消えたのは炉火ではない
月泉城は襲撃を受けていなかった。
城壁は無事、炉門に許可印はない。守衛は門口で、僕たちの通行証を真面目に調べている。
ただ、通りの人が少ない。
駅から帰巣炉までの道の両側、十店のうち七店が閉まっている。薬草の干し棚は空、ガラス工房の煙突は煙を上げない。療養客で溢れていた小さな宿屋には、女将がカウンター後ろで靴下を編んでいるだけだ。
「泊まりますか」と彼女は聞いた。
「十二人だ」
彼女は空の鍵板を見上げた。
「好きなのを選んで。初夜は無料。二夜目も無料でいい」
この言葉が宿屋の店主の口から出るのは、救援要請より重い。
ルミラが銀貨二枚をカウンターに置いた。
「定価で。朝食は何人前ある」
「十二人前なら作れる」
月泉城にはもともと七千四百人がいた。三ヶ月で四千人あまりが去り、若い職人はほとんど帝国国境の新都市へ行った。強制移住ではない。向こうでは倍の賃金が取れ、帝国標準の宿舎を借り、現地より半額の薬瓶と日用品が買える。
帰巣炉は、去ることを罰しない。
残った人間が、明日も住めると信じなくなったとき、自然に消える。
都市議員が帳簿を広げて見せた。
「ガラス瓶が一銀貨のとき、吹き職人を三百人養えた。帝国瓶は四銅貨だ。薬師は全員、帝国瓶に切り替えた。ガラス炉は止まった。ガラス工に給料がなく、宿屋に客がない。宿屋が現地野菜を買わなくなれば、農家も去る」
セインが聞いた。「不当廉売の証拠はあるか」
「値段はある。向こうの原価帳はない」
「なら直接の販売禁止はできない」
残ったガラス職人の一人が冷笑した。
「証拠表を書き終えるころ、ここには死人しか残らない」
セインは怒らなかった。
「だから聞く。だが禁令一つで全員に高い瓶を買わせれば、先に死ぬのは薬を買えない病人だ」
会議はすぐ二派に割れた。
月泉城は十二都市に三年分の賃金補助と最低買取価格を求めた。
石梯堡代表が反対する。「今日ガラスを補えば、明日はこちらの鋼だ。明後日は誰が晴風の宿屋を補う」
空いた通りを見て、僕の第一反応は連合庫から資金を出すことだった。
ルミラが卓下で僕の足を蹴った。
重くはない。「先に補え」の一句を戻すには足りた。
僕たちは先に七日、調査した。
会議ではない。工房を一軒ずつ歩く。
帝国瓶は安く、寸法が揃っている。だがよくある薬液にしか向かない。月泉城のガラスは現地温泉の珪砂を含み、耐熱、耐蝕で、魔力をゆっくり放出する薬剤の保存に特に向く。これまで職人はどんな瓶でも作り、コストは高く、精度は揃っていなかった。長所が普通品に混ざって売られていた。
現地の薬師には、もう一つ別の腕前がある。
温泉余熱で低温抽出する。薬効は穏やかで、長期治療に向く。即効を求める帝国軍用薬には向かない。
「四銅貨の瓶と殴り合うな」とアイザックが遠隔で帳簿議論に入った。「向こうが作れず、遠くまで運べないものを作れ」
ガラス職人が聞いた。「誰が買う」
北境病院が先に耐蝕瓶三百の注文を出した。条件が付く。瓶口の誤差は連合尺一分を超えてはならない。各本、圧力試験を経ること。
老職人がその場で卓を叩いた。
「四十年、ガラスを吹いて尺は使ったことがない」
若い徒弟が反論する。「だから同じ栓を三度直す」
これは晴風と月泉城の争いではない。月泉城自身が、何を残し、何を変えるかを決めねばならない。
彼らは一晩、言い合った。
翌日、老職人は自分の吹き管を校正架へ置いた。
「尺は使っていい。火加減は俺が聞く」
連合庫は無条件で給料を出さず、資金を三部に入れた。精密ガラス炉二基の改造、病院用瓶の予約買い、薬師学校の建設。月泉城は旧工房と温泉管を出し、職人は将来の注文で設備代の半分を返す。
初回の試産は失敗した。
瓶口を揃えたあと、厚薄のムラが拡大され、二百本のうち百四十七本が圧力庫で割れた。ジェリーが砕ガラス掃除に呼ばれ、青から紫へ怒って変色した。
ガルドが転台を直し、フィアが炉口の乱風を安定環流に分け、老職人が音でガラス壁の厚さを判断する。第三陣の二百本、合格は百八十九。
不合格の十一本は窓板に切った。存在しなかった振りはしない。
薬師学校は第一陣の「長距離安眠剤」を開発した。傷をすぐ癒やさない。龍運中の重傷者の痛みと揺れ反応を減らすだけだ。ベリーは試運のあと評した。
「ブルームおじより、よく寝てる」
注文は北境病院から総ギルド救援隊へ広がった。魔導車が来るとき、空の客車が薬瓶を運び去り、復路で糧食と徒弟を連れてくる。
人は一晩では戻らない。
最初の一ヶ月、戻った工員は百二十七人だけだ。通りにはまだ空き家があり、普通瓶工房三軒は閉鎖を確認し、四十六人は旧仕事の復活を待たず転職訓練を選んだ。
戦損は剣からだけ来るのではない。
戻ってこない業種もある。
宿屋の女将は鍵を七本、掛け直した。無料宿泊はやめ、門口に書いた。「三夜泊まれば温泉付き。部屋代は付けない」
去る前、月泉城は公共食堂で一食を開いた。
帰郷した工員、残った老人、新しく来た徒弟が同じ卓に座る。永遠に去らないと約束させられた人間はいない。
炉の中に、ごく小さな火が先に上がった。
続いて暖光が十二卓の飯机を順に照らした。
月泉城の炉が、再び灯った。
同時刻、羽民偵察が東方から急報を持ち帰った。
帝国先遣軍三千が、すでに境界を越えている。
公文にはこう書いてあった。
「十二都市で働き、住む曜石僑民を保護するため、道路治安を臨時接収する」




