黒日が昇る
黒日が昇ったとき、僕は帝国の使者の部屋を替えていた。
二階西側なら故郷が見える、と彼は譲らなかった。
窓の外に見えたのは、連合領が直したばかりの魔導車駅、シーツを干す縄が三列、それから太陽を呑み込もうとしている黒い円盤だけだった。
「今は見える」と僕は言った。
使者は窓枠を掴んだまま、答えなかった。
円盤は、本当に太陽を隠しているわけではなかった。
東の空に懸かり、縁は焼けた鉄のようで、中心だけが濃淡のない黒だった。十二城の風向塔がほとんど同時に叫び、軒下の反響煉瓦が一つずつ赤く点いた。
宿の広間で、帰巣炉が縮んだ。
風に揺れた、という感じではなかった。
遠くから誰かが火の芯を掴み、東へ引いた、という感じだった。
アランはカウンター裏の柔らかい布に寝かされ、剣身は半分しか残っていない。帝国の主砲の下で裂けてから、ガルドは誰にも触れさせない。僕が埃を拭くだけでも申請書が要る。
今、その半剣が激しく震えた。
「黒日だ」とそれは言った。「オードランが帝都の道路中枢を、空へ上げた」
「止められるか」
「当然だ。吾を直し、あの中へ送れ」
「前半は難しい。後半は、もっと難しそうだ」
「それが伝説武器の存在意義である」
言い終えると、剣身の裂け目から銀の粉がまた少し落ちた。
「伝説の遺物、かもしれんがな」
警鐘が鳴った。
晴風で最初にベリーが歪めた銅鐘ではない。十二城共通の、三短一長だ。三短は道路の途絶、一長は国境への攻撃を意味する。
僕は階下へ駆けた。
広間はすでに人で溢れていた。宿泊客は荷物を提げ、当直は登記簿を抱え、ボニーは焼きかけのパンを盆ごと運んでくる。ジェリーが厨房から転がり出て、体にスプーン三本と「慌てないでください」の紙が貼りついていた。
「退室は左、継続宿泊は右」僕はカウンターの後ろに立つ。「手伝いたい者は門を塞ぐな。庭で割り当てを聞け」
帝国の使者が降りてきた。
「天野陸閣下、陛下はすでに親征しておられる。今、統一道路条項を受け入れれば、間に合う」
「部屋代は明日まで払ってある」
「何ですと」
「だからそれまでは、君は宿泊客だ。誰も捕まえない。帝国へ戻りたければ道を開ける。残りたければ、先に登記しろ」
彼は炉火を見て、黒日前の空より白い顔をした。
炉辺の金色の十二城地図が、消えかけていた。
最初に暗くなったのは、南東の塩沼港だった。
次いで石梯堡。
三箇所目、白脊山麓の鹿鈴谷は十数息だけ足掻いて、闇に沈んだ。
胸を三箇所抉られたようだった。
帰途の感知は、もともと地図ではない。夜に目を閉じても、どの部屋に人がいて、どの窓が閉まっていないかを店主が知っている、あの感覚に近い。十二万人の方角が十二万本の線になるはずはない。だが炉火、旅灯、病院、分駅の一つひとつに、温度があった。
東の大半が、今は冷たい。
塩沼港の守炉人を探す。
応答がない。
鹿鈴谷の病院を探す。
やはりない。
カウンターに手をつく。木の縁が掌で小さく鳴った。
フィアが屋根から庭へ落ちてきた。逆風が外套を旗のように引っ張る。
転ばなかった。
四年前なら、それだけで鐘を一つ鳴らす出来事だった。
「風路が三条とも乱れている」観測紙を一巻、机に叩きつける。「自然風ではない。黒日が道路の魔力を抜いている。太い本線ほど、速い」
「人は」
「塩沼港は最後に羽民の伝書隊を二隊出した。鹿鈴谷の竜運は飛び立ったところ。石梯堡は消息なし」
ルミラが続いて入る。袖口に種子庫の泥がついていた。
「晴風の糧倉は四十一日持つ」彼女は言った。「三城すべての退避者を受ければ、十九日しかない。南斜面のテント倉は八千張れる。冬布団は半分足りない」
ガルドが、自分より大きい黒日の破片模型を担いで割り込んできた。
「魔導車の東線は停運だ。車が壊れたのではない。許可印が軌道を帝国財産だと判定した。六時間くれれば二百里の軌材を外せる。六日くれれば、敷き直せる」
「六時間しかないかもしれない」セインが戦報を三通広げた。紙の角は、相変わらず揃っている。「帝国の大軍は三路で進む。北路は白脊山沿い、中央は旧王道、南路は川沿い。先遣は連合領の境界まで七十、九十二、五十五里」
窓の外から、ベリーの頭が覗いた。
四年前は厨房に潜って焼き餅を盗めた。今は頭を下げると、角が二階の物干し竿に引っかかる。
「南線の竜運隊は飛べる」彼女は言った。「でも雲毛の保温覆いは負傷者分しかない。糧食と人は、どちらかだ」
「先に負傷者だ」と僕は言った。
「糧食は」
「魔導車で断軌まで運び、牛角の車隊が受ける。水路は行けるだけ行け」
セインが眉を寄せる。
「中央線は守れないかもしれない」
「なら死守するな」
「議会はまだ正式に退避を認めていない」
「例外条項は」
彼は防衛規程を開く。
「次の頁だ。道路級の災害に遭ったとき、前線指揮官は民間人と戦力の保全を優先できる。十二時間以内に補報する」
「次の頁でやれ」
広間が再び動き出した。
反響煉瓦が命令を一分ずつに圧縮し、ゴブリンの信号隊が煉瓦を抱えて駅へ走る。ジェリーは公衆衛生局の河妖職員に車輪付きの水桶へ入れられ、難民営の浄水へ向かう。ボニーは焼き皿のパンを同じ大きさに切り、出発する者の手へ押し込んだ。
誰も、最後の一人まで晴風のために戦え、とは言わなかった。
必要なのは、より多くの人を次の食事まで戻すことだ。
黒日が、また一回り明るくなった。
帰巣炉の火が、東へ細長い尾になって引かれる。
石梯堡へ通ずる炉門を開こうとする。
金光は半歩だけ敷かれて、見えない壁に当たり、床へ砕けた。
門の向こうが、同意していない。
炉火が消えたのか、守門人がもういないのか、街全体が生きるのに忙しくて、応答する暇がないのか。
アランが楼上から叫んだ。
「天野陸! 無理に開けるな! 道路は、お前一人の同意では成立せん!」
「わかっている」
手を引く。
僕たちが自分で『炉火公約』に書いた規則だ。
戦時に、一端から他端を強開してはならない。
規則は、いちばん近道が欲しいときにこそ、規則になる。
最初の退避魔導車が窓の外で轟いた。屋根に糧袋、車内は折り畳みベッド、唱歌煉瓦の警告板が震動で揃って音程を外す。羽民が上空を掠め、三色の風旗を車頭へ挿した。
鹿鈴谷へ向かう。
炉門は切れている。本物の鉄軌は、まだある。
「中央軍が進路を変えた!」郵便手が扉を突き、反響煉瓦をカウンターに押しつける。
煉瓦の中から、前線の急ぎの声が聞こえた。
「帝国は先に城を攻めていない。途中に黒日塔を立てている。一座立つごとに近くの旅灯が消える。石梯堡の外にすでに七座——」
声が途切れた。
煉瓦は一分しか記録しない。
広間の地図を見上げる。
石梯堡を示す最後の金光が消えた。
同時に、頭の中ではっきりしていた十二城の帰途が、大雨に流されたチョーク線のように、一気に大半を失った。
十二万人の家は、まだある。
僕は、もう彼らを見つけられなかった。




