Ep23. 何度でも
ふわり、ふわりと花が舞います。
一つ、二つ、三つ。
白くフワフワの私の毛に触れては消えていく花びらを、私は時間を忘れて眺めていました。
どこかに行かなくてはいけない。確かにそう思っていたのに、私はどうしてここから動けないのでしょう。
「あら、キティ。戻って来てしまったのね」
「……ようせいおうさま」
視線を花から動かし見上げれば、長く広がるベールを纏った妖精王様が微笑んで立っていました。
いつも妖精王様を取り囲む小さな精霊たちの姿は見えません。どこへ行ってしまったのでしょう。
頭がぼんやりします。心の奥では焦りがあるのに、ここから動きたくない、そう感じます。
「キティ、こちらへ来なさい」
「はい」
誘われるように伸ばされた妖精王様の手に額を擦りつけます。温かく柔らかく優しい生命力が流れ込んできます。
「だいぶ魔力を取られてしまったようね。姿が幼くなってしまっているわ」
「すがた?」
妖精王様の言葉に自分の体を確認します。
ふわふわの尻尾、柔らかなピンク色の肉球……でもどこか違います。
「……ちっちゃい」
そう、今の私はキティと称されるにふさわしい子猫になっていました。
「え? ……え?」
霞がかかっていた思考が少しすっきりしました。妖精王様が私に触れてくださったおかげです。
「以前与えた加護によって、全ての魔力が吸いつくされて消滅する前に精霊界に戻れたようですね」
「……あ、そうでした。ありがとうございます!」
やっと頭がすっきりして、何が起こったかを思い出しました。
あの憎き魔術師により、魔力をすべて吸い出されるところでしたわ。それを、魔術に対抗できるようにと妖精王様が与えてくださった加護が防いでくれたのです。
「オーちゃん! すぐに、オーちゃんのところに戻らなくては!」
意識を失う前、必死に私の名前を呼んでいたオーちゃんの悲痛な声が耳に残っています。
オーちゃんを一人にするわけにはいきません。ずっと一緒だと約束したのです。
焦る私の額にトンッと軽い衝撃がはしりました。妖精王様の長い指が私の額に触れています。
「落ち着きなさい、キティ。今のあなたの姿では愛し子を助け出すことはできないわ」
「でも……どうすればいいのでしょう」
たしかに魔力を奪われ、こんな毛玉みたいになってしまった私では戦力外かもしれません。あんなにも美しかった尻尾が、ちんまりした猫じゃらしみたいではないですか。
耳を伏せて落ち込む私の額をたおやかな指が何度も往復し、私に少しずつ生命力と魔力を滲ませていきます。
妖精王様の力は強いので、こうやって調整してくれているのですわね。優しさに心が落ち着きを取り戻していくのを実感します。
「愛し子は、今は敵の手中です。そのことをすでに人間の王も把握しています。あなたは救出に協力する者たちを率いて、愛し子を救い出しなさい。気を付けて。相手は用意周到に魔術を張り巡らせています。再び魔術の罠にかかれば、あなたは存在自体が消滅してしまうでしょう」
私に魔力を注ぎ終えた指が去っていきます。
気づけば私の体は元の大きさに、ふさふさの尻尾と柔らかなふわふわの長い毛を取り戻していました。
「妖精王様、ありがとうございます」
ここまでしていただけるだなんて、妖精冥利に尽きますわ。感激に全身の毛を震わせていると、妖精王様がけぶるように長いまつ毛を伏せて「ごめんなさい」と呟きました。
なぜ謝られたのでしょう。
髭を立てて首を傾げると、妖精王様は告げました。
「私は、あの時……愛し子を失くした悲しみでいっぱいで、私の愛する子供たちが助けを求めている声が全く聞こえていなかったの。気づいた時には全てが崩れ去って、人間の王と交わした契約の絆も何もかもが消えてしまっていた。私は、ただ私の都合であなたを振り回しているの」
薄い紗のように儚く妖精王様が微笑みます。
抑えきれない後悔を胸に抱いて嘆いているように見え、私は妖精王様の足元に身を寄せました。
妖精王様のおっしゃっていることをすべて理解することはできませんでした。でも愛し子や人間に心を配っているのは感じられました。
「私は、オーちゃんと出会えて嬉しいです。オーちゃんといるためなら、どんなに振り回されても構いません」
どんなに時が経っても、たとえ時代が変わってもこれは事実なのです。だから妖精王様が嘆き悲しむ必要など何もないのです。
「ありがとう、キティ」
礼を言って妖精王様はホッと息を吐きました。妖精王から見たら小さな存在にすぎない私の言葉に、こんなにも安堵するのでしょうか。
先ほどの話は、私が思っている以上の意味を持っているのかもしれません。ですが今の私ではすべてを理解できませんでした。
「以前も伝えた言葉をもう一度告げましょう。別れがあろうとも、それは永遠ではありません。何度でもあなたたちは必ず出会うでしょう。だから安心してお行きなさい」
妖精王様の口づけが額に落ちて、私に加護をくださいました。
それは預言にも似た響きで。
私は視界が切り替わる中、妖精王様の儚い笑みをただ見つめていました。




