出ていける都市
銅湾が連合領を離脱する公文書は三頁あった。
一頁目は理由。
二頁目は引き渡し中の共同資産。
三頁目は、晴風へまだ清算していない十七枚の銀貨の宿泊費。
読み終え、先に三頁目へ「清算済」を押した。
セインが僕を見る。
「帳は清算されていない」
「去年、洪水の住民二百人を預かってくれた。それで相殺する」
「相殺の証書が要る」
「書いてくれ」
「そこが要点ではない」
「だから先に簡単なほうを処理した」
議会広間は、黒日が昇った直後より騒がしい。
銅湾は戦線離脱だと言う者、南へ通ずる旅灯を閉じろと言う者、連合倉庫にある銅湾の貨物を差し押さえろと勧める商会代表が二人。
公文書を机に置く。
「差し押さえは不同意だ」
「彼らは離脱した!」西炉の代表が言う。
「章程は許している」
「今は戦争だ」
「章程には、いつでも、と書いてある」
「体面を示すための平時の条文だ!」
「誰も出たくないときしか出られないなら、離脱権とは呼ばない」
この言葉で、会場がすぐ静かになることはなかった。
それでいい。
演説で解ける利害の対立は、たいてい誰かが帳を見る暇がなかっただけだ。
ルミラが銅湾の資産一覧を各机へ配る。
銅湾は自前の守備、糧食、魔導車二列を持ち出す。共同病院三箇所の使用権は残す。納めた防衛金は返さない。連合領の駐在員は晴風へ戻るか留任かを自分で選ぶ。
争いは裏切りから、車廂の帰属へ変わった。
ガルドは、そのうち一列車の後半が十二城工業公会のものだと主張した。輪軸が石梯堡製だからだ。銅湾代表は反響煉瓦で答えた。輪軸は外してよい。ただし晴風が自分で取りに来い。
ガルドは五分罵り、最終的に諦めた。
「なぜ出る」と僕はルミラに聞いた。
「親帝国ではない」彼女は言った。「銅湾は帝国進撃線の二本のあいだにある。都市議会は、連合領の旗を掲げ続ければ十七万の帝国軍が先に自分たちを叩くと判断した。住民投票で、六割一が離脱に賛成した」
「炉火は」
「残す。ただし軍用の炉門は止め、旅灯と医療救援だけ開く」
「それでやれ」
セインが章程を閉じる。
「防衛に穴が残る」
「穴を埋めるのは僕たちの仕事だ。民間人に地図を綺麗にさせてはいけない」
その日の午後、僕は人を連れて銅湾へ行った。
炉門は双方向に開く。都市議会が認めたのは、この最後の一回、公有財産の引き渡しだけだ。金門が開いたとき、向こうに歓迎の列はなかった。木箱が地面に並び、一覧を持った人たちがいるだけだった。
城壁の晴風の風旗は、すでに降ろされている。
旗を焼いた者はいない。
きちんと畳んで、返してくれるつもりらしい。
銅湾の議長は河妖で、名はシズといった。都市印を自分の青い外袍に付け直し、先に倉庫へ案内した。
「連合領の救急薬七十二箱、雲毛の毛布千四百枚、反響煉瓦三百枚。取り分どおり四割を残す」
「いい」
「なぜ固執しなかったか、聞かないのか」
「公文書に書いてあった」
「公文書は嘘も書ける」
「なら今、言え」
シズが城壁の外を見る。
銅湾は山に寄り川に臨み、街の半分の家が水の上にある。川面には小舟がびっしり停まり、どの舟にも布団と糧袋が積んであった。
「娘は北境の病院にいる」と彼は言った。「弟は連合軍にいる。だがこの街には、戦争と無関係な三万人以上がいる。オードランは道路が欲しい。君たちはそれを止めたい。どちらも大陸のためだと言える。僕が知っているのは、最初の主砲が落ちるとき、章程は読まないということだ」
「だから離脱する」
「そうだ」
「なら離脱しろ」
彼は僕を見つめ、後半を待っているようだった。
後半はない。
引き渡しに三時間かかった。
セインが城門に告示を貼る。銅湾は連合防衛の義務を負わない。連合領も銅湾の物資を徴用してはならない。双方の病院は相互に認める。住民は自由に移住できる。城外の旅灯三基は、従来の宿が共同で維持する。
「旅灯はなぜ残す」銅湾の守衛が一人聞いた。
「退盟は退室ではないからだ」と僕は言った。「迷った人には、まだ灯が要る」
帰り際、城南の「半山杯旅館」を見た。
店主が看板から連合領の徽章を削っていた。
僕が入ると手が震え、杯の半分を削り損ねた。
「続けろ」と僕は言った。「ただし旅灯の申請札は外すな」
「もう成員ではない」
「宿網は軍盟ではない。無料の急宿、道路の強開禁止、実ベッドの登記を守るなら、残れる」
「帝国軍が来たら」
「いつもどおり登記しろ」
「十七万人いる」
「なら空室はそんなにない、と伝えろ」
店主は笑えなかった。
僕も笑えなかった。
金門が閉じたとき、銅湾は連合領の地図で中立の灰色になった。
最初の裂け目だ、と言う者がいた。
二日後、その裂け目が最初の帝国難民を受け止めた。
連合領の人間ではない。
帝国南境から逃れてきた鉱夫、家族、徴用された行商人、六千人以上だ。黒日が現地の旅灯を空にしたあと、帝国官署は全鎮を道路中枢へ移して働けと命じた。行きたくない彼らは川沿いに西へ進み、銅湾がまだ開けていた旅灯三基にぶつかった。
半山杯旅館の店主が、反響煉瓦で救援を求めてきた。
「ベッドも舟も足りない。帝国の先鋒は後ろ二十里だ」
議会は、銅湾が連合領へ再加入して軍援を取るかどうかを聞いた。
シズの答えは速かった。
「加入しない。共同救援条項に基づき、民間人への援助を求める」
代表の一人が怒りで机を叩く。
「条項の選び方が上手いな!」
セインが章程の次の頁を開いた。
「原則として許す。救援は政治帰属を条件にしない」
「竜運を出せ」と僕は言った。
「銅湾の領空はもう僕たちのものではない」とベリーが注意する。
「だから先に申請する」
三分後、銅湾は臨時救援の風路を許可した。
フィアが北方から新しい風標を送り、ベリーが竜四十七頭と羽民百二十人を連れて上がる。河妖の水隊が逆流して人を受け、魔導車が境界で折り畳みベッドと共同厨房を下ろした。
離脱した都市は、穴にはならなかった。
帝国難民が見る、最初の灯になった。
黒日の下、半山杯旅館が新しい札を掛けた。
連合領の徽章ではない。
一行だけ書いてある。
|ベッドは十二。先に着いた人から眠る。|




