安い道路の値段
署名拒否の七日後、旧風笛亭は三十一室をキャンセルされた。
同じ日ではない。
それがより悪い。
先に雲毛を運ぶ隊商が北棟六室を取り消し、続いて薬草隊二組が帝国の新東路へ進路を変えた。七日目、カウンター後ろの鍵板は整然と空き、ジェリーですら営業に問題があると一目でわかった。
そいつはカウンターへ登り、受け取られない鍵を三本飲み込んだ。
「出せ。空室は廃品じゃない」
「ぷく」
帝国は東境関税を元の五分の一まで下げ、許可印を持つ隊商は道路を無料で使え、初年の倉敷も取らない。十二都市の商人は帝国を好きにならなくていい。帳簿が読めれば、どちらの道が安いかわかる。
議事堂で、月泉城代表がキャンセル票の束を卓に叩いた。
「七十二の工房が夜勤を止めた。まだ起きていないリスクのために、もう起きた損失をなぜ負う」
石梯堡代表が鼻を鳴らした。
「許可印が炉門へ噛み込めば、損失を負う資格すらなくなる」
「それはアランの判断だ。帝国技術者は偽造防止術だと言っている」
アランは卓端に立ち、鍔が怒って光った。
「吾は三代の道路王朝の滅亡を見届けた!」
「お前は七人の魔王を斬ったとも言っていたな」
「魔王の王冠だ。天野陸は要所をいつも落とす」
議論は関税から、塩一匙の重さまで一路続いた。十二都市は『炉火協約』の下で平等だ。帝国協定の拒否は共同決定だが、共同決定は停業した工員の給料を自動では出してくれない。
ルミラが在庫板を壁に掛けた。
「主食はまだ五十六日持つ。雲毛の注文は二割減、ガラスは四割減。反響レンガは減っていない。帝国が買って分解研究している。晴風は補助できるが、最長二十日だ」
僕は聞いた。「先に停業賃金を補うのは」
「またそれね」と、彼女の口調は穏やかだった。「どの都市、どの業種。金は誰の穀倉から出す」
僕は、言いかけた融通を飲み込んだ。
セインは臨時保障を出し、ガルドは止まった人間を魔導車線の工事へ回せと主張し、月泉城は協定の再表決を求めた。すべてを満足させる案はない。
最後に議会は二事を通した。
第一、帝国協定の全条項を公開し、各都市が自ら議論する。反対意見を裏切りにしない。
第二、魔導車試験線を前倒しで着工し、本物の輸送コストで帝国の安価道路と競争する。
フィアが十二都市風路図を広間の床いっぱいに広げた。
「本線は晴風から断橋鎮まで百八十里。設計どおりなら六時間で着く。龍運が山越え、魔導車が重い貨物。荷はもう三日の馬車を待たなくていい」
ガルドが補足した。「軌道が爆発しないのが前提だ」
「なぜ爆発する」
「風圧の式を二行、逆に書いたからだ」
「初稿よ」
「その初稿を試験車へ刻んだ」
計画がまだ救えると示すため、先に十二里の空載線を走らせることにした。
試験日、駅に二千人あまりが詰まった。ゴブリン信号隊が三列に並び、反響レンガは半里ごとに一塊、牛角工が分岐器のそばに立つ。ベリーは祭典ケーキの空輸を担当し、離陸前にルミラの検査を三度受けた。
「ケーキは無事」
「無事」
「クリームは」
「それも無事」
「なぜ口の端にクリームがついてる」
「風よ」
フィアがとても真面目に記録した。「本日の横風は苺クリームを運ぶ」
魔導車は祭典ケーキより先に着いた。
黒鉄の車頭が一輪の青光を噴き、空の客車二両をゆっくり引き出す。馬も龍もない。車輪が銀白い軌面を噛み、速度は徒歩から奔馬まで上がる。見物の歓声がそれを追って前へ転がった。
一里目は平稳。
二里目、客車が左右に揺れ始める。
三里目、前方の信号レンガが突然、二つの違う時刻を報じた。
「晴風標準、九時十七分!」
「断橋鎮水時計、八時五十二分!」
運転士は予定時刻で加速する。分岐係は別の時計で、車両がまだ出ていないと判断した。
側線が半分まで切り替わる。
「制動!」とセインが叫んだ。
車頭の風ブレーキが灯るが、半拍遅い。ガルドが槌を振り下ろして機械閘を叩き、鉄輪が二筋の火線を引き、二両目は閉じきっていない分岐器を擦り、斜めに軌面を飛び出した。
群衆が警戒線に沿って下がる。
僕はアランを借りて客車の傾く方向を見、柵を切り、金色の避難線を空き地へ敷いた。牛角工が合力で車壁を支え、羽民が窓から運転士を引き出した。
死者はいない。
運転士は脚を一本折り、工員二名が火傷し、三十七尺の軌道が廃鉄になった。
祭典ケーキがそのあと空から落ち、割れた路盤を正確に覆った。
ベリーが一周旋回し、小さく聞いた。
「テープ、切るの」
「先に負傷者を送れ」と僕は言った。
その夜、項ごとに点検した。
風ブレーキの圧力は晴風の「磅風」を使い、制動弁は石梯堡製で目盛りは「石格」。車輪幅は三尺だが、製造図の尺は王都のもの。断橋鎮の一尺は王都より二指短い。敷設工の測縄ですら四種類ある。
事故は帝国の破壊ではない。
それが、いちばん辛い結論だった。
十二都市は各自のやり方で今日まで生き、各自のやり方を同じ線路へ乗せてしまった。
翌日、十一都市からまた事故報告が届いた。
月泉城の車軸が晴風の軸受けに入らない。
鹿鈴谷が運んできた枕木は図面より半掌長い。
材料車二列が山口で出会い、双方とも「午前第三刻」の路権は自分のものだと主張した。
ガルドは十二本の物差しを議事卓に並べた。
いちばん長いものと短いもので、親指一本ぶん違う。
彼は煙管を咥えて宣言した。
「軌道は壊れていない」
「壊れているのは、『同じ長さ』についての理解だ」




