↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銅貨一枚で廃駅舎を買っただけなのに、魔物の荒野で国ができてしまった  作者: Karr


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/83

十年の巡礼

辞職して十年、大陸の宿網を泊まり尽くすことは、まだできていない。


部屋が多すぎるからではない。


フィアが組む巡礼路が、いつも臨時の観測点を足すからだ。


「前の山の風向は十年に一度しか反転しない」彼女は竜運の吊籠の縁に立つ。「今日を逃すと、次の十年を待つ」


「予約は山下だ」


「宿は逃げない」


「前回もそう言った。あの宿はあとで河妖が対岸へ運んだ」


彼女は少し考える。


「今度、山は逃げない」


十年巡礼は、もともと共同体の公式行事だった。


毎年、議員が分火、道路、救援施設を回り、加入権が強制に変わっていないか、離脱手続が本当に使えるかを見る。


辞職した僕は公式の列には入らない。


だからフィアと自分で歩く。鞄一つ、普通の宿泊券一束、湿気を道中ずっと文句を言うアラン一本。


ベリーは今、竜運の総隊長だ。最初の二駅だけ順路で乗せてくれた。吊籠を石梯堡の新駅へ下ろし、先に貨物一覧を確認してから祭りのケーキを食べる。


刀が落ちる前、彼女は本当に動かなかった。


「成長が明らかだ」と僕は言った。


「旅客評価に書いて」


石梯堡の黒日外殻の屋根は大きい。


雨が当たっても炉火は抜かれず、低い太鼓のような音だけが出る。古い許可柱は軌道へ溶け、帝国東部、北境、銅湾を繋ぐ。地方の軌距はまだ違い、列車は入駅後、ガルドが設計した変換車架で上げられ、輪距を替える。


四十分かかる。


統一軌距より遅い。


だが自分の旧線を壊す必要はない。


駅の便所は、十年前のあの扉軸をまだ使っている。


アランは見学を拒んだ。


北境病院は七回増築されている。


セインは門前で軍学校の学生に囲まれ、署名を求められていた。民選防衛官を三期連任し、今年は出ないと決めた。どの民選職も長く座ると、椅子を自分の一部だと思い始める、というのが理由だ。


「このあと何をする」と聞く。


「例外条項を直す」


「まだ出勤か」


「公職ではない。頁単位の料金だ」


ルミラの灰耳は半分白くなっていた。


彼女は共同種子庫を見せてくれた。第一巻で広げた四十二畝の田が、国境を越える種子交換の中心になっている。各地は自分の糧食を作り、耐病、耐寒、凶年の備蓄だけを共有する。


「今年の在庫は何日分だ」と聞く。


「どの都市」


「全部だ」


「『全部』という帳はない。晴風は九十二日、銅湾は六十八日、王都は百三日」


厚い帳簿を差し出される。


一歩下がる。


「いらない。もう辞職した」


「成長も明らかだ」


ガルドの工業標準事務所は通りの半分を占めている。


門口にねじ変換部品が二百種以上並び、長い髭の僕の像がある。


「なぜ髭がある」


「芸術加工だ」


「外せ」


「公共資産だ」


隣でゴブリン劇団が『王位を拒んだ宿屋の店主』を上演している。台上の僕は身の丈八尺、一剣で黒日を裂き、三十分の演説までする。


「史実が違う」とアランが評した。


「どこだ」


「剣はもっと輝くべきだ」


銅湾はあとで道路共同体へ再申請した。連合防衛の体系へは戻っていない。シズは、病院、宿、河路は開ける。守備を共同指揮へ渡す気はない、と言った。


申請は、そのまま通った。


離脱したから二級都市にはならず、再加入にも当時の誤りを先に認めろとは求めない。


半山杯旅館はベッド六十になった。


最初の「ベッドは十二」の木札は、まだ広間に掛かっている。店主は削り損ねた杯の絵を半月に直し、商売はかえって良くなった。


巡礼の最後は王都大衆食堂だ。


二枚目の古代炉種はここで点いた。今は古炉も解体され、分火は各卓の小灯に入っている。灯のない卓を選んでも、飯代は変わらない。


食堂の後ろ壁に、あまり開かない扉が残っている。


札に地名はない。


こうだけ書いてある。


|私的な帰途。公共商路にあらず。|


十二炉が安定して繋がったあと、僕とフィアはこの扉から一度、地球へ戻った。


卷五が始まる前の三日だ。地球は四年進み、ロランシアと同じだけ経っていた。路が開いているあいだ、向こうの三日はこちらではおよそ三時間にしかならない。駅で十二秒、古い放送が鳴り、次いで四年後の改札、四年後の知らせ、四年後の麺屋と両親がいた。


その路を商路には登記しなかった。


「また戻る?」フィアが、あとで一度聞いた。


「路があるときは見舞う」


「今は」


「宿のシーツを替える時期だ」


地球は振り返れる故郷だ。


旧風笛は、これからも暮らす場所だ。


十年後のこの巡礼が終わるとき、僕たちは普通の魔導車で晴風へ戻った。


窓の外に学校の分火、工房の夜勤灯、竜運の航標、沿線の小さな宿の窓がある。どれも僕のものではない。僕の命令で点く必要もない。


アランは荷物棚に掛かり、眠っている。


フィアは車窓に寄り、来季の風路を直している。


僕は旧風笛の遠隔帳簿を開く。


漏り三箇所、客室の稼働九割、ジェリーが硬貨を七枚呑んだ。


天候の警報がもう一条ある。


今夜、晴風に豪雨。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。