Finale. 公爵と王女の幸福論
愛し子であり俺の主君でもあるオーガスト・スフォルト公爵と、元妖精キラン様であり第三王女でもあるアナスタシア・ウィーレリア王女が再会して一年が過ぎた。
頻繁に互いを訪ね、仲睦まじく顔を寄せ合い笑い合う姿が王都や近辺の都市で目撃されており、周囲からは二人は恋仲だと専らの噂だ。
というか、二人に信頼されている護衛である俺はそれらすべてに同行しているので、頻度もいちゃいちゃぶりも全部見ている。
そして一年経つが、実は二人の関係には未だ公式に名前が付いていない。
なんとものんびりな二人だなぁと思っていたけど、ちょっとオーガスト様を見ていて気が付いた。
この人、キラン様と会えたことで満足して、アナスタシア様と恋人になろうとか考えてないんじゃないか――と。
だからちょっとだけお節介の気持ちで聞いてみたのだ。
「オーガスト様、アナスタシア王女と結婚しないんですか?」
その時のオーガスト様の顔には「きょとん」という文字がでかでかと張り付いていた。
うん、考えてなかったでしょうね。予想はしてた。
だってオーガスト様の中身、基本的にキラン様がいた頃の十二歳から成長していないから。
キラン様が消えて、なんとか精神が安定した後はずっと愛し子として生活してきた。その間、俺以上に近い立場でオーガスト様と交流があった人間はいない。
あ、ってことは、俺がこの大きなお子ちゃまを作っちゃった原因ってこと? まさか、そんなね。
「結婚……アナと?」
「はい」
首を傾げるオーガスト様。
手を繋ぎ、まるで猫の挨拶のように顔を寄せ合い、互いの目をうっとりと見つめ合っていて、恋人にも夫婦にもなろうという考えがない。
これ、やばいよね。
「……考えたことなかった。だってアナはずっと僕と一緒にいるって約束してくれたから」
でしょうね。
「でもちゃんと周囲にも分かる関係にしないと、いつまでも仲のよい友人ではいられないでしょう」
「ダメ、か?」
上目遣いできょとんとするニ十歳。ほんと、誰か情操教育をしてほしい。
アナスタシア様だったら積極的にオーガスト様に教育しそうなものなのに、何か意図があるのだろうか。
「ダメ、とは言いませんが、世間的に結婚適齢期の男女が体を寄せ合い仲睦まじくしているのに結婚しないのは、何か問題があると考えるでしょうね」
俺の言葉に口元に手を当てて考え込むオーガスト様。
ついでにお節介だけれど、もうちょびっとプッシュしておこう。
「アナスタシア様は二十六歳で結婚するには遅いとも言われる年齢です。ですがあの美貌で結婚したいと思う男性は多くいるでしょう。それでなくとも王女という立場から、いつ政略結婚が組まれてもおかしくありません。そうなれば異性であるオーガスト様と気軽に会うことは難しくなるでしょう」
「それは、いやだ」
駄々っ子か。
ゆらりと魔力がオーガスト様の周りで揺らぐ。
愛し子であるオーガスト様とアナスタシア様の仲の良さは周知の事実。それを押しのけてまでアナスタシア様を娶ろうなどと言いだす馬鹿はいないと思うけれど、発破はかけないといつまでも二人の仲は進展しないだろう。
「結婚にすぐに飛びつかなくてもいいですけど、好きだから恋人になって欲しいくらいは言ったほうがいいと思いますよ」
そう告げた時、オーガスト様の頭の上に巨大な「きょとん」が現れた。
え? なんで今のタイミングで?
「オーガスト様?」
「えっと、僕……アナのこと大好きだけど、恋人っていうのは考えてなかった」
「はい? どういうことです?」
今度はこっちの頭の上に疑問符が躍る。
オーガスト様は視線を宙に彷徨わせ、言葉を探す。
「なんだろ。アナとは一生一緒にいたいし、触れてたいし、笑っていて欲しいし、僕を見ていて欲しいんだけど、それってキランの時も同じだったから、妖精とは恋人になれないでしょう? だとすると、恋人に対して抱く感情ってもっと何か違うのかなと」
誰か、この大人子供の情操教育を直ちにしてくれませんかね!?
俺は痛む額を押さえて考える。今時のませた十代でも分かることをなぜ俺が教えなくてはならないのか。
「今言った言葉、とりあえずそのままアナスタシア様にお伝えしてはどうでしょう」
「いつも言ってるけど?」
「じゃぁ、それに恋人になって欲しいとか結婚しようとか付け足してください」
「いいのかな?」
「オーガスト様はアナスタシア様と家族になりたくはないんですか?」
単純な質問なのに、オーガスト様は苦い笑みを浮かべた。
「家族か……あの最低な人たちと同列に入れたくなかったけど、うん、あの人たちはもういないから、アナに家族になってもらおう」
ふうっと息を吐いてオーガスト様は微笑んで言った。
「アナに、僕の家族になってって言う」
恋人を吹っ飛ばして家族ですか。そうですか。
なんとなく不安ですが、あとはアナスタシア様が何とかしてくれるだろうと信じて俺は頷いた。
応接室にて、オーガストを訪ねたアナスタシアは出された茶を飲んでチラリと壁際を見た。
「ケネス。ちょっと聞いてもいいかしら」
アナスタシアの呼びかけに、片眼鏡の奥で柔らかく目を細めて礼を取ったケネスが応える。
「はい。なんでございましょう」
「最近、オーちゃんが少し、変わった気がするのだけれど、あなたは理由をご存じ?」
「オーガスト様が……ですか」
ふむと頷いてケネスは逆に尋ね返した。
「変わった、というのはどんな点でしょうか」
「そうね……上手く言えないのですけど、なんとなく私といても落ち着かないというか、そわそわしている感じ、かしら」
オーガストの様子を思い出しつつ、言葉にしてみる。
ケネスは口の中で「そわそわ」と繰り返してから、深い皺が刻まれた目元を緩めた。
「私がオーガスト様の心を代弁するのはおこがましいですが、恐らくそれは王女殿下のことを意識してのことかと」
「意識?」
アナスタシアが首を傾げると銀色に輝く長い髪が煌めく。
ケネスは内心己の主に呆れてしまう。どこまでも美しいこの女性とずっと一緒にいて気が狂わない男などいないだろう。
それをずっと意識しないでいられたオーガストの鈍感さとは。考え出すと自分がもうすこし情操教育に力を入れていればと後悔の迷路をさまうこととなるので、そこで思考を切る。
「少しずつ、猫であられたキラン様と人であられるアナスタシア様を分けて考えられるようになったのかと」
「私は同じだけれど……そうね、オーちゃんが意識してくれるなら、嬉しいことだわ」
琥珀の茶が揺れるカップへと微笑みを落とすアナスタシア。
その瞳には愛情と希望が満ちている。
そこに廊下から騒がしくはないものの、足早に近づく人の気配がした。
「いらっしゃいましたね」
微笑んでケネスが壁際に控える。
すると数秒もしないうちにノックとほぼ同時に扉が開いた。
アナスタシアは「あらあら」と声に出さずに口だけで呟く。
「アナ、待たせて申し訳ない」
「いえ、ケネスとおしゃべりしてたので大丈夫よ」
「ケネス、ありがとう」
「とんでもないことです」
ケネスに笑いかけ、オーガストは自然な動作でアナスタシアの隣に座って手を握る。
柔らかな笑み。大人の男性として成長した姿に、アナスタシアはいつ見ても心臓の鼓動が跳ねるのを押さえられない。
そう、あの夜会で再会した時から、アナスタシアはオーガストに妖精の頃に抱いていた庇護欲や家族としての愛情以外に、異性としてオーガストに心惹かれていた。
子供の頃に「たくさんの人に好かれなくていい。誰か一人でいい」と言っていたオーガストのまわりには大勢の味方が増えた。
それがきっと嬉しくて、今が幸せでこの先アナスタシアとどうこうなろうなどとは考えられないのかもしれない。
「忙しいのにたびたび来ちゃってごめんなさいね」
「そんなこと! アナが来てくれて嬉しいよ。ほら、僕が王城に行くと、いっぱい人が来ちゃうから」
オーガストの控えめな表現にアナスタシアは苦笑する。少しでも愛し子を見よう、近づこうとする者が王城には沢山いる。
その公爵という立場や厳重な警備体制から、勝手に声を掛けようとする人間がいないだけましといった具合。
そんな中ではゆったりと時間を過ごすことは難しく、アナが公爵邸を訪れることの方が最近は多くなっている。それも、あまり外聞の良いものではないが。
せめて婚約者という公式な立場があればと思う。ただそれを国王を通して言ってしまうと命令になるのでアナスタシアとしては避けたい。
それに……オーガストの気持ちが、ただの友情や敬愛だったらとも考えてしまう。
他のどの女性よりも近い位置にいるとは思っている。一方で、実年齢がオーガストよりも五つも上というのも、アナスタシアが積極的になれない理由だ。
「アナ、今日は天気がいいから庭にいかない?」
「ええ、ぜひ」
手を重ね、ゆったりと話をしながら歩く。
数歩離れた場所に警護するギルフォードとアナスタシアの侍女が続く。
公爵家の広い庭はオーガストの代に変わって一部改修された。隣国を彷彿とさせるような彫像は取り除かれ、代わりに妖精たちを模した作品が並ぶ。
そんな美しく整えられた庭を通り、二人の足は自然とあの庭に向く。庭からは、以前オーガストが使っていた部屋の窓も見える。
「アナ、今日は聞きたいことがあって」
握った手が少し震える。それはオーガストだったのか、それともアナスタシアだったのか。
思い出の橋の前で立ち止まり、オーガストがアナスタシアの両手を取った。
頭半分かそれ以上高い位置にあるオーガストの瞳を見つめる。ただ会話をしているだけなのに、オーガストの瞳の中で銀色が煌めく。
魔力が揺らいでいる。
美しい瞳を覗き込みながら、アナスタシアは「なんでも聞いて」と答えた。
「アナは……僕のこと、どう思ってる?」
きゅっと繋がれた手に力がこもる。
「好きよ。誰よりも」
今も昔も変わらない真実。それ以外の答えなどない。
オーガストは少し力が抜けたように微笑んで、うんと頷いて続けた。
「僕も。誰よりもアナが好きで、誰よりもずっとそばに、一生一緒にいるって思ってる」
「ええ」
昔の約束がなくとも、アナスタシアはそのつもりだ。
「僕はずっとアナのことを家族だと思ってる」
「ええ、私もよ」
「でも僕はもう大人で、この関係を守るためにはちゃんとしなくちゃいけない」
オーガストの言葉にアナスタシアは目を瞬かせる。
どういう意味か尋ねようと口を開いたところで、オーガストはすっとアナスタシアの前に片膝をついた。
「アナスタシア、愛しています。誰よりも近くで愛し愛されたい。僕のお嫁さんになって、ずっと一生一緒にいてください」
繋がった手の上に額が乗せられる。
懇願にも似たプロポーズ。
アナスタシアの指先が震える。
言葉より先に、体が動いた。
勢いよくオーガストの首元に抱き着く。
「うわぁっ」
後ろに倒れそうになるのをぐっとこらえ、オーガストはアナスタシアの細い背に腕を回す。
「ええ、もちろん。もちろんよ、オーガスト。私も愛してる。死ぬまで一緒よ」
オーガストの耳元で興奮とともに思いを返す。
抱きしめ合う二人の腕が強くなる。
「……ありがとう、アナスタシア」
喉を震わせながらオーガストが告げる。
同時に体をほんの少しだけ離し、互いの瞳をごく近くで見つめ合う。
鼻をすり合わせて、笑う。
それから――二人は唇を重ね合わせた。
これから二人、二度と離れることなく共に笑い合い、共に幸せを分かち合い、共に生きていく。
それがかつて屋根裏でひっそりと生きていた公子と、運命を変えるために妖精となって時をさかのぼった王女の幸せの形なのだ。
お読みいただきありがとうございました。
最後は恋愛小説っぽいですが、メインは妖精と少年の交流なので異世界ファンタジーとさせていただきました。
高貴な白猫さんの語り口調が書いていて楽しかったです。
みなさんも少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
BPUG




