Ep.25. 出立
妖精王様の導きにより移動した先は、ものものしい雰囲気に満ちていました。
ここは、公爵邸ですわね。でもその広い前庭は今は騎士たちで埋め尽くされ、ところどころには捕縛された使用人らしき人間たちが地面に座らされているのが見えます。
何が起こっているのでしょう。
妖精王様はオーちゃんを救い出すため、国王の仲間と共に行動するようにと仰っていましたが。
状況を把握するために宙を駆け、信頼できる人間を探します。すると騎士と話をしているケネスを見つけました。
「ケネス!」
名を呼び、人間の頭上を飛んでケネスの足元に着地します。
彼はすぐさま地面に膝をつき、顔を輝かせました。
「キラン様! ご無事だったのですね。あの時、使用人たちがいなくなってから助け出そうとした時にはお姿が見当たらず、あの者が言った通りのことになってしまったのかと心配しておりました」
「大丈夫よ。魔力は大量に取られてしまったけれど、妖精王様が助けてくださったの」
「妖精王様が! では、オーガスト様のこともお助けくださるのでしょうか」
ケネスが身を乗りだして、片眼鏡の奥から期待のこもった眼差しを向けてきます。
ですが私はゆっくりと首を左右に振りました。
「いえ、妖精王様は人間の手で解決することをお望みのようですわ。なので私をこちらに送り返したのです」
「そうだったのですね」
「それより、ケネス。今のこの状況を教えてくれるかしら?」
ぐるりと見回すと、ケネスと喋っていた騎士は一礼して去っていきました。
ケネスは「私ばかりが質問して申し訳ありませんでした」と謝罪してから、私が妖精界に行ってからのことを教えてくれました。
オーちゃんが捕らえられてしまった後、ケネスはすぐに王宮に走りギルと合流したようです。
ギルの方も、突如天から降って来た氷の粒にオーちゃんの危険を察知し、屋敷に向かっていた最中だったそうです。
彼らは即座に王国の騎士団に状況を説明し、国王の命を受けた騎士団と共に公爵家を制圧したのでした。
「国王陛下はすでに公爵家の悪事をご存じで、数日以内には公爵家や使用人を捕縛する予定だったそうです」
「そう……そんなタイミングで、突然ゾルバーン王国が来たのはおかしいわね」
「キラン様のご明察の通りです。どうやら王宮に所属する騎士と、公爵家の騎士の間で情報が漏れていたらしく……」
ケネスの視線を追うと、捕らえられた者の中に屈強そうな中年男性と若い騎士がいました。
あら、あの二人は見覚えがありますわ。
一度、仲間にできないかと様子を見に行った騎士とその恋人である公爵家の騎士団長ですわね。権威におもねる部類の人間とは聞いていましたが、まさか国を裏切っていたとは……あの時、あの騎士を仲間に入れなくて良かったですわ。
とはいえ、今のこの状況では何も誇ることなどできませんが。
「申し訳ありません。まさかあの者たちがゾルバーン王国に情報を流していたとは知らず」
「いいのよ。捕まえることができたのですもの。それで、オーちゃんを助けるための準備は整っているのかしら」
「それはギル様にお尋ねになるべきかと。ご案内しましょう」
歩き出したケネスの後を追います。
捕縛された者たちの中には不満げな者、抵抗を試みる者、慈悲を求める者、さまざまです。
魔術で思考を鈍らされていたことで情状酌量されるでしょうが、全員取り調べを受け、潔白であると証明された者のみが釈放されるそうです。
猫である私に親切にしてくれた人間もいました。彼らは皆、本質は誠実な者たちでした。そのような人間が不当な裁きを受けるようなことがないことを祈ります。
「ギル様! キラン様がお戻りになられました!」
「キラン!」
ガバリと体の向きを変え、私を見て安堵の表情を浮かべるギル。
先ほどのケネスと同じようなやり取りを終え、ギルは間髪入れずにこれからの動きについて説明を始めました。
「公爵家に残された手紙から、ゾルバーンの魔術師が襲撃犯とみて間違いありません。すでにゾルバーン王国への捜査協力の要請が出されています。愛し子という名目ではなく、あくまで公爵家次男の誘拐という罪名になりますが」
「魔術師は一人じゃない可能性があるでしょう? あちらは魔術大国なのですから」
「ええ、もちろんです。ですが相手の動きを鈍らせることはできます。疑いをかけられた中で大っぴらに動けないでしょうし、焦ってボロを出すかもしれません」
「分かりました。人間のやり方のほうはそれで進めてください」
「人間のやり方のほう? キランは他に考えが?」
そう尋ねるギルに、私はつい冷たい視線を向けてしまいました。
ええ、ついうっかり。でもこの人間も妖精と契約しているのです。そうであればすぐに思いつくべきでしょうに。
「私はオーちゃんの契約精霊です。魔力の繋がりがあります。魔術で阻まれているせいかとてもか細いものですが、オーちゃんの居場所を把握するのには十分です」
「ああああ! そうでした。そうでした。すみません。僕の妖精は怖がりで僕から離れることがないので……」
ぺちっと額に手の付け根を押し当ててギルはうめき声を上げました。全く、これで優秀な騎士なのかと疑いたくなりますわね。
それにオーちゃんに初めて会いに来た日は離れてましたけど? いえ、それをここで出して言い合いする暇はありません。
私は気を取り直して煌めく青の瞳でギルを見上げ、「私と共に行っていただけますか」と告げる。
私一人でも動けます。オーちゃんの元にたどり着けます。ですが私だけではまた魔術にはまってしまうかもしれません。
本来、妖精は魔術への抵抗が高いはずですが、今回使われた魔術は妖精の体を作る外殻すら破壊するものでした。オーちゃんが妖精の愛し子であることが判明してから、ゾルバーンが対妖精用に考案した魔術なのでしょう。
魔力の塊である私はあの忌々しい魔術の前ではなすすべもありません。それを妖精王様も危惧しておられたのでしょう。
ギルは私の願いに刹那目を見張りましたが、すぐに胸に手を当てて「ぜひ、一緒に行かせてください」と答えました。
「クローリー伯爵の妖精ビークが、オーガスト様の魔力の痕跡をたどって捜索にあたっていますが呼び戻します。また、監禁されていそうな場所を見回っている騎士も戻します。ビークを連絡係とすればすぐに動けます」
「ありがとう。それでいいわ」
オーちゃんを守ることは、この国を守ることにつながるのです。
ついに公となった愛し子の存在に、騎士たちは僅かに浮足立ちつつも任務への使命感に燃えているのが伝わってきます。
さぁ、取り戻しに行きましょう。
妖精王の愛し子を!




