十九枚の机
停戦会場には机が十九枚あった。
十二枚は炉火都市から来た。
七枚は北境で最初に作った、動かせる円卓だ。
繋ぎ合わせると中央に隙間が三つ残る。ガルドが長いこと測り、一枚の角を削らねば絶対に隙間なく合わない、と宣言した。
「削るな」七盟の代表が同時に言った。
「なら隙間を残せ」
大陸の戦後秩序を決める会場の中央から、茶椀が三個落ちる。
僕は、ちょうどいいと思った。
会場は黒日の残骸そばの魔導車点検庫で、晴風でも帝都でもない。
四面の壁は全部外してある。
帝国住民、連合領住民、戦地記者、ゴブリン劇団が警戒線の外から見える。反響煉瓦が十九枚の机を一周し、一枚が一分録り、次が一続きにする。どの側も扉の向こうで言い直せない。
公開停戦だ。
勝者の召喚ではない。
オードランは帝国席の中央に座り、手に鎖はない。
黒剣はセインが登記して封じ、人と剣は分けて審査する。帝国近衛は会場外で武器を置き、中立の赤盾衛隊が見ている。
「なぜ縛らない」見物人が一人叫ぶ。
「今は停戦に出ているのであって、裁判を受けているのではない」セインが答える。「裁判手続は次の段階だ」
「逃げるぞ!」
「十九本の道路に、人が登記している」
オードランがセインを一目見る。
「お前はまだ手続を信じるのか」
「手続がないとき、次の勝者も自分は例外だと言うと信じている」
第一項は賠償ではない。
行方不明者の名簿だ。
帝国は道路中枢へ強制移住させた十二万七千人の記録を出し、連合領はすべての捕虜と、すでに受け入れた兵士の名簿を出す。双方が宿網、病院、駅で照合する。
反響煉瓦が四時間、名前を読み続けた。
長いと嫌う者はいなかった。
第二項は負傷者の通行だ。
まだ交戦の縁にいる部隊は十里後退し、病院道路は即時開放する。道路の両端が同意し、負傷者は武器を下ろし、陣営、種族、通貨で診療を拒まない。費用は先に共同救援金が払い、戦後に責任で分担する。
ボニーが場外からスープを運んできた。
帝国代表が椀を見る。
「先に検査が要るか」
「先に支払いが要る」と彼女は言った。
十九枚の机が、初めて揃って静かになった。
アイザックが先に払い、この分を商盟の戦時サービス支出へ入れろと要求した。
第三項が、ようやく停戦線だ。
連合領は帝国軍に、占領都市からの全撤退を求める。
帝国の臨時代表は、沿線の治安隊を残したいと言う。撤兵後の略奪を防ぐためだ。
石梯堡の代表が、その場で拒んだ。
「入城して議会を閉じた者が、今また、お前たちがいなければ自治できないと言うのか」
「帝国の撤退には七日要る」
「三日だ」
「五日。重武器を先に引け」セインが提案する。
「四日。地方倉庫は即時返還」とルミラが言う。
争いは夜まで続いた。
天野陸が立って、顔を立ててくれ、と言う場面はない。
最終条項は四日半。帝国の重武器は二十四時間以内に封印し、地方議会は即時復旧し、治安は現地代表、帝国の残留員、中立観察員が共同で引き渡す。
面倒だ。
一剣斬るより、ずっと面倒だ。
だが五日目の朝、石梯堡の城壁に自分たちの山梯旗が再び掛かった。
第四項は黒日だ。
帝国は核心の研究保持を求め、再起動はしないと約束した。
十九枚の机のうち、同意した一枚もない。
ガルドが解体一覧を出す。許可柱は普通の軌材へ溶かす。灰罐の名簿と地方印章は現地へ返す。黒日の外殻は国境越え駅の屋根にする。核心術式は公開封印し、多国がそれぞれ一部を持ち、一国では復元できない。
「屋根の予算が二割超過だ」と僕は言った。
「一割九だ」と彼は訂正する。
「通し」
第五項は帝国の未来だ。
連合領内には、曜石帝国を十二の占領区へ割れ、という声がある。
僕は拒んだ。
「晴風は帝国を併合しない」
連合軍の将が一人立つ。
「奴らは僕たちの街を焼いた」
「個人賠償、公共修復金、戦争責任の裁判、どれも欠かさない。併合は賠償ではない」
「駐屯しなければ、また攻めてこない保証は誰がする」
銅湾議長シズが中立席で口を開く。
「当初、僕が離脱したあと帝国へ靡かない保証も、君たちにはできなかった」
「結果、しなかった」
「だから選択を許すことは、相手が間違える可能性も含む」
オードランが、初めて自分から話した。
「後悔するぞ」
「かもしれない」と僕は言った。「だからといって帝国の各都市の代わりに決めない」
帝国の各行省は九十日以内に地方議会を復旧または新設し、帝国を残すか、連邦を組むか、法に従って離脱するかを自分で決める。旧皇室に派兵して干渉する権限はない。連合領は選挙観察と道路救援を出す。総督は送らない。
オードランは皇権を失った。
僕が王冠を外したのではない。
帝国臨時議会が停戦授権と罷免決議を公開で読み上げた。黒い王冠は帝都から運ばれ、証拠箱へ入り、番号、封、証人二人の署名が付く。
公開裁判を受ける。
罪名は侵略の発動、自発移住の偽造、都市炉火の強制抽出、人口の違法徴用。裁判は帝国自治議会、被害都市、中立法官で共同構成する。僕は担当しない。
「軽すぎる判決が怖くないのか」と誰かが聞く。
「怖い」
「ならなぜ自分でやらない」
「自分が重すぎる判決を出すのも怖いからだ」
停戦文書は四十七頁あった。
セインは毎頁読むと譲らない。
三十頁目で、ベリーが会場外に伏せて眠り、鼻息で信号旗を二面飛ばした。ジェリーが机の下を一周転がり、落ちた茶と銀貨一枚を食べた。
最後の頁を読み終えたとき、太陽が黒日の残骸の後ろから昇っていた。
オードランが先に署名する。
僕は勝利者としても、新しい皇帝としても署名しなかった。
名は「晴風連合領総管理人」の後ろに書いた。
銅湾は離脱都市として署名する。
赤盾、アスタ、竜谷、帝国臨時議会が順に署名した。
十九枚の机が、それぞれ自分の印章を残した。
正中に押された印は一枚もない。
停戦の鐘のあと、連合領席の誰かが新しい提案を渡してきた。
表紙に金字が押してある。
|天野陸を大陸道路共同体の初代国王に推す提案。|




