Ep24. 監禁
「キラン!」
叫びと共に起き上がる。
無意識に発した魔法が鋭い音と共に消失し、微かに空気を揺らしただけで終わった。
「おーおーおー、威勢のいいこった」
ハッハッと犬のように荒い息を吐き、首を巡らせる。そこには縛られて床に転がされた僕を一人掛け用のソファに座って見下ろす男がいた。
騎士のギルよりちょっと年上で、組んだ足の上に肘を立てる姿は横柄で、ふてぶてしい雰囲気を持っている。
「……誰だ、お前」
睨むと、口の端を上げて笑う。
あざ笑いが堂に入っている。人を見下すのに慣れ切った人間だ。
キランを傷つけて、僕をさらうよう指示した奴だとすぐにわかった。
そいつは僕の質問に答えることなく、くいっと顎を上げて後ろにいた男に言った。
「ほんとにコレが愛し子か? ただのガキじゃねえか」
「確かに愛し子であると。魔力が通常よりも高く、妖精や精霊に好まれる特質だそうで」
「ふーん、そんな幽霊みてえに見えねえ存在に纏わりつかれるなんて、バケモンだろ」
「確かに」
揃って嘲笑を浮かべる。
妖精の存在を信じない奴ら。
キランと出会う前の僕みたいだ。でも僕はもう騙されたりしない。
キランも、ケネスも、ギルも、ギルの妖精のクレアも、みんな僕のことを愛し子だって信じている。
でもそれだけが理由じゃないってキランは言ってくれた。
――オーちゃんのことが好きだから、助けたいって思っているのよ。
僕はキランがいれば十分だとも思ったけど。でもキランは僕がギルと仲良くしてたりすると喜ぶから。
「なぁ、愛し子が不幸だとウィーレリア内が荒れるんだろ? だったらとっとと殺しちまおうぜ」
「ダメです、フェルナンド殿下。国王陛下は痛めつけてゆっくりと国力を落とし、その間に金を絞る取れるだけ搾り取ってから、と計画しています」
「あー、めんどくせえなぁ。国ごと奪っちまえば早いのに」
そう言いながらそいつは立ち上がって、床でもがく僕の目の前にしゃがみ込んだ。男の顔が間近に迫って、そいつの赤みがかった髪が揺れるのが見えた。
強く睨んでも白けた顔を向けらられるだけ。
悔しい。こいつをぼこぼこにして、すぐにキランを助けに行きたいのに。力が欲しい。
公爵家の屋根裏に閉じ込められていた時は何も感じなかった。ただ無気力で日々が過ぎるのを待っていた。
今は違う。キランがあの場所から連れ出してくれた。
キラン、キラン。僕の妖精。僕の光。
変な魔術に捕らわれて苦しそうだった。早く、キランのところに行きたい。
「僕をどうするつもりだ」
「ん~、すぐには殺さねえよ。父上が言うには、じわじわ痛めつけて、死にてえって思わせてからだってさ。楽しみにしてな」
そう言って僕の伸びた髪を勢いよく引っ張り、ガンッと音を立てて僕の頭を床に叩きつけた。
「ぐっ、うぅっ」
「こんなしょぼい国にまで来たんだ。しばらくは暇つぶしになれ。美人が出ねえつまんねえパーティーの憂さ晴らしができる」
「ぐふっ、げほっげほっ」
立ち上がりざま、頭の痛みに呻く僕の腹に蹴りを入れ、そいつは部屋を出て行った。
もう一人の男もそいつに続いて出ていき、僕は一人部屋に残された。
「けほっ、こほっ、う、あー、いてて」
息を吐いて、痛みが引くのを待つ。大丈夫、大丈夫。
ギルとの訓練で剣が僕の体に当たることもあった。キランはそのたびにギルに怒ってたけど、でも痛みを覚えるのも必要だってギルは言っていた。
剣で一方的に人を傷つけることがないように、痛みを知ることにも意味があるって。
僕とキランが揃って不審な眼差しを向けたら慌てて謝ってきたけど。ギルは騎士で格好いいのに、ちょっと頼りないところもある気がする。
「よ、い、しょ」
体をくねらせて何とか起き上がり、辺りを見回す。
ついでに自分の体を確認すると、服が着替えさせられていた。キランとケネスが選んでくれた柔らかなシャツじゃなくて、目の粗いゴワゴワした服。
意識を失っていた間に勝手に着替えさせられたことに嫌悪感が湧く。変なことされていないかと一応確かめるけれど、服を変えただけみたいだ。
もし他の人に見咎められたら誤魔化すためなのか。目的が分からなくてもやもやして気持ち悪い。
「はぁ……靴もないし」
そして、ここはどこだろう。
あの男はフェルナンドと呼ばれていて、国王のことを父と呼んでいたからたぶんゾルバーン王国の王子なんだろう。
考えろ、オーガスト。
ギルがゾルバーン王国から使者が来るって教えてくれた時、すでに国王も伯爵も警戒していた。
だからあの王子がふらふらとどこか王城から出ようとしたら、絶対に誰か王国の人が付いてくる。そんな場所に僕を隠せるとは思えない。
土地勘もないだろうし。
だからここはまだウィーレリアの王城で、あの王子が滞在中に使う客用の建物とかなはず。
「それが分かってもあんまり役に立たないかも」
でも建物から逃げ出せたら、敵じゃない人に出会える可能性が高い。
とはいえ、これから毎日殴る蹴るの暴行を受けたらどこまで動けるかもわからないけど。
駄目だと分かっていても、もう一度魔法を使ってみる。
体の奥から魔力が沸き上がり、形になる寸前に弾けた。
「だめか」
魔法は使えない。全部魔術で抑え込まれている。
魔術をどうにかしないと。
でもどうやって?
キランとギルに教えてもらった知識をかき集めて考える。
魔術は周囲にある魔力を吸収して発動する。つまり、この部屋の中に変な魔力の流れがあれば、そこに魔術が仕掛けられているということ。
それを見つけるには……魔力が見えたらいいのに。
「あ、身体強化」
ギルに魔力を使った筋力や体力の底上げ方法を教えてもらった。握力とか脚力とか、部分的な強化にも使えるって言っていた。
魔法は体の外に魔力を出しながら発動するから、魔術で防がれてしまう。
でもこれが体内だけで魔力を回したら? もしかしたら身体強化はできるんじゃない?
「……うん、できる」
試しに腕に魔力を集めたら、僕の細い手でも縄をちぎれそうなのが分かった。でもまだそのままにしておく。
だって今外して見つかっちゃったら、身体強化がばれちゃう。そうしたらもっと太い金属とかで縛られるだろう。
ここは慎重に。そう、キランが教えてくれた。バレないように計画立てて行動する重要さを。
そうやってキランと出会ってもう二年、あの公爵家で生き延びてきたんだから。
腕に集めた魔力を消し、今度は目に魔力を集めてみる。
「魔力って見えるのかな……」
心配していたけれど、魔力を強めていくと部屋の中にぼんやりと霞のようなものが見えた。
そしてそれが、ある一点へと流れているのも。
「あそこか」
後ろ手に縛られた腕に苦労しながらも立ち上がって、ぼんやりと見える魔術の輪郭を観察する。
……何も分からない。読めない文字と記号と線が色々組み合わさっている。これが魔法を阻めるだなんて、面白い気もする。
魔法と魔術、両方できたらちょっと格好いいかな。キランは褒めてくれるかな。
キラン、待っていて。僕が助けに行くから。あの日、僕を助けに来てくれたみたいに。
その時、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。慌てて僕はさっきまで寝かされていた床に体を転がす。
直後、ドアが勢いよく開けられた。




