↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銅貨一枚で廃駅舎を買っただけなのに、魔物の荒野で国ができてしまった  作者: Karr


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/83

十二の炉火

摂政院が倒れた日、王都が先に戻したのは議会ではない。


野菜の配達だ。


七衛戍営が動員令を拒んだあと、南区を封鎖していた路障に番はいなくなった。未明四時、最初の大根車が白鐘街を通った。


余燼食堂が開門し、粥を煮る。


王国議員たちは、粥の匂いの中で三年開いていなかった議事堂へ戻った。


メルヴィン公爵は、国王の療養を理由に会議を止めようとした。セインは二十七通の書類を、順に長机へ並べた。


一通たりとも、悪役が書いた秘密日記ではない。


すべて普通の公文だ。


理事の再確認を経ていない離城制限。


安置案のない炉火徴収令。


赤陶営地が断水したあとの給水記録。


石梯の糧車を差し押さえた受領書。


そして七度、王国議会を迂回して私兵を動かした命令。


一枚ごとに違う手が通っている。


揃えると、摂政院が「臨時代行」を終わらせなくていい権力に使った経緯が、ちょうど説明できる。


国王は午後に現れた。


王宮の肖像よりずっと老け、従者二人に支えられ、三年空いていた玉座の前に座った。


長い演説はしなかった。


三事だけ聞いた。


「南区は、今日飯があるか」


マーサが答えた。


「昼はある。夜は未払いがいつ入るか次第だ」


「三分火地の人間は帰れるか」


セインが言う。


「赤陶と塩沼は回復した。石梯堡の麓には、まだ領主私兵が一隊いる」


「議会の人数は足りるか」


書記官が席を数えた。


「法定数を超えている」


老国王は復会令に印を押した。


「なら議会が決める」


その夜、王国議会は摂政院の代行権をすべて取り消した。


メルヴィンは違法動員と公共財産の侵占で審理を受ける。残る八名の摂政は、署名した命令ごとに責任を負う。同じ囚車へ一括では載せなかった。


炉印教団は、炉種を強制保管する資格を失った。


ヘルマーは、聖火には唯一の看守が要るとなお主張する。


だが今回、彼は教団代表として聴聞席に座れるだけだ。炉を解体する車を連れて、住民の門口に立つことはできない。


本当に難しいことは、翌日から始まった。


十二都市が、人が住める協約に署名せねばならない。


第一次草案は百八十頁あった。


ガルドは公共道路の石材規格まで読んで眠り、髭が添付三枚を押さえた。


第二次は四十頁まで縮めた。


マーサは読み終えて聞いた。


「炉門が夜中に五百人送ってきたら、朝飯は誰が見る」


そこで災害受入、仮ベッド、公共厨房の分担をまた足した。


第三次、石梯堡が「風券を唯一の共同通貨とする」を拒んだ。


風券は都市間決済だけに使う。各都市の本貨は流通を続ける。兌換所は準備金を公開せねばならない、と改めた。


第四次、塩沼港は学校橋、給水路、公共食堂も道路施設に数えろと求めた。商道だけに予算を出すな、と。


高巣鎮は領空を現地議会が管理すると求めた。


赤陶城は、どの教団、ギルド、晴風工房であっても、分火地へ入るなら正式な賃貸契約が要ると求めた。


断橋鎮の両岸は、署名順でもう一日揉めた。


最後に二つの名を同じ行へ書いた。


『炉火協約』の定稿は、本文九項だけだ。


各都市は各自で議会を選び、住居、産業、炉火、現地法を管理する。


晴風は総督を送れない。地方領主は分火を接収できない。


都市間道路は十二都市共同道路席が管理する。炉門は双方同意を貫く。戦時、相手都市議会の許可なく武装人員を運んではならない。


災害互救は各都市の事前授権に従う。受入都市が門の範囲、時限、進入人員を決める。


風券は共同決済証憑であり、現地通貨を置き換えない。


魔導学校は巡回教師、共通課程、各都市の自主募集を採る。開門できる人間をすべて晴風に留めない。


共同防衛は別途、年度授権に署名せねばならない。一度の救援で永久駐屯権を得てはならない。


都市は共同決定を拒否できる。ただし契約で既に同意した費用は負う。


最後の一項がいちばん短い。


|いずれの都市、領主、教団、王国機関も、他都市の炉火と自治を一方的に取り消してはならない。|


協約は、なおアスタ王国法の内側にある。


十二都市は議会が確認した共同税を納め、王国の対外条約を守り、都市間争議は公開法廷の審理を受ける。


だが、もはやどの地方領主にも属さない。


十二の独立王国ではない。


自分のベッド、鍋、門について、ようやく自分で言える都市が十二ある、ということだ。


署名日は、秋の初霜のあとと決まった。


会場は王宮ではない。


拡張した余燼食堂だ。


理由は単純だ。十二都市の代表と見物の住民に同時に飯を作れる厨房が、ここだけ十分に大きい。


四万五千人の住民は、もちろん入れない。


彼らは十二の違う暮らしの画面に現れた。


塩沼の子供が、潮より高い新しい橋を踏んで学校へ行く。


石梯の夜勤鉱夫が山腹宿舎の窓を押し、もう二千七百段を歩かなくていい。


鹿鈴谷の違う高さの軒下から炊煙が上がる。


銅湾の氷室が、初めてその日の魚を三日目まで残した。


松針の診療所に夜灯がついている。


晴風の三つの公共厨房が同時に火を入れても、旧風笛亭の長机はまだ足りない。


署名前、王国議会は十二都市に特別自治地位を与えた。


書記官が、また一通の任命書を出した。


「協約の共同道路条項により、天野陸を十二都市総管理人に授ける」


「臨時か」


「その二字はない」


僕は筆を取って補った。


ルミラが手を伸ばして消した。


「協約に罷免手続きがある」と彼女は言った。「自分で足す必要はない」


マーサが煮豆の椀をこちらへ押した。


「総管理人は先に皿を運べ」


ガルドが後ろで叫ぶ。


「店主、長机が二脚足りない!」


こうして新しい称号は、正式には半分しか存在しなかった。


みんなは相変わらず僕を店主と呼ぶ。


十二名の都市代表が、各自、炉辺の銅棒を握った。


晴風主炉はルミラが執行する。


薪橋はマーサ。


赤陶、塩沼港、白礫井、鹿鈴谷、高巣鎮、銅湾、松針城、断橋鎮、月泉城、石梯堡が順に確認する。


主炉が他の炉に命令することはない。


十二声の「同意」が、違う方向から届いた。


僕はアランを抜いた。


ひびは銀箍で仮止めしてある。それでもフルネームを唱えろと主張する。僕が三音節目まで読んだところで、先に本番をやれと急かされた。


剣先が落ちる。


十二条の金線が同時に繋がった。


この瞬間、僕が見たのは一枚の門ではない。


十二都市の街路、炉庁、食堂、学校、宿屋が互いにつながっている。都市領域は、自発的に開いた道の一本一本に沿って広がる。フィアの風の方向感覚も借りられる。ガルドが梁柱を判断する手触りも借りられる。だが誰一人、代わりに足を上げてはくれない。


道路は、現れることだけを担当する。


歩くかどうかは、なお門前の人間が決める。


炎が突然、長いあいだ見ていない冷たい白になった。


食堂の鍋とヘラの音が消える。


代わりに、電流の軽い響き。


それから、呼吸を忘れるほどはっきりした女の声が、十二団の火から同時に出てきた。


「旅客の皆様にお知らせします。まもなく改札を開始いたします。お手回り品をお持ちのうえ、改札口へお進みください」


日本語だ。


新幹線の駅放送。


フィアが僕の手首を掴んだ。


「天野陸、これは何語」


放送の後ろには足音、スーツケースの車輪、遠い案内音もある。


炎の奥に白いホームが閃いた。


次の一句が鳴りかけたところで、声は風に切られた。


セインの横の計時水晶が、十二目盛りで止まった。


最初の電流音から最後の音節まで、正確に十二秒。


白い火が金赤へ戻る。


ホームは消えた。


僕はなおアランを握り、掌は汗だらけだ。


僕をロランシアへ連れてきた道は、完全には閉じていなかった。


四年前のホームが凍っていたのではない。道が、僕の来た場所を覚えている。十二炉が初めて同時に繋がり、世界のもう一端に短い隙間を開けた。


誰も続けて問う暇はなかった。


食堂の外で、羽民郵便が急いで着地する音がした。


持ってきたのは王都公文書ではない。


黒と銀の長い旗一面だ。


東方道路で、規格がまったく同じ魔導車十二台が国境を越えていた。


車隊は曜石帝国観察団を自称する。


炉門、風券、十二都市道路の見学を求める。


到着は、今夜だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。