まず扉に鍵をつけろ
封鎖の翌日、余燼食堂は昼市を開かなかった。
糧がないからではない。
街口の石炭車が入らず、裏厨房が最後の薪一束を浴場の湯に残したからだ。
マーサは扉に木札を掛けた。
|本日休食。老人と子供は裏口で冷たいパンを取れ。|
南区住民の炉門支持は、七割四から五割一へ落ちた。
「普通だ」マーサが集計板を渡す。「腹が減れば、人はまずこの扉が何を連れてきたかを聞く」
「何を連れてこられるかも聞く」
「だから大義を語るな。石炭を入れろ」
炉門は封鎖を回れる。
晴風側が石炭車を満載し、両端が同意すれば、十分で食堂へ届く。
問題もそこにある。
摂政院は街口に告示を掛けた。今日石炭を運べば、明日は七盟の軍を運べる。炉門を支える者は、王都城壁の後ろの子供に責任を負う、と。
セインが草案二通を食堂の長机に広げる。
「第一、摂政院案。炉門の鍵は王都衛戍軍へ渡す」
「選ばない」とマーサ。
「第二、晴風の一部防務官案。戦時は晴風が緊急開放する」
「それも選ばない」と僕は言った。
アランが一度震えた。
「敵がすでに城外にいても、もう一端の表決を待つのか」
「敵は扉の向こうから来るかもしれない」
「救援を逃す」
「逃す」
飾りではない。制限だ。
炉門が都合のいいときだけ同意を尊重し、本当に危ないときはいちばん強い側が決めるなら、最後は摂政院が欲しい物になる。
ルミラが風片で議論に入った。
「事前授権はできる。洪水、火災、魔物潮。各都市がどの場合に緊急開門できるか、授権はいつまでか、何を通せるかを先に書く」
セインが補う。
「戦争は別項。相手都市の議会許可なく武装人員を運んではならない。宣戦したあとでも、一端が緊急条項を援用できない」
マーサが聞く。
「難民を追う者がいたら」
「退避の扉は開ける。入り口は受け側の都市が管理する。武器は封じ、人員は登録する」
「傷兵は」
「負傷者として扱う。軍隊としては扱わない」
四時間争い、石炭はまだ入らない。
規則はだが、具体的なものへ落ちた。
石炭一車。
剣一把。
包帯を巻いた一人。
扉が開いているとき、突然増えた三百人のベッドを誰が用意するか。
午後、僕は南区広場で制限を公開で読んだ。
高台はない。
伏せた野菜籠の上に立ち、第三条を読んだところで左の籠の角が潰れた。
「規則の基礎が不安定だと予示している」とアラン。
「籠を替えるべきだと予示している」
読み続ける。
「戦時、道路のもう一端の都市議会の許可なく、炉門を開いてはならない」
群衆のなかで誰かが叫ぶ。
「晴風が撃たれているとき、王都が承知しなければ、お前たちも開けないのか」
「開けない」
「じゃあ炉門に何の役がある」
「同意した物を運べる。何でも運ぶ扉ではないから、家に付ける値打ちがある」
別の者が聞く。
「摂政院がこちらを撃ったら」
「受け入れる都市のどれへ扉を開くかを、お前たちが決める。晴風は残るか出るかを代わりに決められない」
拍手はなかった。
登録料を追い聞く者、商人が時間帯を独占すると心配する者、夜は必ず閉め、子供が荒野へ誤って走らないようにしろと求める者もいた。
マーサはそれらを一条ずつ記した。
拍手より役に立つ。
夕方、南区住民が再び表決した。
公開制限で炉門を回復することに同意、六割八。
晴風議会も同期で可決した。
両側の銅杆が下りたとき、僕はアランで金線を切った。
最初に来たのは兵士ではない。
石炭車だ。
二輛目は粉。
三輛目は旧風笛亭が廃したベッド枠四十。掘り出した穀倉の夜間敷きにする。
王都衛兵は巷口で見ていた。登録のない武器は一本も見つからなかった。
食堂はその夜、再び火を入れた。
炉門の試行規則は数百部写され、浴場、駅、ギルド、各旅館の入り口に貼られた。ゴブリン劇団は扉の両側が同時に「開け」と言う短い劇まで組んだ。
途中、晴風役の役者が勝手に扉を引き、南区役の役者が鍋蓋で手を挟んだ。
セインの評。
「厳密さは足りないが、わかりやすい」
一息つけると思った。
夜、教団大書庫で火鐘が鳴った。
ヘルマーは古籍整理を名目に、眠っている引火印十枚を先に移していた。
教団車隊は三路に分かれて王都を出る。
セインが城門記録を調べ、七つの箱は偽物、別の二路は囮だと知った。本当に熱を持つ第三の引火印は、東郊修道院へ送る糧車へ入っていた。
着いたとき、糧車はすでに途中で転倒していた。
襲撃ではない。
箱が車板から自分で転がった。
引火印が封を焼き切り、路傍の廃陶窯へ落ちた。
窯には街を追い出された煉瓦職人が二十戸以上住んでいる。突然灯った石を囲み、誰も触れようとしなかった。
教団護衛が先に着いた。
旧窯の地面が赤い光で持ち上がり、煉瓦灰の下に第三の炉種が顔を出した。
ヘルマー自ら金の鉗子で炉種を挟み、炉印を刻んだ銀の匣へ入れる。
今度、王都へ運ぼうとはしなかった。
廃陶窯の中央に祭壇を組む。
「聖火が居住者だけを認めるなら」ヘルマーが言う。「正しい者をここに住ませればいい」
数十名の教団修士が荷物を担いで陶窯へ入る。
衛兵が出口を封じ、もともと住んでいた煉瓦職人を雨のなかへ追い出した。
銀の匣のなかで、第三の炉種は灯っている。
温度は、一筋もなかった。




