を一口足し、洗面の湯は部屋番号で時間を分け、荷物札は歌うレンガの端材で作る。軽く叩くと対応する音符が出る。箱を取り違えれば、棚が一列で知らせる。
初夜、靴が一足消えた。
翌日、ジェリーの体内で見つかった。
宿屋の利益は、注文の見た目ほど多くない。
シーツは洗い、薪は買い、割れた盃は補う。三十七人の朝食が二日分の備蓄を食べ、商隊が持ってきた糧食は市場価格で厨房へ売られた。
ルミラが帳面を出し終える。
「純益は銀貨一枚と銅貨四枚」
「鍋は買えるか」
「半口」
「まず貯める」
商隊が三日目に去るとき、院壁の傍らに「北行補給」と書いた旗を掛けた。以後、沿道の者は知ることになる。ここには熱い飯とベッドがあり、異族を門外に拒まない広間がある。
有料の客が、少しずつ増えた。
旅の詩人が銅貨二枚で部屋代の一部を相殺し、歌う壁に十八段の詩を書いた。魔法鍋を売る魔女は三日泊まり、去るとき鍋が一口減り、ジェリーが一回り太った。
いちばん面倒だったのはゴブリン劇団だ。
二十七人、彩車を押し、人形と太鼓と、訓練した長尾鶏を三羽、宿屋の大門より広い赤い帽子を一つ持っている。
ギグがカウンターの前に立った。
「そちらには、自分で伴奏する壁があるときいた」
「ある」
「庭を一晩借りて演じたい」
「観客は何人だ」
「せいぜい五十」
その夜、二百三十七人来た。
荒野は長いあいだ、賑やかなことがなかった。青麦鎮の住民が牛車で来、鉱区のドワーフが酒樽を持って来、近くの商隊は車を円に停めた。
宿屋の庭では座りきれない。
ガルドが仮の観客席を組み、ルミラは月豆の汁を小さい椀で売り始めた。フィアは風を送り、後列にも聞こえるようにする。最初の一陣でギグの赤い帽子を屋根へ飛ばし、二陣目でやっと方向が定まった。
歌うレンガの壁は、本当の楽器になった。
ゴブリンが違う位置を叩き、笛と太鼓の点が院壁を伝う。人形の騎士と紙の竜が舞台で決闘し、ベリーは紙の竜が挑発したと勘違いして半口の火を吐いた。
紙の竜が燃える。
観客は山場だと思い、拍手がいちばん大きかった。
ギグはその場で台詞を変え、人形の騎士にベリーパイの皿を運ばせて和睦させる。
ベリーは受け入れた。
公演が終わると月豆酒は売り切れ、焼き菓子も売り切れ、焦げた芋まで買う者がいた。客室、長棚、広間はすべて満員で、庭には天幕が十五張られた。
旧風笛は初めて「満室」の木札を掛けた。
夜間の巡房で、三周歩いた。
一号は隣の歌うレンガがうるさいと言う。
三号は枕が一つ消え、最後にベリーの寝床で見つかった。
広間では誰かいびきをかいていて、第一窯のレンガよりガルドに似ている。ガルド本人は、自分ではないと言い張った。
午前一時、ギグはまだカウンターで金を数えている。
「陸店主、土地を長期で借りられないか」
「旅をやめるのか」
「旅は続ける。だが劇団にも、戻って道具を直し、新しい芝居を組む場所が要る」
今夜の会場費を押し出し、自分で書いた賃貸契約を出す。
西側の空き地を三年。
劇団が舞台と稽古小屋を自前で建てる。公演日は宿屋へ切符代の一割。不在のあいだ、敷地は市に使える。
「なぜここを選んだ」
ギグが歌うレンガを叩く。
「ここの壁は、多くの観客より呼吸がわかる」
「ほかには」
彼は広間を見る。
違う種族の客が縦横に眠り、ジェリーが通路で果皮をゆっくり掃いている。
「人間の町へ行けば、城壁の外へ回される。ドワーフの鉱区では舞台が低すぎる。ここは店主が先に、何泊かと聞くだけだ」
「金も聞く」
「当然だ。無料の場所の方が怪しい」
契約にサインする。
ゴブリンたちは六日かけて常設の舞台を組んだ。
残って稽古する者、団と巡演を続ける者、木工を担当する者、帳面だけを見る者。帳面係はマロといった。小さな丸帽をかぶり、セインが見たら表を交換したくなるほど真面目だ。
舞台、工匠房、宿屋の長期中継が安定して回り始めると、正式な住民は二十九から五十六へ増えた。
人を養い続けられる産業も、三つ輪郭を見せる。
風鳴レンガの製造。
月豆の栽培と醸造。
宿屋、公演、商隊の中継。
庭では初めて、住民全員で食事ができなくなった。
長机を門外へ運び出す。風が新しい壁を抜け、ゴブリンが組んだばかりの開幕曲を奏でる。
「この場所には名前が要る」とギグ。
「旧風笛集落?」フィアが提案する。
全員が同時に首を振った。
緩斜面に挿した風向旗を見る。
「晴風だ」
「私のせい?」とフィア。
「今日、ものを飛ばさなかったからだ」
ガルドが新しい道標に刻む。
|晴風集落。|
名前が掛かったところで、南から騎士が八名来た。
宿泊はしなかった。
先頭が、黒茨の印を押した公文を広げる。
「当地の常住人口は五十を超えた。違法な集住にあたる」
広間へ通し、座らせる。
「まず水を飲め」
「不要だ。三日以内に解散するか、土地使用料、異族管理料、商業付加税を納めよ」
「いくらか」
金貨二百枚だと告げる。
帳簿を見る。
今夜は開業以来、いちばん稼いだ夜だ。
純収入は金貨二枚に届かない。
「分割できるか」
騎士は、違法公文にまずそれを聞く相手を見たことがないらしい。
「できない」
公文を新しい道標に釘で打ち、「晴風」の二字をちょうど覆った。
「三日後、黒茨領は法に従い撤去する」
騎士が去ったあと、アランが壁で低く笑う。
「偉大な違法領主、気分はどうだ」
「騒ぐな」
公文を外すと、いちばん下にさらに小さな字があった。
期限を過ぎて納めなければ、黒茨領が集落とすべての公共資産を代管する。
つい先ほど、再び灯った帰巣炉も含めて。




