Ep17. 新たな妖精たち
その夜、ケネスからも同じ話をされ、当日はなるべく出歩かないようにと忠告されました。
国王からの使者や連れてくる騎士などは、妖精と契約している者も多いからだそうです。
ですが、やっぱり用心深い猫としては現状調査は必要でしょう?
と言うわけで、オーちゃんと一緒に門が見える位置を見張っています。
「ねぇ、キラン、本当にいいのかな?」
「少しくらいいいじゃありませんか。それに私も他の人間と契約している妖精がいるならば、ちょっと話を聞きたいですし」
「僕と話すよりやっぱり仲間と一緒にいたいの?」
「いいえ、そういうことではありませんよ。私にはオーちゃんが一番です。他の妖精に会ったらオーちゃんがいかに素敵か、広めてきますね」
「え、それはいいよ」
なぜですか! 私のオーちゃんがどんなに素敵で可愛らしくて優しくて賢くて愛らしいか、全世界が知るべきですのに!
フスンッと鼻息を荒くして私が叫ぼうとした瞬間、キーちゃんは言いました。
「キランがいれば、いいから」
頬を染めて呟くオーちゃん。
いけません。あるはずのない心臓が爆発してしまいそうですわ。ヒゲがピンッと張って、フルフルと震えます。
とその時、ガラガラという騒音と共に馬車が公爵邸の正門を通過しました。
私たちは屋敷の陰から二人の人間がが馬車から下り、そして騎士を連れて屋敷の中に入って行くのをじっと見守ります。
見た感じですと高位の人間と、それを補佐する人間といった感じですわね。
「さ、オーちゃん。遠見の魔法を使ってみましょう」
「うん」
今回使者と公爵の対話の場には、この屋敷の責任者でもあるケネスが同席しています。つまり、ケネスを通して内容が見放題というわけなのです。
まぁ、最初っから部屋で遠見魔法で見ていれば良かったのですけどね。それはそれ、これはこれとよく人間が言うではないですか。そう、つまりそれはそれ、これはこれなのです。
部屋に戻り、ベッドの端に座ったオーちゃんに寄り添い、オーちゃんが遠見の魔法を発動させるのを横で見守ります。
「……遠見」
魔法発動の言葉の後、心を落ち着けるために体の前で広げたオーちゃんの両手の間に光が灯ります。
ゆらゆらと揺れる明かりが、オーちゃんの藍の瞳に浮かんだ銀の魔力を照らして煌めきます。美しい光景です。
──ようこそ、おいでくださいました!
最初に聞こえたのは男の人間の声。ピクッとオーちゃんの両手が揺れ、そこに浮かんだ映像が乱れました。
すりっと体を寄せるとオーちゃんが小さく「ありがとう」と言います。いいえ、いいのです。オーちゃんがこんな矮小な人間のせいで心乱されるのを見たくなかっただけですから。
──今日は奥方は?
──茶会の出席で出ておりまして
──なるべく家族全員でと告げたはずですが? 国王陛下からの使者を蔑ろにしているのでは?
──いえいえ、そんなことは!
使者と父親の会話が続きます。どうやらゾルバーン出身の母親はこの場にいないようですわね。
焦る父親の言葉を流し、使者は淡々と何やら聞き取りを始めました。
この家にゾルバーン王国からどれほど頻繁に物が届くか、ゾルバーン出身の母親と母国とのやり取りの頻度は? 最近、家族に変わった様子は?
「ゾルバーンのことをたくさん聞いていますわね」
「うん……」
時折、オーちゃんの兄と思われる子供よりは少し大きな人間が話に加わります。最近やっと増えてきたオーちゃんの体重の三倍はありそうな体をしています。
水に突き落としたらプカプカ浮かびそうですわ。そうしたら私の鋭く尖った爪でプスッと穴を開けて沈めて差し上げましょう。
しかしこの丸々とした大きな子供は使者の話を聞くのに退屈したのか、終始食べ物をその口に詰め込んでいます。
使者の顔が明らかに歪みましたわね。これは今回の来訪がなんであれ、国王にはスフォルト公爵家の次代について報告が入るでしょう。明らかに無能であると。
──この家にはもう一人、子供がいるとか。名前は、オーガスト。歳は今年まもなく十歳になる。
──オーガスト? ああ、あのあく……あの子は、体が弱く、ベッドからも立ち上がれないほどでして。
公爵が下手な言い訳を口にしました。
オーちゃんが唇をきゅっと強く結びます。途中で公爵が言いかけた言葉は聞かなかったことにしましょう。
──公爵とあろう者が陛下への使者に対して不敬すぎます。これは陛下に報告させていただきます。
──クローリー伯爵! 公爵である私に向かってその態度は何だね!?
──本日、わたくしは陛下の命によってここに来ております。爵位に関わらず、陛下の使者は陛下の代理と等しく扱うべきと言うことを、貴族であるならば学んでいるはずでしょう。
明らかに見下すような態度で使者が告げました。これは後継者としての教育を受けていない公爵をあざけっているとしか思えませんわね。
オーちゃんの手の間に浮かぶ映像に集中していた私たち。
ですが私の敏感な耳が羽音を捕らえました。何かがこちらに向かってくる気配!
防壁魔法を展開した直後、バンッと激しい音ともに窓が揺れました。
「え!?」
オーちゃんが驚きの声を上げたと同時、遠見の魔法で浮かんでいた映像がかき消えました。
その瞬間、高い声が窓の外から響きました。
「イトシゴ!」
パッとオーちゃんと揃って顔を上げると、そこにいたのは──
「鳥?」
「……あとウサギもですわ」
窓の外、高い位置には緑や黄色のけばけばしい鳥が、そして低い位置には赤い目をしたウサギがカリカリと窓を前脚でかいています。
どう見ても、彼らは私の仲間、妖精ですわね。フウッと息を吐いて、逆立てていた尻尾を下します。
「オーちゃん、彼らをここに入れても? 妖精ですわ」
「あ、うん。もちろん」
オーちゃんは頷いてすぐに立ち上がり、窓の鍵を開けました。
すると転がり込んでくる二体の精霊。「イトシゴ!」とか「……うれしい、の」とかいう声が聞こえます。
オーちゃんは驚きつつもしゃがみこんでウサギと目を合わせました。
「君たちは、今日この屋敷に来てる人の妖精?」
「アタチ、ご主人、騎士様、なの」
「イトシゴ! クローリー! クローリー!」
片言でしゃべるウサギに、けたたましい鳥。私と同じ妖精なのかと疑いたくなりますが……妖精ですわね。残念ながら。
「クローリー? ってもしかしてさっき、父上と話していた人かな」
「クローリー! 主人! カタブツ! イトシゴ!」
「うるさいですわ、馬鹿鳥」
「ゲッ! ネコ! ネコ! 嫌い!」
私の声に鳥が羽根を散らして天井の隅まで逃げました。ただの猫であった時代に何羽もの鳥を仕留めてきました私ですので、あの馬鹿な鳥を地面に叩き落とすのはたやすいです。ですが今は我慢してあげますわ。
しばらく騒々しかった妖精たちですが、ほどなくしてやっと落ち着き始めました。
「オーちゃんの膝の上は契約精霊たる私のものです! おどきなさい!」
……ひと悶着はありましたけれども、決して問題ではありません。
ベッドに腰かけるオーちゃんの膝に乗り、床に並んだ二体の妖精を見下ろします。派手な鳥が今にも飛ぼうとするのを鋭い視線でその場に縫い留めました。
「僕が愛し子だってのは妖精にはすぐ分かるの?」
「モチロン」
「……近くにいたくなる、の」
「そうなんだ」
元々私からも伝えていたこともあり、ゆっくりと私の背を撫でるオーちゃんの手つきにぶれはありません。
「もし、僕が君たちと契約している人に伝言とか、手紙を頼んだら渡してくれる?」
「モチロン! イトシゴ、頼み、モチロン!」
「……しっかり、届ける、の」
妖精たちがそれぞれしっかり頷きます。そう、全身全霊をかけてオーちゃんのために働きなさい。
妖精たちが協力してくれるというので、オーちゃんは早速書き物机に移動してペンを取りました。
「なんて書こう?」
「簡単にこれまでのことと、今、どうして欲しいかとか、でしょうか」
高貴で優れた妖精である私でも、人間の手紙の作法までは知りません。
オーちゃんは少し迷って、「僕は、オーガスト、です」と言いながら手紙を書き始めました。私は机に乗り、この一年で遥かに上達したオーちゃんの文字を眺めます。
それからオーちゃんは十分ほどかけて手紙を完成させました。その間、私はそっと遠見魔法で使者たちの様子を観察して、彼らがいつ帰るのかを見ていました。
「丁度、良かったわ。ね、あなたたちのご主人様、そろそろ帰るみたい」
「カエル!?」
「……いく、の」
ぱたぱたと騒がしくなった妖精たち。オーちゃんは手紙をきっちり小さくたたんで、少し迷ってから派手な鳥に持たせました。妖精はすぐに私が持っているような亜空間に手紙をしまい、ポンッと黄色い胸を叩きました。
この鳥の契約主は位の高い使者のようですから、いい選択です。騎士の妖精にはオーちゃんは小さく「ご主人様によろしく」とだけ告げました。
あとは、彼らが無事にオーちゃんの手紙を届けてくれることを願いましょう。




