Ep06. 悪魔の子
僕は呪われている。
元々生まれた時から高い魔力を持っていた。それのせいで、僕に近づける人は少なかったらしい。
それでも公爵家の一員としてふさわしく育つようにと家族は願ってくれた。
でも僕が何かをしようとすると、変なことが起きた。
バチバチと変な場所に火花が飛んだり、風もないのに物が倒れたり。
暗い場所でも僕が望めば微かな光の粒が弾ける。冷たい日には温かな風が僕の周りを温める。
煌めく鱗粉を振りまいて、僕にだけ聞こえる声で蝶々が呼びかける。
『明日は雨だよって、蝶々が言ってるよ』
僕の言葉に家族が笑った。蝶々が天気を教えるなんて、お伽話みたいだって。
僕が幼い頃は周りも微笑ましく見ていたんだと思う。
でもどんどんその目から温度が消えて、冷たく凍り付いていった。
決定的になったのは、六歳になった僕と家族が出かけた時のこと。
家族が乗った馬車がゴロツキに襲われた。
暴れる馬に引かれ、制御不能になった馬車が横転。衝撃によって開いた扉から、僕の小さな体は崖へと投げ出された。
何とか護衛騎士たちによってゴロツキを撃退し、多少の怪我を負いつつも家族は保護された。
そして数時間後、僕は伸びた蔦によって崖から落ちることもなく、さらに鳥や動物によって守られている姿を発見された。
『気味が悪い』と父様が顔をしかめた。
『……悪魔付き』と母様が目をそらした。
『本当に人間か?』と兄様が侮蔑を込めて口を歪めた。
家族の誰も僕が生きていたことを喜ばなかった。
僕のことを守ろうとしてくれた人もいた。
僕のばあやは「精霊に愛されているんです」と言ってくれた。
教会で育ったという兵士は「妖精たちの加護がある」と教えてくれた。
でもそれがどうだというのだろう?
僕は家族から憎まれてしまった。
精霊だとか、妖精だとかどうでもいい。
僕にだけしか聞こえない声も、姿も、鬱陶しい。
そうしたら僕からみんな離れていった。
ばあやも兵士も、父様が追い払ってしまった。
暗い部屋でうずくまって泣く僕のところに、また半透明の動物たちがやってくる。
『寂しいの?』『大丈夫?』『可哀そう』『守ってあげる』『一緒に逃げよう』
でもそんな声もいつの間にか聞こえなくなった。
僕に食事を届けに来た女の人が言うには、父様が呼んだ魔術師が悪魔祓いをしたのだとか。
それでもまだここに悪魔がいるからきっと意味がないって女の人は笑う。
僕は悪魔だ。
だからずっと暗い場所に閉じ込められていても仕方がない。
そう思っていた。
カタカタと音がして、ベッドに寝ていた僕はゆっくり目を開けた。
陽の入らない暗い部屋では、今が何時なのかも分からない。
時折、誰かが食事を持ってくるけれど、それも決められた時間ではない。
朝食なのか、昼食なのか、夕食なのか。一日一回の時もあれば、二日、三日と時間が開く時もある。
この部屋に閉じ込められてどれくらいたったのだろう。二年、もしかしたら三年かもしれない。
お腹が空いたという感覚はとっくの昔に消えて、一日中ベッドに寝転んで寝て起きて、ただ死ぬ日を待っている。
それなのにいつまでたっても死なないのは、やっぱり僕がみんなの言う通り悪魔付きだからだと思う。
トトトトトッと音がして、僕はゆっくりと体を起こす。
どこかで何か、動物のような声がした。
それと共に、部屋の中に僕以外の存在がいることに気付く。
「……誰?」
「ヂィ!」
「ン゛ニャ!?」
僕の呼びかけと同時、鋭い叫びが上がる。
ドドドドッと音を立てて走り去っていったのは、僕よりもよっぽどいい物を食べていそうな丸々と肥えたネズミ。
そして暗闇の中でも青く輝く目で僕を見上げたのは一匹の白い……
「ねこ?」
こんなにも綺麗な生き物がいるんだ。
暗くて狭い部屋に入るには、鍵のかかった扉ではなくて小動物が通るような隙間くらいしかないのに、猫は真っ白で美しいふわふわの毛をしていた。
「ニャ」
ネズミが去った方を一睨みして、猫が僕の足元にやってくる。
スッスッと交互に出される小さな足は、脆くなった床でもなんの音もたてない。優雅な貴婦人のような歩き方。
青い瞳が僕を見上げる。最後に見たのがいつだったのか思い出せないくらい、遠い昔に見た青く澄んだ空が僕の目の前に広がる。
そのくらい近くに、猫がいつの間にか僕の足に手をかけて、僕の顔を覗き込んでいた。
直後、鋭い痛みが駆け巡った。
「う、わぁ!」
「ニ゛ニャ!?」
パシィッと小さな雷のような光と音が奔る。
驚いて急に体を動かしたせいで、頭がくらくらする。それに暗闇に慣れた目が、突然の強い光のせいで痛い。
「う……」
「なに!? 何ですの? 今のは!」
頭を押さえて呻いた僕の声に、可愛らしい少女の声が重なる。
……少女?
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、部屋の中を見回す。
こんな小さな部屋に隠れるところなんてない。子供なんて、僕以外にいない。
分かり切ったことを確認した僕の耳に、また声が届く。
「……どういうことですの?」
ばっと声がした方へと顔を向ける。
そこにいるのは白い猫。
悪い予感に心臓がドクリと音を立てる。
まさか、また僕のところに悪魔が来たの?
恐怖と共に猫を見つめていると、猫は青い眼で僕をまっすぐに見上げて言った。
「あなた、その魔力は……愛し子なのね」
やっぱり!
猫が喋っている!
まただ。また僕は変なものを呼び寄せてしまった。これが誰かにばれたら、今度こそ僕はここから、この家から追い出されてしまう。
「とりあえず、お礼を言うわ。私に掛けられていた魔術を解いてくれてありがとう」
「……魔術?」
悪魔の声に耳なんて貸したくないのに、突然お礼を言われてつい反応してしまう。
悪魔が優しい声で語りかけて、優しいことを言って誘惑するのなんて当たり前なのに。僕はいつまでたっても懲りない。
「ええ、そうよ。優秀で美しい妖精である私をただの猫と認識するようにしていた魔術。それをあなたが持つ魔力が壊してくれたの。あなた、とても高い魔力を持っているのね」
良く分からないことを言い始めた猫。
僕が魔力なんて持っているわけがない。だって、僕の家族はみんな持っている魔力で魔法が使える。
それなのに僕は何もできない。僕が魔法を使おうとするたび、爆発が起きて怪我人がでるから使うなって言われているくらいなのに。
「ぼ、ぼく、魔力なんて」
「あるわよ」
俯いて告げた僕の足元に白い猫、いや悪魔が来て僕を見上げる。
澄んだ青い空に見入ってしまいそうになるのは、きっと悪魔が僕を洗脳しようとしているんだ。
ぎゅっと目を瞑って、悪魔を見ないようにする。するとその白い猫はグルグルと僕の周りをまわってから、ぽつりとこぼした。
「コウシャクケってこんな場所に子供を閉じ込めるような悪辣非道なことをするものなのかしら?」
「それは……僕が、悪魔憑きだから」
「悪魔? あなたには何も憑いていないわよ?」
しまった。思わず答えちゃった。
誰も僕と喋ってくれないから、こうやって声を聞くとどうしても話したくなっちゃう。
やっぱり悪魔は僕の弱点を知っている。でも騙されたりしない。
悪魔がこうやって語りかけてくるのに信じたりするわけがない。
「嘘だ。僕がいると、変な事が起こるって」
「変な事ですか?」
「さっきみたいにバチバチしたり、物が倒れたり……いきなり動物がしゃべり出したり」
ちらりと猫を見る。どう考えたって動物がしゃべるだなんて、おかしいに決まってる。
こうやってしゃべっちゃう僕はやっぱり悪魔から見たら、誘惑に弱い獲物だって狙われているんだ。
だから猫の悪魔はピンッと髭を立てて、僕に向かっていう。
「あら、それは妖精と精霊のせいね。あなたの魔力に惹かれて集まってきているの。精霊はあなたを守ってくれるわ。それに私のような妖精に会えるなんて光栄よ? 感謝しなさい?」
「かんしゃ……?」
妖精だとか精霊だとか聞いたことがない言葉を並べ、悪魔は「感謝しろ」とまで言った。
思わず顔を上げて、伸びきった前髪の中から白い悪魔を睨む。
自分を妖精とかいう存在だと嘘を吐く悪魔。そんな奴らが僕のところにくるから......だから!
「僕がこんなとこにいるのは、悪魔のせい。閉じ込められて、食事がなくても死なない。傷ができてもすぐに治る。悪魔のせいだ! 感謝なんかするわけがない!」
パシパシと狭い部屋の中で破裂音が響く。
まただ。僕が興奮すると、いつもこうやって変なことが起きる。
風が吹いて、嵐が来る。家族が恐れに満ちた目を僕に向ける。
使用人が悲鳴を上げて逃げる。僕に向かって悪魔だと叫ぶ声が聞こえる。
僕じゃない。僕は悪魔じゃない。でも本当に?
どうして僕はこんなところにいるの。どうして、僕はみんなと同じじゃないの。
どうして、父様も母様も兄様も僕に会いに来てくれないの。僕は、どうして独りぼっちなの。
寂しい。辛い。一人は嫌だ。寒いよ。暗いよ。僕はいつまでここにいればいいの?
死んだら楽になれる? でも僕はどんなにお腹が空いても、怪我をしても生きている。
それは僕が悪魔だから?
風が僕の周りをまわる。火花が飛んで、暗闇を照らす。
ああ、こんなことをしたのがばれたら、また僕はみんなに嫌われる。
誰も、僕を、愛してくれない。
「ニャァ!」
高い鳴き声と同時に、風で舞いあがる髪の隙間からぺとっと僕の額に柔らかな何かが押し付けられた。
驚きに目を上げれば、目の前に澄んだ青。
息をのんだ瞬間、体の奥が熱くなる。
その理由を理解する前に、猫が高く鳴いた。
「んなぁ~ん!」
小さなきらめきが部屋を満たして、暗い場所を明るく照らす。
眩しさに目を細めた直後には、清浄な空気の流れを感じた。
さらりと乾いた髪が額を流れる。
「あなた、魔力が漏れすぎなのね。だから精霊を呼んでしまうの。ちゃんと体の中に留めれば上手く魔力を使えるようになるわ」
熱が胸の中で暴れている。
擦り切れてボロボロになった服の胸元を押さえて呻く僕の耳に、悪魔の軽やかに笑う声がする。
熱い。熱い。熱い。
胸が焼け焦げてしまう。やっぱりあの可愛らしい顔をした猫は悪魔だ。
僕を殺そうとしている。
でも、それでもいい。やっと死ねるんだったら、これでいいのかも。
ベッドに倒れこむ僕の額に、ふわりと風が吹く。
遠くなる意識の中、狭く暗い部屋の中で白い猫が「おやすみ」と言った声が聞こえたような気がした。




