Ep21. 強襲
結論として、妖精王様に会いに行くと言う私の願いは、叶いませんでした。
「おい! 悪魔! お前、勝手に部屋から出るなと言っただろう!」
太った指をオーちゃんに向けて声を荒げる少年。首まわりについた贅肉のせいでくぐもって聞こえにくいのに、やたらと神経に触る声をしています。
オーちゃんの肩を無遠慮につかむその腕の力に、オーちゃんは顔を歪めました。なんてこと!
「オーちゃんを離しなさい!」
爪を思いっきり脂肪で覆われた腕に立て、ギリギリギリッと引きます。真っ赤な筋が何本も白い肌に浮かびました。
「ぎゃあああ! 何だ、このクソ猫! 悪魔の使いか!?」
オーちゃんを突き飛ばし、血がにじむ腕を押さえてそいつは私を睨みました。
私は倒れこみそうになったオーちゃんの前に立ち、四肢をつっぱってシャーッと声を立てます。こいつ、オ―ちゃんの血縁上の兄ですが、そんなことは関係ありません。
オーちゃんを傷つける者は敵です、敵!
それにしても、しくじりました。
まさかゾルバーン王国の使者がウィーレリア王国の王宮を訪ねているまさにその日に、この公爵家に魔術師がやってくるなんて。
敵の動きが早すぎます。
やはり、屋敷に施した魔術によって監視をしていたとしか思えませんわね。
私は肥え太った少年の後ろに立つローブを着た人間へと視線を向けました。目深にかぶったフードの奥で愉悦に歪む唇が見えます。
その笑みを見てゾワリと背筋が震えました。嫌悪感が全身を支配して、毛の一本一本が逆立ちます。
「まぁまぁ、ヘンリー様。悪魔にも果敢に挑むその勇気、素晴らしいです」
「ふん、僕はこんな悪魔、怖くないからね」
「素晴らしい」
見え見えのお世辞に肥えた腹を揺らして誇らしげなオーちゃんの兄。ヘンリーと言うのですね。今知りましたわ。もう二度と思い出しませんけれども。
前もって公爵家に届けられた魔術師が屋敷に来るという知らせには、”オーガストを捕まえておくように”という命令が入っていたようです。
監禁されていた屋根裏部屋に使用人が来て、オーちゃんのドッペルゲンガーに触れた瞬間、それは崩れて消えました。
それを感じたオーちゃんが驚きの声を上げるのと、ケネスが息を切らして事態を知らせに来たのはほぼ同時でした。
使用人たちが屋敷中を駆け回り、オーちゃんを探す足音が響き渡りました。
私とオーちゃんは即座屋敷から離れることに決め、窓から外へ出て裏手に向かい始めました。
確かにゴースト魔法はかかっていたはずです。それなのに、私たちの前に立ちふさがる人間が現れました。
「おい、いたぞ!」
オーちゃんを指さして大声を張り上げる人間。
私たちは身をひるがえし、他に出られる場所はないかと探しました。ですがその先々ですぐにオーちゃんは見つかってしまいます。
(まさか、ゴースト魔法を無効化されている?)
必死に走るオーちゃんの足元を同じように駆けながら、首だけ振り返ってちらりと見た門の柱に、見慣れない文様が刻まれていました。
魔術!
ゾワリと背中の毛が逆立ちました。敵は本気です。オーちゃんの逃げ道を塞ぎ、公爵家の敷地内に閉じ込め、そして……そして、オーちゃんを害するつもりなのです。
「オーちゃん!」
「うわっ」
突然に前に飛び出してきた人間にぶつかりそうになり、オーちゃんは慌てて体を捻りますがその腕を掴まれてしまいました。
「この! 放しなさい!」
トンッと地面を足で打ち、人間の顔面に炎を出現させます。怯んだ隙にオーちゃんはすぐに走り出しました。ですが四方を人間たちに囲まれてしまっていました。
「このクソガキ!」
「愛し子であるオーちゃんに向かって不敬ですわよ!」
タンッタンッとオーちゃんの周りを一周して、人間が手を出さないように先ほどと同じように火を立ち昇らせます。
「キラン、どうしよう」
「……分かりません。これ以上逃げるは無理そうです」
王城にいるギルに助けを求めるにも、私はオーちゃんのそばを離れられません。離れることなどできません。
その直後、展開していた魔法が搔き消されました。
「え!?」
「捕まえろ!」
何が起こったのかも理解できないままに、オーちゃんは拘束されてしまいました。
そこに現れたのが兄を名乗るリチャードと、魔術師です。
魔法を発動させることができなくなった私に残された武器は、この尖った鋭い爪だけ。それでも肥えた兄を撃退するには十分です。
ですが本当の敵は、こんな頭の弱いブタではなく、フードをかぶった魔術師。
「あんた、何をしたの?」
「魔法発動の魔力を阻害する魔術を、この屋敷全体に施したのですよ。妖精さんには少し難しいかもしれませんね」
そんなことくらい分かりますわ。だからこそおかしいのです。そんな大がかりな魔術がこの屋敷にかけられていたら、私ならとっくに気づいていたはずですのに。
あるいは、元々仕掛けて置いた魔術を発動させたのか。まだ何かこの魔術師は隠している、そんな気がします。
「オーちゃん、絶対に助けます。だから一旦ここは大人しく掴まっておきましょう」
「うん、分かったよ、キラン」
オーちゃんの足に体を寄せた私と肩を落としたオーちゃんに、敵が勝利の笑みを浮かべるのが見えました。
憎たらしいですわ。あの顔に一生消えない爪痕を刻んでやりたいです。チャンスがあったら絶対に逃しません。ええ、これは私の矜持を賭けて宣言します。
屋敷の使用人がオーちゃんを引きずるようにして連れて行きます。その後に続こうとした私に、魔術師が声を掛けました。
「ああ、可愛らしい妖精さんには、こちらを差し上げましょう」
「え……きゃぁ!?」
「キラン!? やめろ! キランに何をするんだ!」
私の体の周囲に浮かび上がる不気味な魔術。
赤く青く黒く禍々しい光を放つそれが、私に纏わりついて離れません。
「妖精は魔力の塊ですからね。これは魔力を吸いつくすまで止まらない魔術です。そこで大人しく……死ぬまで待っていてください」
「キラン! キラン! キラーーーン!」
オーちゃんの必死の叫びが聞こえます。
ああ、そんなに暴れないで。オーちゃんを愛し子だと信じない不敬な輩がオーちゃんを殴りました。
悔しい、悔しいです。私はこうやってまた、愛し子を失ってしまうのですか。そしてこの国も。
妖精王様、私は────




