Ep29. 願い
バチバチバチッと激しい音が周囲で鳴り響きます。
「ん、にゃぁぁあああ!」
高く鳴き、魔力を注ぎこみます。
魔術がまるで意志があるかのように反発しています。
ですがそんな抵抗は無駄です。
もがいて暴れるネズミを押さえつけ、首に深く爪を突き立てて息の根を止めるように、じっくりと魔術を支配していきます。
迸る閃光。荒れ狂う風。
魔力と魔力がぶつかり合い、せめぎ合っているのです。
魔術によって引き出されたオーちゃんの魔力、そして無理矢理に魔術に注ぎ込んだ私の魔力。その二つの衝突が激しく火花を散らします。
(しぶといわね!)
オーちゃんのまだまだ小さな背中が震えています。
痛いでしょうに、必死に我慢する姿がいじらしくて、可哀そうで、悔しくてたまりません。なぜにこの子が何度も苦しまなくてはいけないのでしょう。
(妖精王様、お願いです。もう二度とオーちゃんが苦しまない世界にしてください)
愛し子は確かに国を豊かにします。ですが私はそんなことはどうだっていいのです。
オーちゃんが笑って幸せだって言えなければ、国が滅んでも仕方がないとさえ思うのです。
(ああ、だから……前の時、ウィーレリアは亡びてしまったのですね)
ずっと頭の片隅に浮かんで来た光景の意味を、やっと理解しました。
オーちゃんがいなくなってしまった世界がたどる運命を、私はすでに知っていたのですね。
私の魔力に抵抗するように、魔術がオーちゃんの魔力を引き出そうとします。それを押し込め、魔術の中に魔力を逆流させていきます。
反発が激しくなり、荒れ狂っていた風の代わりに、光が激しく瞬きます。
ギリギリギリッと魔術と一緒にオーちゃんの背中に爪を立て、引き裂いていきます。
パチッという激しい音と共に魔術が壊れていくのが分かります。一ヶ所、削り取ってしまえば魔術の崩壊はあっという間に始まりました。
崩れ行く魔術は、オーちゃんの魔力の代わりに私の魔力を吸い取っていきます。
ああ、これで、安心ですわね。
「……キ、ラン?」
魔力が奪われる感覚が止まり、オーちゃんがゆっくりと目を開けて身じろぎしました。
私はころりとオーちゃんの背中から転げ落ちました。
「キラン?」
「オーちゃん、魔術、止まりましたわね」
「え……キラン? なんで? なんで、透けてるの?」
オーちゃんの両手が伸びてきて、私の体を包みます。
オーちゃんの温もりが魔力を失っていく私を温めてくれます。私は重く感じる瞼を押し上げ、オーちゃんを見上げました。藍色の目の中でパチパチと銀の星が瞬いています。ああ、美しいですわ。
「……オーちゃん、もう、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ! でも、キランが!」
分かっています。妖精王様も、再び魔術に触れたら存在が消えてしまうと忠告してくださいましたから。
でもオーちゃんを救うためならば、何度だって私は魔術に飛び込んでみせますわ。私はオーちゃんのたった一人の妖精ですから。
「泣かないでください。オーちゃん」
「キラン! すぐに、戻るよね? 大丈夫だよね?」
夜の帳を縁取る星屑のように、オーちゃんの目から涙がこぼれ落ちていきます。
私のこの状態は一時的なものだとオーちゃんは尋ねますが、恐らく彼自身それはないと理解しているでしょう。だって私たちは契約で結ばれているのですから。
「オーちゃんごめんなさい。もう妖精としてオーちゃんと一緒にいられないみたいです」
「やだ! やだよ、キラン! だめだよ。そんなこと言わないで!」
震える指先が霞んでいく私のふわふわの毛を何度も何度も撫でます。でもその感覚は少しずつ遠くなり始めています。
お別れが近いようですわ。
「オーちゃん、幸せになって」
「……やだ。キランがいなきゃ幸せになんてなれない!」
「もう、オーちゃんったら」
くすっと笑ってしまいます。でも嬉しいとも思ってしまいました。
幸せになって欲しい。でも私のことは忘れないで。
我がままですわね。でも猫は大概そういうものでしょう?
「また会えるわ。私たちは巡り会う運命ですから」
「絶対? また僕のところにキランは戻ってくる?」
「ええ。だってオーちゃんのことが大好きですもの」
「僕も、大好きだよ」
オーちゃんの顔がゆっくり近づいて、私の鼻先にキスをしました。
私もオーちゃんの頬に顔を寄せます。
長い尻尾でオーちゃんの腕を撫でましたが、もうその尻尾も見えなくなっていました。
残念です。オーちゃんのそばでずっとオーちゃんを見守っていたかったのに、もう行かなくてはいけないようです。
「キラン! キラン!」
「オーちゃん、また――いつか」
会いましょうという言葉は私と共に宙に消えました。
最後、オーちゃんが私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしました。
それが私がオーちゃんの妖精として過ごした日々の終わりとなりました。




