Ep22. 天変地異
エドマンド国王は謁見の場に現れた使者を王座から見下ろし、内心ため息を吐いた。
隣国から訪れた使者は、明らかに王族の一人だったからだ。
「偉大なるウィーレリア王国国王陛下にお目通り叶いましたこと、光栄に存じます。ゾルバーン王国より参りましたフェルナンド・ルース・ゾルバーンにございます。道中、貴国の各地を目にする機会に恵まれました。どの街も活気に満ち、人々は安寧を享受しているように見受けられました。まことに……結構なことでございます」
堂々とこの国の中の様子を見てきたぞと告げるその丹力。ここ数年続いた自然災害が落ち着いてきたことを把握しているのを隠しもしない。
こちらからの声かけの前に顔を上げ、目と口を細めて作られた笑顔の奥底に野心が見える。数多くいる兄弟を押しのけ、王太子に指名されるのも間近と言われているのも納得だ。
「遠路ご苦労であった、フェルナンド殿。そなたほどの御方が自ら足を運ばれるとは、よほど我が国のことを気にかけていると見える。我が国は精霊王により愛され、守られている。私も国民も妖精王様への感謝を忘れずにいることが、国内の様子からも分かっていただけただろう」
手出しをすれば容赦しないと付け足したいところだが、曲がりなりにも友好を深めるための使者にそんなことを言うわけにはいかない。
国王になって相応の年月が経ったが、ゾルバーン王国と関わる時が一番面倒だ。こちらは精霊と魔法を、あちらは魔術と学術に重きを置いており、互いの立ち位置を理解はしていても完全に受け入れることは不可能なのだ。
「ご推察に恐れ入ります。もっとも国を治めるのは人でありますから、人と人の結びつきこそが重要と言えるでしょう」
「その言葉、心から賛同しよう。人と人であるがゆえに、こうやって国を超えて友好的に会話できるのであるからな」
互いの心打ちを隠し、表面的な会話が滑っていく。
妖精王の愛し子が見つかったという嬉しい知らせが届いてから、半年が経つ。
スフォルト公爵家の内情の調査を進めると共に、任を与えたクローリ伯爵並びに騎士ギルフォードから本人に関する報告も受けてきた。
五年近く監禁状態に置かれ、洗脳に近い教育をされていても根はまっすぐな少年。
一緒にいる妖精の知性は高く、一般的な妖精よりもはるかに高位の存在だという。
あと一週間、いや、数日もすればすべての調査は完了し、スフォルト公爵ならびにその家族を愛し子への虐待を主とした諸々の罪で捕らえられるはずだった。
あまりにも出来過ぎたタイミングでの来訪。裏があるということをあからさまに示す言葉。
警戒を強めさせてどうするのか。これがフェルナンドの独断なのか、それともゾルバーン国王がそう指示したのか。
「明日には私どもを歓迎する会を開いてくださるとか。ぜひ妖精姫と謳われる姫にお会いしたいですね」
「私の娘たちは皆、妖精に愛されている。機会があれば紹介しよう」
妖精姫と呼ばれる第三王女はもう何年も公式の場に姿を現していない。重篤な病にかかっている、あるいはすでに死んでいるという噂が出ているのは知っている。
だが真実をゾルバーンの者に言う気はさらさらない。
使者の挨拶に続き、ゾルバーン王国から”友誼の証”としていくつもの贈り物が持ち込まれる。これらはすべてあとで余計な物──魔術が施されていないかを徹底的に調べられるだろう。
あるいはそのままどこか二度と開かぬ場所へと保管し、忘れ去られるか。
長く続く贈り物のリストの読み上げに飽きて来たころ、ふとフェルナンドの顔に言い表せぬ興奮が表れた。
瞳が爛々と輝き、唇が三日月のように細くなる。心からの笑み。だがそこにあるのはある種の愉悦のような──
エドマンドが王座の肘置きを握りしめたその時、空が一気に暗くなった。
不思議に思って顔を上げた直後、ガン、カン、カンッと高い音が外から聞こえた。
そして音の間隔は一気に狭くなり、王城全体がガンガンガンガンとけたたましい音に包まれる。
「なんだ?」
訝しんで外を見た者たちの、息を飲む音が重なる。
小さな石の粒が空から降り注ぎ、緑の芝生の上を覆い始めている。出入口を警備していた騎士が即座に外を確認し、「氷の粒が降ってきているようです!」と異変の正体を報告した。
「氷の石が空から?」
そんな奇怪な現象が起こるなど、初めて聞いた。
しかしそれは長く続くことなく、呆然と皆が空を眺めているうちにピタリとやんだ。窓に引っかかっていた粒がコロリと落ち、ワンテンポ遅れてカンッと音を立てる。
天から降った氷によって白く染まった庭。それは何を意味しているのか――その疑問が頭の片隅に浮かぶよりも早く、小さな呟きがエドマンドの耳に届いた。
「……こんな恐ろしい天変地異が、妖精王に守られた国で見られるとは思いませんでした」
エドマンドはハッと庭からフェルナンドへと顔を向ける。
うすら笑いを浮かべるその顔を見て、エドマンドはこれはすべてゾルバーン王国が仕組んだのだと悟った。
かの国の企て、それは愛し子を害するものに違いない。
指が白くなるほどに王座のひじ掛けを掴み、エドマンドは努めて冷静な表情で告げる。
「妖精王様から贈られた貴殿を歓迎する奇跡かもしれませんな。楽しんでいただけたか」
「ははっ、それは嬉しいことです。妖精王の存在を身近に感じてみたいと思っておりましたから。ええ、これからも楽しみにしています」
愛し子を害し、妖精王がどう反応するのかを見ると言うことか。
腹の奥が煮えたぎる。エドマンドの理性を引き留めているのは国王としての矜持のみ。
「では、滞在を楽しんでくれ」
「お心遣いに感謝します」
腰を折り、頭を下げたフェルナンドをその場に残し、エドマンドは王座から立ち上がって騎士と共に謁見の間を退出する。
そして両の拳を握りしめ、低い声で告げた。
「すぐに騎士団長と、クローリー伯爵を呼べ」
エドマンドの治めるウィーレリア王国内で、ゾルバーン王国の奴らをのさばらせるわけにはいかぬ。
一刻も早く、愛し子を救い出すのだ。




