十二の炉火
摂政院が倒れた日、王都が先に戻したのは議会ではない。
野菜の配達だ。
七衛戍営が動員令を拒んだあと、南区を封鎖していた路障に番はいなくなった。未明四時、最初の大根車が白鐘街を通った。
余燼食堂が開門し、粥を煮る。
王国議員たちは、粥の匂いの中で三年開いていなかった議事堂へ戻った。
メルヴィン公爵は、国王の療養を理由に会議を止めようとした。セインは二十七通の書類を、順に長机へ並べた。
一通たりとも、悪役が書いた秘密日記ではない。
すべて普通の公文だ。
理事の再確認を経ていない離城制限。
安置案のない炉火徴収令。
赤陶営地が断水したあとの給水記録。
石梯の糧車を差し押さえた受領書。
そして七度、王国議会を迂回して私兵を動かした命令。
一枚ごとに違う手が通っている。
揃えると、摂政院が「臨時代行」を終わらせなくていい権力に使った経緯が、ちょうど説明できる。
国王は午後に現れた。
王宮の肖像よりずっと老け、従者二人に支えられ、三年空いていた玉座の前に座った。
長い演説はしなかった。
三事だけ聞いた。
「南区は、今日飯があるか」
マーサが答えた。
「昼はある。夜は未払いがいつ入るか次第だ」
「三分火地の人間は帰れるか」
セインが言う。
「赤陶と塩沼は回復した。石梯堡の麓には、まだ領主私兵が一隊いる」
「議会の人数は足りるか」
書記官が席を数えた。
「法定数を超えている」
老国王は復会令に印を押した。
「なら議会が決める」
その夜、王国議会は摂政院の代行権をすべて取り消した。
メルヴィンは違法動員と公共財産の侵占で審理を受ける。残る八名の摂政は、署名した命令ごとに責任を負う。同じ囚車へ一括では載せなかった。
炉印教団は、炉種を強制保管する資格を失った。
ヘルマーは、聖火には唯一の看守が要るとなお主張する。
だが今回、彼は教団代表として聴聞席に座れるだけだ。炉を解体する車を連れて、住民の門口に立つことはできない。
本当に難しいことは、翌日から始まった。
十二都市が、人が住める協約に署名せねばならない。
第一次草案は百八十頁あった。
ガルドは公共道路の石材規格まで読んで眠り、髭が添付三枚を押さえた。
第二次は四十頁まで縮めた。
マーサは読み終えて聞いた。
「炉門が夜中に五百人送ってきたら、朝飯は誰が見る」
そこで災害受入、仮ベッド、公共厨房の分担をまた足した。
第三次、石梯堡が「風券を唯一の共同通貨とする」を拒んだ。
風券は都市間決済だけに使う。各都市の本貨は流通を続ける。兌換所は準備金を公開せねばならない、と改めた。
第四次、塩沼港は学校橋、給水路、公共食堂も道路施設に数えろと求めた。商道だけに予算を出すな、と。
高巣鎮は領空を現地議会が管理すると求めた。
赤陶城は、どの教団、ギルド、晴風工房であっても、分火地へ入るなら正式な賃貸契約が要ると求めた。
断橋鎮の両岸は、署名順でもう一日揉めた。
最後に二つの名を同じ行へ書いた。
『炉火協約』の定稿は、本文九項だけだ。
各都市は各自で議会を選び、住居、産業、炉火、現地法を管理する。
晴風は総督を送れない。地方領主は分火を接収できない。
都市間道路は十二都市共同道路席が管理する。炉門は双方同意を貫く。戦時、相手都市議会の許可なく武装人員を運んではならない。
災害互救は各都市の事前授権に従う。受入都市が門の範囲、時限、進入人員を決める。
風券は共同決済証憑であり、現地通貨を置き換えない。
魔導学校は巡回教師、共通課程、各都市の自主募集を採る。開門できる人間をすべて晴風に留めない。
共同防衛は別途、年度授権に署名せねばならない。一度の救援で永久駐屯権を得てはならない。
都市は共同決定を拒否できる。ただし契約で既に同意した費用は負う。
最後の一項がいちばん短い。
|いずれの都市、領主、教団、王国機関も、他都市の炉火と自治を一方的に取り消してはならない。|
協約は、なおアスタ王国法の内側にある。
十二都市は議会が確認した共同税を納め、王国の対外条約を守り、都市間争議は公開法廷の審理を受ける。
だが、もはやどの地方領主にも属さない。
十二の独立王国ではない。
自分のベッド、鍋、門について、ようやく自分で言える都市が十二ある、ということだ。
署名日は、秋の初霜のあとと決まった。
会場は王宮ではない。
拡張した余燼食堂だ。
理由は単純だ。十二都市の代表と見物の住民に同時に飯を作れる厨房が、ここだけ十分に大きい。
四万五千人の住民は、もちろん入れない。
彼らは十二の違う暮らしの画面に現れた。
塩沼の子供が、潮より高い新しい橋を踏んで学校へ行く。
石梯の夜勤鉱夫が山腹宿舎の窓を押し、もう二千七百段を歩かなくていい。
鹿鈴谷の違う高さの軒下から炊煙が上がる。
銅湾の氷室が、初めてその日の魚を三日目まで残した。
松針の診療所に夜灯がついている。
晴風の三つの公共厨房が同時に火を入れても、旧風笛亭の長机はまだ足りない。
署名前、王国議会は十二都市に特別自治地位を与えた。
書記官が、また一通の任命書を出した。
「協約の共同道路条項により、天野陸を十二都市総管理人に授ける」
「臨時か」
「その二字はない」
僕は筆を取って補った。
ルミラが手を伸ばして消した。
「協約に罷免手続きがある」と彼女は言った。「自分で足す必要はない」
マーサが煮豆の椀をこちらへ押した。
「総管理人は先に皿を運べ」
ガルドが後ろで叫ぶ。
「店主、長机が二脚足りない!」
こうして新しい称号は、正式には半分しか存在しなかった。
みんなは相変わらず僕を店主と呼ぶ。
十二名の都市代表が、各自、炉辺の銅棒を握った。
晴風主炉はルミラが執行する。
薪橋はマーサ。
赤陶、塩沼港、白礫井、鹿鈴谷、高巣鎮、銅湾、松針城、断橋鎮、月泉城、石梯堡が順に確認する。
主炉が他の炉に命令することはない。
十二声の「同意」が、違う方向から届いた。
僕はアランを抜いた。
ひびは銀箍で仮止めしてある。それでもフルネームを唱えろと主張する。僕が三音節目まで読んだところで、先に本番をやれと急かされた。
剣先が落ちる。
十二条の金線が同時に繋がった。
この瞬間、僕が見たのは一枚の門ではない。
十二都市の街路、炉庁、食堂、学校、宿屋が互いにつながっている。都市領域は、自発的に開いた道の一本一本に沿って広がる。フィアの風の方向感覚も借りられる。ガルドが梁柱を判断する手触りも借りられる。だが誰一人、代わりに足を上げてはくれない。
道路は、現れることだけを担当する。
歩くかどうかは、なお門前の人間が決める。
炎が突然、長いあいだ見ていない冷たい白になった。
食堂の鍋とヘラの音が消える。
代わりに、電流の軽い響き。
それから、呼吸を忘れるほどはっきりした女の声が、十二団の火から同時に出てきた。
「旅客の皆様にお知らせします。まもなく改札を開始いたします。お手回り品をお持ちのうえ、改札口へお進みください」
日本語だ。
新幹線の駅放送。
フィアが僕の手首を掴んだ。
「天野陸、これは何語」
放送の後ろには足音、スーツケースの車輪、遠い案内音もある。
炎の奥に白いホームが閃いた。
次の一句が鳴りかけたところで、声は風に切られた。
セインの横の計時水晶が、十二目盛りで止まった。
最初の電流音から最後の音節まで、正確に十二秒。
白い火が金赤へ戻る。
ホームは消えた。
僕はなおアランを握り、掌は汗だらけだ。
僕をロランシアへ連れてきた道は、完全には閉じていなかった。
四年前のホームが凍っていたのではない。道が、僕の来た場所を覚えている。十二炉が初めて同時に繋がり、世界のもう一端に短い隙間を開けた。
誰も続けて問う暇はなかった。
食堂の外で、羽民郵便が急いで着地する音がした。
持ってきたのは王都公文書ではない。
黒と銀の長い旗一面だ。
東方道路で、規格がまったく同じ魔導車十二台が国境を越えていた。
車隊は曜石帝国観察団を自称する。
炉門、風券、十二都市道路の見学を求める。
到着は、今夜だ。




