Ep15. 愛し子の変化
大っぴらに動けない間、少しずつこの屋敷での現状を把握していくことが必要です。
オーちゃんもまだまだ健康とは言えない状態なのは確かですし、今は雌伏の時です。
「私は毎日異なった順路で屋敷内の確認をしています。ここには三日おきくらいで来られると思います」
「分かった。僕たちは魔法で自由に動けるから、必要ならケネスに会いに行く」
「ありがとうございます。それから、こちらに屋敷の見取り図と、魔術が施された可能性がある場所を記しておきました」
予めこの部屋に置いておいたらしく、ケネスは部屋の隅にあるクローゼットの奥から数枚の紙を取り出しました。
オーちゃんはそれを見て、私を抱き上げてテーブルのそばに移動しました。
「正門がこちら、中央棟にはパーティーなどで使われるボールルームやダイニング、遊戯室などがございます。公爵家の皆さんが住まわれている棟は西棟、いま私たちがいるのは主に客室がある東棟となります」
手袋をはめた指をスッスッと滑らかに動かしてケネスは説明します。
「……僕が前にいた部屋は?」
オーちゃんの質問にケネスは動きを僅かに止めた後、紙の順番を入れ替えました。
見取り図は階層ごとに描かれているようで、広げられた紙は一番上の階、四階に当たるようです。
「中央棟の四階……こちらからさらに上がった場所となります。見取り図では部屋として作られたのではなく、構造上できた屋根裏の空間となります」
人が住まうように作られた部屋ではないと思っていました。あんな陽の光が入らない場所で、誰が暮らしたいと思うのでしょう。
いらなくなった家具を部屋に押し込めるかのように、公爵家はオーちゃんを屋根裏に閉じ込めたのです。
「そっか……うん、教えてくれてありがとう」
「いえ」
オーちゃんは無意識のように私の頭を撫で、ケネスに礼を言いました。
一つ、また一つとオーちゃんが諦めるのが感じられます。それは家族への期待や愛情、信頼などでしょう。
大丈夫ですよ、オーちゃん。私があのクソ家族以上の愛情と信頼をオーちゃんに注ぎますから。
スリッと頭をオーちゃんの手に擦り付ければ、私を抱くオーちゃんの腕の力が強くなりました。
「東棟の裏に回ると使用人棟があります。公爵家のお世話のため西棟で寝泊まりする侍従や侍女、兵士もおります」
前置きもなく始まる説明。これは屋敷の中の人が多い場所に注意するようにということですわね。
ケネスの説明と、これまで二人で歩き回った場所の記憶を立照らし合わせます。
そして最後に、ケネスは見取り図の中で不自然に目を引く赤い印に指を合わせました。
何も言われなくとも、この印が魔術のある場所だと分かります。
「不審だと感じた個所は、全部で五か所です。絞り込めず申し訳ありません。西棟の入り口ホールの階段は確実かと思います。公爵家の皆様であれば確実に通る場所です。また上級使用人や兵士もでしょう。もちろん私も何度も通ってきました」
使用人が使うように定められた通路はあるものの、直接的に公爵家に関わる使用人ならば必ず通る場所なのですね。
続いてケネスが挙げて行った場所も、公爵家が日々出入りする場所──食堂や馬車回しなど──でした。
そして今私たちがいる東棟、おもに客室がある棟にも調べるべき場所があるようです。
隣国から母親を訪ねてきたという”親戚”はしばらく東棟にも滞在していたそうで、その間に魔術が仕掛けられたのは確実でしょう。
「ではそこはすぐに調べられそうね」
「設置型の魔術は一度施されたら半永久的に周囲の魔力を使って動くそうです。調査の際はお気をつけて」
「ありがとう」
ケネスのアドバイスにオーちゃんはしっかりと頷きました。魔術の怖さはオーちゃんが身をもって知っています。
この屋敷全体を狂わせた魔術。
魔術が消えた時、公爵家はどうなるのでしょう。そこにオーちゃんへの愛情があるのか、それとも魔術の影響下に無くともオーちゃんを憎むのか。
それは分かりません。ですが隣国の手がこの国に伸ばされているのを見逃すわけにはまいりません。
妖精王の愛し子が虐げられた末に命を落としてしまったら、建国以来続いた妖精王と王族の契約も絶たれ、この国は妖精王の加護を失うでしょう。
そうなれば個々の人間と契約を結んでいた妖精たちも、徐々にこの国から離れていったはずです。
公爵家を蝕む魔術は、王国の崩壊へと繋がっているのです。
その時、不意にツキンッと頭が痛みました。
「キラン? どうしたの?」
「いえ……ちょっと何か、思い出しそうなことがあったのですが、なんでもありません」
妖精に直接的な痛覚はありません。高貴で何にも左右されない妖精、それが私、キランなのです。まぁ、全身が魔力で作られているからというのが理由ですけれども。
頭の痛みは恐らく何か、魔力を脅かすものを感じたのでしょう。それが何なのかは今は分かりませんが。
そっと頭を撫でてくれるオーちゃんの手に、一旦不快感は追い払うことにしました。
「最後になりましたが、愛し子様の味方候補のリストです。公爵家で起こっていることに介入するには王族が一番なので、貴族籍を持つ者を中心に上げてみました。愛し子に対する調査期間中にオーガスト様を保護してくださる人とつなぎを取るためです。まずはここから一人ずつ選んでいくのがいいかと思います」
「うん、ありがとう。まだ色々勉強中だから、ケネスがそうやって判断してくれるのがいい。人となりは僕とキランで確認しておくから」
「承知いたしました。では本日はこれで失礼いたします」
「うん、また」
「それじゃあね、ケネス」
深く礼を取り部屋を辞去するケネスを見送ります。
そして私たちは揃ってケネスの置いていったリストを覗き込みました。
「一人ずつ、見に行ってみたいな」
「ええ、そうしましょう」
オーちゃんが信頼して味方になって欲しいと思える人が一番です。
そうして私たちは一人ずつそっと会いに行くことに決めました。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウィーレリア王国王城の一室にて、エドマンド国王は上げられた報告に微かに目を広げた。
「鉱山の揺れがおさまった?」
「はい、それと共に毒ガスも消えたようです」
「そうか。だがしばらくは毒がいつ発生するか分からん。採掘の再開はまだするな」
「かしこまりました。現地で引き続き調査を続けます」
頭を下げて去っていく政務官。入れ替わりに次の担当者から報告が始まる。一つ終われば次の報告がもたらされる。
それらを聞くたび、エドマンドは先ほどと同じように驚きと共に安堵の息を吐く。
鉱山で続いていた地震が止み、毒ガスも消えた。
水位が下がり続けていた湖の水が、ここ半年で減少が止まった。
穀物を食べる害虫の発生が止んだ。
一つ一つは小さい。だが、重なれば国政を圧迫する。
そんな現象がここ数年続いていた。それが治まったのだ。
「愛し子は、まだ見つからぬか?」
「まことに残念ながら」
聞き飽きた答えだ。
喜ぶべき知らせに感情を露わにするでもなく、国王は体から力を抜いてその豪奢な椅子に背を預ける。
建国以来、妖精王に愛され、守られてきたウィーレリア王国。
だがそれに胡坐をかくようなことはせず、代々の国王たちは堅実に国を統治してきた。
しかしエドマンドの代になってしばらくして、妖精王が支配する自然に変化が起こった。良い方ではなく、悪い方へ。
そして先代の愛し子が隠れてから、すでに十年以上経つのに一向に見つからない愛し子。
自然が荒れることとの繋がりは明らかだった。
どこかで愛し子が不幸な目にあっている。早く見つけ、保護しなければいけない。
「……ここ最近で災害がおさまり始めた。それは愛し子の環境が変わったことの表れだと思うか?」
国王の問いに宰相は逡巡を振り払って頷く。
「はい。ですが現状維持、というようにも見えます。劇的に改善されたわけではなく、少し良くなった程度。そう感じられます」
「そう、だな」
顎髭の生えた口元をこすり、エドマンドは深く息を吐く。
このまま国内の作物の収穫が減ったり、鉱物の採掘が止まれば隣国に交渉してそれらを輸入しなくてはならないところだった。
まだ予断は許されないことは確か。今は一刻も早く愛し子を見つけなくては。
「偽物はもう飽きた」
「ははは、まさか愛し子の偽物が現れるとは、思ってもいませんでしたな」
「私もだ。そいつらの後ろにいる奴らが一向に見つからんのも気になる」
「ええ。魔術が使われているのは確かですのに」
初めて愛し子の偽物が現れたのは約四年前のこと。
探していた愛し子がやっと見つかったと、王国の中央は歓喜に溢れた。
だがその喜びはすぐに驚愕の事実によって怒りに変わった。
──その愛し子は偽物ですわ、お父様。
当時まだ健康だったころの愛娘が告げた。
愛し子ほどではないものの、妖精が見える瞳を持った、妖精に愛された姫であった。
愛し子を疑うことは妖精王を疑うこと。
恐れを抱きつつも愛し子を調べれば、奇怪な魔術が体に施されていた。そして事実が判明した数日後に、偽の愛し子は死んだ。
まだ六歳の幼い子供だった。何らかの思惑により偽の愛し子として送り込まれてきた子供。
不憫だと同情しつつ、その子供の背後関係をさらったが何も出てこなかった。愛し子を見つけたと報告した者ですら、忽然と姿を消していたのだ。
調査機関が調べ上げても分かったのは──魔術が使われているという点だけ。確たる証拠はない。だが、そこまでの魔術を用意できるのはそうそういない。
「隣国……ゾルバーン王国か。あそこの魔術は不快だ」
「魔力を捻じ曲げ、人までも捻じ曲げますから」
隣国ゾルバーンが関わっているのは濃厚だ。偽物の愛し子を作ることで、我がウィーレリア王国の目を逸らそうとしている。何から? 本物の愛し子からだ。
「ゾルバーンがすでに愛し子を手に入れたという最悪の想定は、これで外れそうか」
楽観視はできないが、少なくとも命が脅かされる状況は脱したと言えよう。
貴族から平民、そして名もなき見捨てられてしまった子らでさえも調査した。しかし十年探しても見つからない愛し子。
「ゾルバーンが関わっていると想定して探すなら、どこを探すべきか」
「そうですね。引き続きゾルバーンと交流のある貴族や商会を徹底的に調べましょう」
「ああ、頼む」
そう告げた国王に宰相は一つ礼をして去って行った。




