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銅貨一枚で廃駅舎を買っただけなのに、魔物の荒野で国ができてしまった  作者: Karr


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23/83

四十年待った郵便車

無人の駅舎の扉が、ひとりで開いた。


木の人形が、扉の向こうに立っている。


色褪せた赤い制服を着て、左目に青いガラスが嵌まり、胸に銅札が掛かっていた。


|白楊前駅、当直員七号。|


「王国郵便車の到着予定は」木の人形が聞く。


セインが反射で規格冊を繰る。


「旧暦で計算すれば、四十年前だ」


「一万四千六百二十二日の遅延」七号の目の青光が二度瞬く。「記録した。郵便車は道路証憑を出せ」


「郵便車はない」と僕は言った。


扉が、ばたんと閉まる。


フィアの帽の先が、危うく挟まれる。


「今の、歓迎だった?」


「半分は歓迎した」


雨はすでに霧谷の方から追ってきていた。こちらには屋根、湯、ガンドの重車を繋げる庭が要る。駅舎には、とうに存在しない郵便車が要る。


それぞれの需要は、どれももっともだ。


揃えると、たいへん不便になる。


もう一度、扉を叩く。


七号が開ける。「郵便車は道路証憑を出せ」


「宿泊だ」


「本駅は王国郵便車と随車人員のみを扱う」


「郵便車は今日来ない」


「遅延を記録した。本駅は待ち続ける」


ガルドが塀を一周、手で撫でる。


「扉は風鳴晶駆動、窓にも錠がある。半時辰くれ」


アランがすぐ言う。「鍵開けで吾を呼ばなくなったか」


「お前の方が速い」


「営業中の宿屋を壊すのは、反対だ」


僕はそれを見た。


「その一文には同意する」


フィアは煙突から入れと言い、セインは旧郵便条例を見つけて道路点検員として認定しろと言い、ガンドは塀を壊したらいくら弁償かだけ聞いた。


ルミラが門前の花壇を撫でる。土は湿っている。中の白鈴花だけが、きちんと並んでいた。


「ここで、ずっと手入れしている」


雨粒が落ちる。


僕は旧風笛の宿泊簿を鞄から出し、空白のページを開く。


「当直員七号、こちらは旧王道南端の駅舎から来た。駅舎互助により、一晩の雨宿りを申請する」


扉の向こうの青光が、数秒止まる。


「本駅が識別できる互助印を出せ」


僕にはない。


セインが公函から王都の道路印を写す。フィアが風で墨を乾かし、ガルドが旧制の寸法で仮の木札を削る。


最初の実行は、順調だった。


順調すぎて、木札を渡した瞬間、軒下から鉄網が二枚落ち、僕とセインを宙に吊るした。


「王国郵便印の偽造」七号が言う。「抑留した」


「原則として、これは道路修繕任務の公函印だ」セインが逆さに説明した。


「公函印は宿泊に使えない」


「早く言え」


「質問に、その項目は含まれていなかった」


アランが笑い、鞘が震える。


ガルドが鉄網を斬ったときには、雨はすでに大きくなっていた。誰も塀越えを言い出さない。駅舎の防衛は、晴風の西壁より手入れが行き届いている。無理に入れば、四十年前の郵便賊向けの熱い接待が、一式先に発動するだろう。


軒下に押し合う。


扉越しに聞く。「なぜ郵便車だけを扱う」


「白楊前駅の建造目的:王国郵便車の馬換え、宿泊、点検」


「最後の郵便車は、いつ来た」


「一万四千六百二十二日前」


「その間、旅人が扉を叩いたか」


「三百七回」


「誰も入れなかったのか」


「対象外だ」


旧風笛の最初の夜を思い出す。


宿屋がいちばん犯しやすい誤りは、誰でも泊めることだけではない。規則を守りすぎて、規則が誰かに寝る場所を与えるためだったことを忘れることだ。


「郵便車は戻ってこない」と僕は言った。


七号は応えない。


「旧郵路は廃された。白楊前駅の建造目的は、もう果たせない。待ち続ければ、遅延が一日増えるだけだ」


扉の隙間の青光が、少し暗くなる。


「目的が果たせなければ、当直手順は停止する」


「停止したあと、何がある」


「後続の指令はない」


「なら、まだ止めるな」


濡れた階段に座る。


「こちらは旧王道を直している。これから糧車、商隊、郵便、迷った旅人が通る。馬換え、宿泊、点検は続けられる。対象を王国郵便車から、この道を使う者へ変えればいい」


「中核対象の変更には、王国郵便総署の授権が要る」


セインが小さく言う。「郵便総署は三十二年前、交通庁に統合された」


「交通庁は授権できるか」


「記録が焼け、旧機関の権限承継は、ずっと結論が出ていない」


いい話だ。


四十年の待ちが、三十二年前の火事に負けそうになった。


ルミラが扉際へ来る。


「中核対象を変えられないなら、臨時の例外を足す。道路破損中は点検員が宿泊できる。道路回復後、その者たちが新しい旅客を登録する」


セインが続く。「旧駅の緊急避険条例は、当直員が暴雨、獣襲、道路途絶のとき、非郵便人員を受け入れることを認める」


「例外の期限は」七号が聞く。


「次の王国郵便車が到着するまで」と僕は言った。


扉の向こうが、長く静かになる。


「次の郵便車も、遅延する可能性がある」


「慣れている。晴風の最初の正式便も、影さえない」


扉が、ようやく再び開く。


「臨時避険の登録を開始する。氏名、同行人数、駄獣の数、危険物」


「天野陸、二十七人、輓牛一頭、危険物は話す剣が一本」


「分類に抗議する!」


「危険物の発言、記録した」


駅舎の中は、塵一つない。


さらに小さな木偶が四人、水桶を押して出て、一人ずつ手拭いを渡す。二人は厩へ車を卸しに行き、一人はアランを兵器庫へ鎖で入れようとして、完全な全名による抗議を五分受けた。


カウンター後ろに、黄銅の鍵が十二本掛かっている。


七号は四十年前の規格で部屋を分ける。人間とドワーフは二階、牛角族は厩、灰耳族は貯蔵室。


ルミラが鍵を戻す。


「同行です。種族では分けません」


「ベッドの寸法が違う」


「なら寸法で分ける。耳では分けない」


二度目の部屋割りも、また問題が出た。


七号はガンドをいちばん広い部屋へ入れたが、ベッドは普通の長さしかない。いちばん小さな灰耳の若者を、六床の相部屋へ入れた。僕たちはベッドを測り直し、扉を測り、人数を数え、最後にガンドを二床つなげて横に寝かせ、ドワーフ職人は天井の低い部屋へ、ルミラたちは厨房に近い相部屋を自分で選んだ。


「登録規則を変える必要がある」と僕は言った。


七号の木の手が、帳簿の上で止まる。


「旅客は割り当てを拒むのか」


「よくある。南向き、静か、便所に近くて便所の匂いがしない、と要求する者もいる」


「互いに矛盾する」


「宿屋業へようこそ」


夕食は駅舎庫の堅い餅と、持ってきた酸菜だけだった。木偶は新しい料理を作れないが、二十八組の食器は寸分違わず並べた。


食後、七号の臨時登録欄を書き直す。氏名、人数、実際の必要、使えるベッド、調整を受け入れるか。


それは僕たちを三度、試して接客した。


三度目で、ガンドは角が挟まないベッドをようやく得た。


「サービス完了」七号が言う。


「今夜だけだ」


「明日も続けるか」


「道が通れば、毎日続ける」


旧風笛の分駅の木札をカウンター横に掛ける。白楊前駅のもとの名は、覆さない。


夜、いつものように巡房する。


職人の鼾は正常、フィアは濡れた観測紙を一部屋いっぱいに掛け、セインはまだ七号と例外条項を突き合わせている。一階まで来ると、広間の突き当たりに、一度も火を入れていない黒石の暖炉があった。


炉室に薪はない。


炉心だけが、橙赤の一点を灯している。


腰のアランが、低く唸る。


六十里向こう、旧風笛の帰巣炉が、荒原一枚を隔てて応えた。


次の瞬間、暖炉の中に、主炉とまったく同じ金色の火が一本、昇った。


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