↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銅貨一枚で廃駅舎を買っただけなのに、魔物の荒野で国ができてしまった  作者: Karr


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/83

炉火のない店主

故郷の感知を失った初日、僕は三回ぶつかった。


一度目は二階の物置だ。


以前は近づけば、扉の向こうに新しいシーツが積んであるとわかった。今は鍵がかかっているとしかわからない。


二度目は厨房の裏口。


三度目は扉ではなく、ジェリーだった。


廊下がらみに広がっていたところへ踏み込み、靴の中がぬるいスライムで一杯になる。


「ぽ」


「以前は近づくと避けた」


「ぽ」


「能力ではなく、わざとだったのか」


ジェリーは急いで転がって逃げた。


主炉のあった場所は、薄い色の地煉瓦が一回り残っているだけだ。


ガルドが木柵を巡らし、「歴史施設、荷物を積むな」と掛けた。半日もせず、柵の中に箱が四つ、酸果が一束、ベリーが届け先を間違えた枕が二つ入っていた。


宿は、いつもどおり営業している。


想像以上に慣れなかった。


水管のどこが漏れているかは聞こえず、宿泊客の苦情を待つしかない。料理人の手触りは借りられず、切ったパンは片方が厚く片方が薄い。夜の巡房は、本当に窓を一枚ずつ確認しなければならない。


ボニーが僕のパンを見た。


「四年習っていないのは、ずっと他人の技を借りていたからだ」


「技能使用料は払った」


「誰に」


「……共同厨房に」


彼女は刀を取り上げる。


「お前のできることをしろ」


カウンターへ戻り、鍵を整理する。


これは、確かにできる。


分火制度が公開されて六時間目、申請は五千を超えた。


救援網へ本当に入りたい者もいる。火を得れば免税、暖房、商売繁盛だと思う者もいる。セインは申請説明を三度直し、一行目を太字にした。


|分火は食物、ベッド、客、収入を生まない。|


それでも唱歌煉瓦の付録を聞かれた。


ルミラは審査隊を五組作った。


どの組も実ベッド、公共用途、離脱手続き、受け入れ能力を見る。同意書一枚で火は出さない。却下された宿は改修できる。改修を拒んでも罰はない。


「一都市が全部申請してきた」彼女が一覧を渡す。「宿四百七十二、学校二十一、病院十三」


「何件通る」


「わからない。今決めるのは、あなたではない」


彼女はごく自然に言った。


僕も、自然に聞くべきだった。


それでも、一瞬止まった。


「手伝いは要るか」


「要る。広間に新規三十七人、カウンターが門外まで並んでいる」


だから登記へ行った。


客は黒日の縁にある帝国の町から来ていた。炉火はない。西に種族も帝国身分も見ない旅灯があると聞き、塩の車隊について六日歩いた。


「宿泊理由は」と聞く。


「避難です」


「何晩の予定だ」


婦人は抱えた包みを強く抱く。


「わかりません」


「最初の一晩は無料だ。二晩目からは金を払う、当番をする、難民受け入れを申請する。どれを選んでも、出ていく権利は変わらない」


「帝国が攻めてきたら」


「裏庭に退避図がある。今夜、夕食後に一度訓練する」


彼女は名前欄に指印を押した。


炉火が、彼女が明日残る気があるかを代わりに判断することはない。


知る必要もない。


宿が迎えるのは、今夜扉を叩く人だ。未来の人口数字ではない。


夜になって、各国からの分火報告が順に届いた。


赤盾は三十二箇所を開いた。


アスタ王国は四百十箇所を開いた。


金穂商盟が抑える商路の宿は九箇所だけだ。アイザックが消防改修の費用を先に出せと譲らなかった。ルミラの評はひどく刺があった。だが少なくとも本当だ。


曜石帝国の内部でも、七つの灯がひそかに点いた。


分火が通るのは、黒日の道路ではない。


普通の郵便手、飛行箒、河船、旅人の伝言で繋がる。帝国の許可印は駅舎を一箇所封じられる。見知らぬ都市を自動で服従させることはできない。


主炉のない広間に立ち、それらの灯は見えない。


反響煉瓦が、一つずつ数字を報せる。


力として僕へ集まってはこない。


それが解体の本当の代価だ。


そして目的でもある。


灯が見えないことは、灯がないことではない。分火は各地へ渡した。アランは封じられた路をまだ見られる。ただ今見ているものは、もう僕一人の感知へ流れ込まない。


アランは普通の鞘に入れられた。


再鍛後のそれは元の鞘を拒んだ。寸法が合わない、という理由だ。ガルドは二分広いだけだと言う。アランは、伝説武器の快適は「分」では測れないと言った。


結局、古いカーテンで鞘に内張りを縫った。


「古代遺物への侮辱である」とそれは言った。


「高級雲毛カーテンだ」


「……縫い目がひどい」


潜入小隊は五人だけだ。


僕、フィア、セイン、ガンド、それからゴブリンの道路整備士インク。ベリーは外で応接を待つ。目立ちすぎる。若い赤竜一頭を普通の旅人とは説明しにくい。


セインは本来、防衛線の指揮に残るべきだった。


権限を、七盟が推した副官三人へ暫定で渡した。


「防衛体系が僕なしで動かないなら、過去四年書いた章程は全部紙くずだ」と彼は言った。


「僕を心配している、と言ってもいい」


「心配しているのは、帝国中枢で通行表を書かないことだ」


フィアが帝国鉄道整備員の外套を五着持ってきた。


ガンドには入らない。


両袖を外し、どうにか胴へ通す。胸の「標準すなわち秩序」という帝国徽章は「標準すなわち——」まで伸び、後半は腋の下に隠れた。


「潜入向きだ」と僕は言った。


「笑ったな」


「笑っていない」


「聞こえた」


黒日へ入る路は、空にはない。


アランが見た核心の道路は、各許可塔の底から地下へ集まり、帝国が敷いた直線幹道を経て親征軍の中央へ通ずる。先に、黒日の燃料を運ぶ魔導車へ乗らねばならない。


燃料は石炭でも魔晶でもない。


強制回収された炉灰、都市印章、住民名簿だ。オードランはそれで各地が帝国に属すると証明し、その所有権に沿って黒日に火を抜かせる。


インクが点検札を偽造した。


整いすぎていた。


「ゴブリン劇団の小道具班です」と彼は言った。「『許可官の死』を三百回やりましたから」


「最後、許可官は死んだのか」


「死にません。表を書き間違えて、羊飼いに回されました。客はそっちのほうが惨いと言いました」


出発前、最後の夜間巡房をした。


三階の星見部屋の窓は、案の定閉まっていなかった。


以前は階下でわかった。


今は三階を登り、自分の手で窓を掛けた。フィアが門口に立ち、帽子は古いものに替わっている。縁には、最初の衣乾燥呪で焼けた痕が残っていた。


「戻ったら、この部屋はまだ私のもの?」と彼女は聞いた。


「四年分の部屋代が滞っている」


「風路を描いている。社員寮だ」


「なら戻って、続けて出勤しろ」


彼女は僕を見て、小さく頷いた。


それ以上は言わなかった。


階下では見知らぬ宿泊客が退避訓練の列に並んでいる。ボニーが厨房の火を止め、ルミラが明朝の椀数を照合し、ジェリーが僕の靴から、いつの年かわからない銅貨を一枚吐き出した。


銅貨をカウンターの引き出しへ戻す。


それから、炉火が道を示さないまま、大門を押した。


東で、黒日は誰も出してはならない目のように懸かっていた。


僕たちは本物の旧王道を、その中へ歩いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。