Ep19. 家令の心休まらない休日
公爵家の使用人に与えられる月に一回の休息日。
それ以外にも必要であれば休めるのだが、働くことが習慣化してしまうとなかなか休めない。
「辛いものですねぇ」
「めっちゃ分かります」
誰ともなしに落とした言葉を拾われ、ケネスは顔を横に向ける。空席だったはずの椅子に、短い髪をした青年がいつの間にやら座っていた。
「ギル君」
「どうも、ケネスさん」
ケネスが手にしたカップを掲げるとギル、正しくはギルフォードがまだたっぷり中身の入ったカップをコンっとぶつけた。
自称末端貴族の四男と聞いているけれど、所作は十分に洗練されていて場末の酒場にはともすれば浮いてしまいそうだ。
(公爵家の長男よりも、はるかに貴族らしいですね)
主家の悪口は苦みのある酒と共に喉奥におしやる。
本職は騎士であるギルは王宮からの使者と共に公爵家に訪れた日に、彼が契約している妖精を通して愛し子であるオーガスト様の存在を知ったらしい。
そしてある日突然、ケネスの前に現れた喋るウサギ。キラン様との出会いを彷彿とさせるような妖精の登場に、ケネスは愛し子と関わる以上これからはこれが普通なのだと自分に言い聞かせている。
何度かウサギを通してやり取りを行い、公爵家の、そしてゾルバーン王国の目をかいくぐって直接ギルと会うのはこれが三回目。
前回まではケネスという人間が信用に足るのか見定めていたのだろう。
ちらりとケネスを見て、ギルは「今日は上の部屋に俺の上司が来てるんだけど、会ってくれません?」と尋ねた。
ついに国のお偉いさんとの対面か。王国でも有数の公爵家に仕えているとはいえ、アレだからそこまで緊張しない。でもこれからは違う。
「私に拒否はできないよ」
ふうっとため気を吐いた後にぐいっと酒を飲み干し立ち上がると、ギルは「待って待って」と言って喉を何度も鳴らして自分のカップを空にした。
そしてそれをタンッと音を立ててテーブルに置くやいなや彼はケネスの一歩前を歩き出し、「こっちです」と案内を始める。
酒に酔った気配は微塵もなく足取りもしっかりしている。もっともこんな酒場の薄い酒では酔えるわけもないか。
「ケネスさんも会ったことがある人ですよ」
「あ……ああ、あの方」
名前を口にしそうになって濁す。ギルの目が一瞬細くなったのが見えた。
ギルに言われなくともオーガスト様とキラン様から二体の妖精が二人の元を訪れたことと、彼らの主人と思われる人物について聞いている。
立場的にも、ギルに指示を出しているの使者として公爵邸に来たクローリー伯爵だ。
「ようこそ、ケネス」
ケネスの予想通り、部屋で二人を待っていた伯爵は真意の読みづらい笑顔でケネスを出迎えた。
簡単な挨拶を交わし、進められるがままに伯爵の向かいに置かれた肘掛け椅子に腰を下ろす。
「君の話をギルから聞いて、公爵邸にいる人物は本物の愛し子である可能性が高いと判断した」
可能性が高いのではなく、本物だと口にしたくなるのを飲み込んで首を僅かに縦に振る。
伯爵は続けて「そろそろ本人に会ってみるべきだと思ってね」と告げる。
それはつまり外部の、しかも王宮の人間がオーガスト様に会いにくるということか。
「……大丈夫なのでしょうか。ご存じの通り、あの屋敷には何か所も魔術が施されています」
オーガスト様とキラン様は公爵家の家族が使う部屋以外、ほとんど屋敷を回って魔術が仕掛けられていないか調べた。
その結果、ケネスが想像をはるかに超えた数の魔術によってあの屋敷は覆われていたのだ。
「それについてだが、ケネス、君自身には魔術の影響はないんだな?」
「はい。とはいえ、魔術にかかっていた時に同じ質問をされても”ない”と答えていたでしょう」
率直過ぎる回答にクローリー伯爵が目をすがめる。それから空中に手を伸ばし、ケネスの目の前で伯爵自身の妖精を呼んだ。
「ビーク」
「クローリー! クローリー!」
派手な姿にけたたましい声。落ち着いた紳士なクローリー伯爵が連れるには不似合いな妖精にも見える。
だがその羽根の間に指先を差し込んでくすぐって可愛がる伯爵と、うっとりと目を細める鳥を見るとこの主従の仲の良さが伺え、外野が勝手に判断するのは良くないなとケネスは自戒した。
「妖精付きは妖精との絆により魔法が強くなるのは一般的に知られている。そしてここ最近、妖精付きは魔術にかかりにくいことが分かった」
「え、そうなのですか!?」
「あくまで”かかりにくい”だけで、かからないわけではない。それに妖精との契約の前に魔術にかかっている場合だと意味がないがな」
伯爵の説明にケネスは押し黙り、口元に手を当てて記憶を探る。
「キラン様のお話ですと、オーガスト様はたしか魔術にはかかっていなかったとのことです。魔術の支配下にある公爵家によって虐待され、洗脳状態で妖精や精霊を拒絶していたようですが」
「なるほど。もしかしたら愛し子自身、妖精との親和性が高いため、自然と魔術をはじいていたのかもしれんな。今となっては真実は分からんが」
頷いたケネスを見て伯爵は話を続ける。
「ギルも妖精つきだ。だから公爵家に入っても大丈夫だろう。本人に警戒の意思があれば魔術の効きはさらに悪くなるはずだ」
「……アタチ、ご主人、まもる、の」
「ありがとな、クレア」
いつのまにかギルの腕の中に赤い目をしたウサギがいた。
立派な体格の騎士の腕の中にか弱そうなウサギ。これまたミスマッチな取り合わせに思えるが、ギルの顔がデロデロに溶けそうなのでケネスは納得して視線を逸らす。
妖精といちゃいちゃ……仲良く話す二人にケネスはふと疑問がわいた。
「妖精とは、人間のようにスムーズに話すものだと思っていました」
呟きに二人が顔を上げる。
それから彼らは顔を見合わせた。その雰囲気が戸惑いが含まれていて、ケネスは体を硬くする。
妖精と契約している人たちに対して、妖精について口出しするのは不敬だったかと。
「君が普段接しているのは、キランという妖精だったか?」
「はい。白い猫の妖精です。愛し子であるオーガスト様よりも口が達者で、知識もふんだんにお持ちです」
オーガスト様を守るキラン様。その強い意志と聡明さは人間と変わらないと感じる。
一方で、伯爵は眉を寄せて慎重に口を開いた。
「今まで私が会ったことがある妖精はみな、多少の違いはあるものの、喋り方としては子供のような感じだ」
クローリー伯爵の視線を受け、ギルも首を縦に振る。
ケネスが会ったことがある妖精は今日まではキラン様だけだった。妖精付きの彼らの言葉を否定することなどもちろんできるはずもなく、ケネスは口をつぐむ。
伯爵は肘掛け椅子に肘をつき、こめかみを指先でトントンと叩きしばらく思案した後、ギルの名を呼んだ。
「ギル、少年と会う際、妖精にも詳しく話を聞いて欲しい。認識されている妖精よりも上位の存在かもしれん」
「承知いたしました」
腕の中にウサギを抱いたままでギルは軽く礼をする。キラン様であればオーガスト様の助けになる相手に対して積極的に関わることだろう。
それにすでに会っているウサギの主人であれば、無下にはしないはずだ。
「先ほどの話、君が魔術の影響を受けていないことについてだが、私の見立てでは恐らく君にはそのキランという妖精によって守られているのだろうな」
「キラン様にですか」
思わず心の中でそう呼んでいる通りにキラン様と呼ぶと、伯爵は眉を微かに寄せた。
まるで”お前は妖精を様付けしているのか”と咎められたようで、ケネスは肩を震わせる。主人である公爵の十倍は迫力がある。
「キラン様には私の魔術を解き、オーガスト様へと導いていただいた恩がありますので……」
「そうだったな。やはりその妖精は公爵家の魔術をかいくぐって契約をするだけの力があるのだろう。もしかしたら、愛し子の置かれた状況を憂いて妖精王自らが送られたのかもしれん」
すべては憶測だがと付け足して伯爵は息を吐く。
それから肩に止まった鳥の嘴をくすぐり立ち上がる。妖精は羽を揺らして虚空に消えた。
「ギルはゴーストの魔法で気配を消して公爵邸に入る。通常貴族の屋敷であればゴーストの魔法をはじく設計がされているはずだが、調査したところ魔術の影響のせいか、その魔法が切れていた」
「承知しました」
オーガスト様がゴースト魔法で自由に屋敷内を歩き回れることに何の疑問も抱いていなかったが、本来ならば犯罪者が率先して使うたぐいの魔法を貴族の敷地内で使えるはずがないのだ。
魔術に寄って意識をくらまされていたとしか言いようがないと、ケネスは消沈する。
だがここに来る前にキラン様に頼まれていたことだけは言わなければと、力のこもった眼差しを伯爵とギルに向けた。
「キラン様からお願いを一つ、預かっております」




