炉火のない店主
故郷の感知を失った初日、僕は三回ぶつかった。
一度目は二階の物置だ。
以前は近づけば、扉の向こうに新しいシーツが積んであるとわかった。今は鍵がかかっているとしかわからない。
二度目は厨房の裏口。
三度目は扉ではなく、ジェリーだった。
廊下がらみに広がっていたところへ踏み込み、靴の中がぬるいスライムで一杯になる。
「ぽ」
「以前は近づくと避けた」
「ぽ」
「能力ではなく、わざとだったのか」
ジェリーは急いで転がって逃げた。
主炉のあった場所は、薄い色の地煉瓦が一回り残っているだけだ。
ガルドが木柵を巡らし、「歴史施設、荷物を積むな」と掛けた。半日もせず、柵の中に箱が四つ、酸果が一束、ベリーが届け先を間違えた枕が二つ入っていた。
宿は、いつもどおり営業している。
想像以上に慣れなかった。
水管のどこが漏れているかは聞こえず、宿泊客の苦情を待つしかない。料理人の手触りは借りられず、切ったパンは片方が厚く片方が薄い。夜の巡房は、本当に窓を一枚ずつ確認しなければならない。
ボニーが僕のパンを見た。
「四年習っていないのは、ずっと他人の技を借りていたからだ」
「技能使用料は払った」
「誰に」
「……共同厨房に」
彼女は刀を取り上げる。
「お前のできることをしろ」
カウンターへ戻り、鍵を整理する。
これは、確かにできる。
分火制度が公開されて六時間目、申請は五千を超えた。
救援網へ本当に入りたい者もいる。火を得れば免税、暖房、商売繁盛だと思う者もいる。セインは申請説明を三度直し、一行目を太字にした。
|分火は食物、ベッド、客、収入を生まない。|
それでも唱歌煉瓦の付録を聞かれた。
ルミラは審査隊を五組作った。
どの組も実ベッド、公共用途、離脱手続き、受け入れ能力を見る。同意書一枚で火は出さない。却下された宿は改修できる。改修を拒んでも罰はない。
「一都市が全部申請してきた」彼女が一覧を渡す。「宿四百七十二、学校二十一、病院十三」
「何件通る」
「わからない。今決めるのは、あなたではない」
彼女はごく自然に言った。
僕も、自然に聞くべきだった。
それでも、一瞬止まった。
「手伝いは要るか」
「要る。広間に新規三十七人、カウンターが門外まで並んでいる」
だから登記へ行った。
客は黒日の縁にある帝国の町から来ていた。炉火はない。西に種族も帝国身分も見ない旅灯があると聞き、塩の車隊について六日歩いた。
「宿泊理由は」と聞く。
「避難です」
「何晩の予定だ」
婦人は抱えた包みを強く抱く。
「わかりません」
「最初の一晩は無料だ。二晩目からは金を払う、当番をする、難民受け入れを申請する。どれを選んでも、出ていく権利は変わらない」
「帝国が攻めてきたら」
「裏庭に退避図がある。今夜、夕食後に一度訓練する」
彼女は名前欄に指印を押した。
炉火が、彼女が明日残る気があるかを代わりに判断することはない。
知る必要もない。
宿が迎えるのは、今夜扉を叩く人だ。未来の人口数字ではない。
夜になって、各国からの分火報告が順に届いた。
赤盾は三十二箇所を開いた。
アスタ王国は四百十箇所を開いた。
金穂商盟が抑える商路の宿は九箇所だけだ。アイザックが消防改修の費用を先に出せと譲らなかった。ルミラの評はひどく刺があった。だが少なくとも本当だ。
曜石帝国の内部でも、七つの灯がひそかに点いた。
分火が通るのは、黒日の道路ではない。
普通の郵便手、飛行箒、河船、旅人の伝言で繋がる。帝国の許可印は駅舎を一箇所封じられる。見知らぬ都市を自動で服従させることはできない。
主炉のない広間に立ち、それらの灯は見えない。
反響煉瓦が、一つずつ数字を報せる。
力として僕へ集まってはこない。
それが解体の本当の代価だ。
そして目的でもある。
灯が見えないことは、灯がないことではない。分火は各地へ渡した。アランは封じられた路をまだ見られる。ただ今見ているものは、もう僕一人の感知へ流れ込まない。
アランは普通の鞘に入れられた。
再鍛後のそれは元の鞘を拒んだ。寸法が合わない、という理由だ。ガルドは二分広いだけだと言う。アランは、伝説武器の快適は「分」では測れないと言った。
結局、古いカーテンで鞘に内張りを縫った。
「古代遺物への侮辱である」とそれは言った。
「高級雲毛カーテンだ」
「……縫い目がひどい」
潜入小隊は五人だけだ。
僕、フィア、セイン、ガンド、それからゴブリンの道路整備士インク。ベリーは外で応接を待つ。目立ちすぎる。若い赤竜一頭を普通の旅人とは説明しにくい。
セインは本来、防衛線の指揮に残るべきだった。
権限を、七盟が推した副官三人へ暫定で渡した。
「防衛体系が僕なしで動かないなら、過去四年書いた章程は全部紙くずだ」と彼は言った。
「僕を心配している、と言ってもいい」
「心配しているのは、帝国中枢で通行表を書かないことだ」
フィアが帝国鉄道整備員の外套を五着持ってきた。
ガンドには入らない。
両袖を外し、どうにか胴へ通す。胸の「標準すなわち秩序」という帝国徽章は「標準すなわち——」まで伸び、後半は腋の下に隠れた。
「潜入向きだ」と僕は言った。
「笑ったな」
「笑っていない」
「聞こえた」
黒日へ入る路は、空にはない。
アランが見た核心の道路は、各許可塔の底から地下へ集まり、帝国が敷いた直線幹道を経て親征軍の中央へ通ずる。先に、黒日の燃料を運ぶ魔導車へ乗らねばならない。
燃料は石炭でも魔晶でもない。
強制回収された炉灰、都市印章、住民名簿だ。オードランはそれで各地が帝国に属すると証明し、その所有権に沿って黒日に火を抜かせる。
インクが点検札を偽造した。
整いすぎていた。
「ゴブリン劇団の小道具班です」と彼は言った。「『許可官の死』を三百回やりましたから」
「最後、許可官は死んだのか」
「死にません。表を書き間違えて、羊飼いに回されました。客はそっちのほうが惨いと言いました」
出発前、最後の夜間巡房をした。
三階の星見部屋の窓は、案の定閉まっていなかった。
以前は階下でわかった。
今は三階を登り、自分の手で窓を掛けた。フィアが門口に立ち、帽子は古いものに替わっている。縁には、最初の衣乾燥呪で焼けた痕が残っていた。
「戻ったら、この部屋はまだ私のもの?」と彼女は聞いた。
「四年分の部屋代が滞っている」
「風路を描いている。社員寮だ」
「なら戻って、続けて出勤しろ」
彼女は僕を見て、小さく頷いた。
それ以上は言わなかった。
階下では見知らぬ宿泊客が退避訓練の列に並んでいる。ボニーが厨房の火を止め、ルミラが明朝の椀数を照合し、ジェリーが僕の靴から、いつの年かわからない銅貨を一枚吐き出した。
銅貨をカウンターの引き出しへ戻す。
それから、炉火が道を示さないまま、大門を押した。
東で、黒日は誰も出してはならない目のように懸かっていた。
僕たちは本物の旧王道を、その中へ歩いていった。




