Ep30. スフォルト公爵
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
永遠に続くやり取りにため息を押し殺す。
もういい加減、面倒な挨拶など終わりにして帰りたい。
「帰りたい」
「主役ですから帰れませんよ」
ぽつりとこぼした独り言は、後ろにいるギルに拾われて正論を返された。
新しい飲み物を受け取る振りで彼を睨むと、肩をすくめて次に挨拶に訪れた貴族を顎で指した。それ、不敬じゃないかなとは思うけれど、相手を待たせるのも失礼と口をつぐむ。
「スフォルト公爵閣下。このたびのご襲爵、心よりお祝い申し上げます」
「お祝いのお言葉、ありがたく頂戴いたします」
定型文を繰り返す。
「長らく空位となっていた公爵家ですが、スフォルト公爵であれば安泰ですな。なんたって愛し子様ですから!」
満面の笑みで告げた相手に、表情を動かすこともなく応える。
「期待に応えられるように尽力いたします」
愛し子でさえあれすれば能力なんてどうでもいいと言われているようだ。実際、領地が豊かであるのは愛し子であるおかげだし、愛し子と関わりたいという人たちがひっきりなしに近づいてくる。
相手はこちらの反応が薄いのに心が折れたのか、それ以上会話を引っ張ることなく挨拶を終えて去って行った。
「もうちょっと愛想を良くしてもいいんじゃないですか?」
「無理」
僕の心を動かすような存在はいない。人間にも、妖精にも。
愛し子として正式にお披露目がされてもう八年。キランを失ってから――八年だ。
最初の一年は、キランを失った悲しみで記憶は曖昧だ。
その間に父親であるスフォルト公爵は愛し子への虐待、隣国への情報漏洩、領主としての職務怠慢など多数の罪に寄って投獄され、最終的に処刑された。
母親も同様の罪が認められ、同じく死罪。そして兄は愛し子への暴力と隣国の魔術師に協力したことが証言によって明らかとなり、無期限の強制労働が課せられた。
恐らく数年も持たずに死んでいるだろうと思う。
これらのことは愛し子として本格的に国内で活動する前に、国王から直接聞かされた。そしてスフォルト公爵家を継ぎたいかと尋ねられた。
僕としては家なんてどうでもよかった。もっと率直に言えば、国すらどうでもよかった。
でも愛し子だからキランと出会えたことを思えば、全てを否定する気にもなれなかった。
あの家から解放されることが僕とキランの目標だった。それが叶ったことは純粋には喜べなかったけれど、キランがいた証のようにも思えたのだ。
隣国から来ていたあの男、フェルナンドはあの騒動のあと隣国のゾルバーンに強制送還された。
愛し子を誘拐し、魔術によって愛し子を害そうとしていたことは確かであったため、国王から正式な抗議文が送られ、ゾルバーン国王はフェルナンドを王族から除籍した。
明らかに国王から命を受けて行動していただろうに、ゾルバーンはフェルナンドを切り捨てたのだ。それ以降彼がどうなったかは知らないし、知りたくもない。
王家によって保護されてから二年ほど、貴族としての教育や愛し子としての役割を学んだ。もっとも後者に関してはキランからたっぷり教わっていたから、今更教師から学ぶことなどなかったけど。
それから三年ほどかけて国内を回って、愛し子の存在を広める活動をした。ただの王家の駒のように感じられる日々だった。
でも自然災害が治まったとか、豊作になったとかを感謝されたり、会った人たちが僕を見て涙を流したりするのを見て、僕という存在が彼らの心の支えだというのは痛感した。
だからと言って僕自身が何か変わるわけでもない。
キランを失ってしまってから凍り付いた心が解けるほどのものではなかっただけだ。
今年、ニ十歳になって正式に公爵の位を継いだ。公爵の座はずっと空だったから継いだというより、僕が穴埋めをするしかなかったのが正しい。
「やっとオーガスト様の正式な騎士になれて、私も感無量です」
「……僕も、そう思う」
「お、ツンデレですね」
「うるさい」
ギルはずっと僕の護衛として寄り添ってくれた。王家に保護された時も、国内を巡る時も。
そして僕が爵位を得ることになり、ついに王国騎士団を辞めてスフォルト公爵家の騎士となった。
口に出しては言えないけれど彼が一緒にいてくれて、本当に良かった。キランの最後を知っているし、何よりキラン自身がギルに「オーちゃんをよろしく」と頼んでいたらしいから。
それを忠実に守ってくれるギルに心から感謝している。
「そういえば、オーガスト様、聞きました?」
「何を?」
「今回のパーティに第三王女殿下が参加されるそうですよ」
「第三王女?」
いたっけ、そんな人。
視線を上げて記憶を探る僕に、ギルが呆れたような息を吐く。
「長らく療養されていた姫です。ようやく公式の場にも出られるほど回復されたらしく、少しの時間だけでも顔を出されるかもしれないと聞いています」
「……なるほど」
「面倒臭いっていう顔しないでください。王族なんですから、さすがに適当な対応はできませんよ」
心の中で適当に「はいはい」と答える。キランがいたら「オーちゃん、女性には優しくするのものよ」とかいってたしなめてくれるのだろうか。
それとも「あなたは愛し子なんだから、やりたいようにすればいいのよ」って言ってくれたら嬉しいのに。
ああ、こうやっていつまでもキランに頼り続けている。そういう意味では、いつでもキランは僕と一緒にいてくれる。そんな自分を、気持ち悪いと判断する頭のどこか別の自分がいる。
「あ……いらっしゃいました……うわ、妖精姫と言われるのも納得の美貌ですね。確かオーガスト様より五歳は年上だったはずですが」
騎士団に所属していた頃、美貌を自慢する女性を多く見てきたギルが嘆息する。
会場にいるほぼ全員が、その女性を見ていた。
つられて僕もそちらに視線を向ける。
ドクリと心臓が跳ねた。
白く幾重にも重なった柔らかな布が広がる。
ホワイトブロンドのウェーブがかった長い髪が彼女が動くとふわりと揺れた。
それがまるでキランのふわふわの尻尾のようで、目で追ってしまう。
知り合いだろうか、何人かに短い挨拶をした後、彼女は淡い光を反射しながら今日の主賓である僕のところにやって来た。
こぼれ落ちそうなほどに大きな澄んだ青い瞳が、僕をまっすぐ見つめている。
その色も、ほんの少し釣り目なところも、キランを思いださせる。
逃げ出したい。でも彼女の声を聞きたい。
葛藤している間に、彼女は猫のように音もなく僕の前にたどり着いて、美しい礼をした。
王族が先んじて頭を下げる姿に、周囲がざわめく。
「わたくしはウィーレリア王国第三王女、アナスタシア・ウィーレリアにございます。愛し子であられるスフォルト公爵様にお目にかかれて光栄です。このたびはおめでとうございます」
僕を下から見上げる目が、恋焦がれた青い空のように輝いた。




