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白猫妖精と屋根裏公子の運命論  作者: BPUG


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Ep14. お引越し


 ケネスが魔術の呪縛から解放されて一週間。

 少しずつですが、オーちゃんの環境が改善されています。


「陽が入るし、ベッドもちゃんとしてるし。いいね、この部屋」

「愛し子のオーちゃんは王族と並ぶ待遇を受けてもいいというのに……公爵家、滅ぼしましょう。ぜひ、すぐに」


 くるりと部屋を見回して嬉しそうなオーちゃん。慎ましいオーちゃんの言葉に私の澄んだ青い両目から涙がこぼれてしまいそうです。

 いえ、すでにこぼれていました。


「ケネス、ありがとうございます。ここならばオーちゃんが健やかに過ごせると思います」

「いえ……公爵家の次男であり、愛し子であられるオーガスト様にこんな狭い部屋しかご用意できず、申し訳ない限りです」

「僕は全然ここでいいよ。庭も見えるし」


 そう言ってオーちゃんは前の部屋には無かった窓に近づきます。そこから、オーちゃんが私に名前を付けてくれた時のあの池と橋が見えます。

 私を振り返ってへへっと照れくさそうに笑うオーちゃんが何よりも崇高で輝かしく、私とケネスは同時にくぅっと目を押さえました。ケネス、あなた、良く分かっているわ。


 ケネスがオーちゃんのために用意した部屋は、公爵家一家の使う部屋とは離れていることと、使用人の往来が少ない場所にあることから選んだそうです。

 隣の部屋は使わない家具などが押し込まれている倉庫のようになっているのも、人が滅多に来ない理由の一つでしょう。


「外へ出るには、そちらの窓をお使いください」

「わぁ、部屋からすぐに外なんだ。すごいね」


 早速オーちゃんは窓の鍵を外し、押し開いて外を伺っています。身にまとっているのはきちんとアイロンがけされたシャツと、膝小僧がでる丈の短いズボンです。

 これももちろんケネスが準備したものです。ケネス、あなた、よく分かっているわ!

 長らく放置されて伸びっぱなしのオーちゃんの黒髪も、ケネスの手によって丁寧に切りそろえられ、今は私の美しい毛と同じ白いリボンで一つに結ばれています。ケネス、あなた、完璧すぎますわ!


 オーちゃんと出会って一年はとうにすぎました。その間、妖精であり人間の衣食住に関して知識の浅かった私が用意できたのは食だけでした。

 ですが、これで衣と住が揃ったことになります。悔しいですが、ケネスのおかげですわね。

 屋敷を知り尽くしたケネスをオーちゃんの味方にできたことは、私の妖精としての生涯の誇りとなるでしょう。


「今まで使った部屋は私の方で管理します。不定期で届けられている食事に関してはそのままにしてよろしいのでしょうか」

「ええ、それでいいわ。ね、オーちゃん」

「うん。キランに教えてもらった魔法を飛ばして、時々様子を見ておくから」


 ドッペルゲンガー魔法でオーちゃんがまだあの部屋にいることを偽装しつつ、食事がはこばれてきたら回収できるよう監視できるのです。

 私が直接見に行くのもいいですが、オーちゃんのドッペルゲンガー魔法の上達にも繋がりますもの。ここはオーちゃんに任せます。

 ケネスに答えるオーちゃんの顔にも、以前はなかった自信が浮かんでいます。凛々しくて素敵ですわ、オーちゃん。


 以前の部屋に比べたら五倍近くありそうですが、公爵家次男として扱われていたらこの十倍は広い部屋に住んでいたでしょう。一つではなく、何部屋も続くような部屋に。

 それでもオーちゃんは嬉しそうに部屋の中に置かれた家具の扉を開けては、ニコニコとご機嫌に笑っています。


「オーガスト様、キラン様。お伝えしておかなくてはならない重要なことがあります。今、この国における愛し子に関する国の対応です」


 手を体の前で組み話始めたケネスに気づいて、オーちゃんは書き物机の前に置かれた木の椅子に座りました。私はすかさずその膝に飛び乗ります。


「オーガスト様がお生まれになった年、この国には吉兆と言える現象がいくつも起こりました。幻の花が咲き乱れたり、枯れた大地に水が湧き出たりしたのです」


 愛し子の誕生を妖精王が祝福したから起こったことですわね。当然です。誇らしげにツンッと鼻を上げると、オーちゃんが小さく微笑みます。

 対して、ケネスは片眼鏡の奥で視線を落として続けました。


「しかしながら……ご存じの通り、愛し子が見つからなかったため、国王は愛し子を見つけたら国に報告するようにとお触れを出しました。おそらくオーガスト様が二歳か三歳ころのことだったと」


 そうです。オーちゃんはここにいます。いまだ、愛し子だと気づかれぬままに。

 愛し子は国を豊かにする存在。国の最高位である国王が必死になって探すのは当たり前です。


「そのお触れが出てからしばらくは何もありませんでした。ですが四、五年ほど前、ある男が愛し子だという子供を連れて王城に現れました」

「なんてこと!」


 ピンッと全身の毛が逆立ちます。

 妖精王の愛し子だと偽るだなんて、妖精や精霊の加護を失うも同義。そんなことをする人間がいるだなんて信じられませんわ!


「もちろん、しばらくしてその子供は偽物だと判明しました。ですがそれ以降もたびたび愛し子だと名乗る者が出てくるのです。それにより今では、愛し子と名乗る者に対して厳しい審査と調査がされるようになりました。恐らく、オーガスト様が愛し子だと申し出ても同じようにされるでしょう」


 ケネスの組まれた手にぐっと力が入るのが分かりました。悔しいのですね。歓迎されるべき愛し子がそのような扱いをされることが。

 それに今の話で、ケネスがなぜオーちゃんを一旦この部屋に移動させるだけに留めたのかが分かりました。

 大人であるケネスならばもっと大胆に動けるかとも思いましたのに。


「つまり、あなたが言いたいのは、ここから逃げ出して愛し子だとオーちゃんが国に訴えても、すぐに愛し子として認められず、反対にこの公爵家に連れ戻されたり、もしかしたら隣国の魔術師によって命が脅かされる可能性があるということかしら?」

「はい。その通りでございます。本来ならば今すぐにでもこの公爵家から出るべきだとは思いますが、確実にオーガスト様が保護され、身の安全が保障されない限りはかえって危険かと」


 公爵家の人間はオーちゃんが愛し子だと気づいていないでしょう。しかし隣国は確実に知っています。

 ケネスの話はまだ続きます。十歳の、監禁されていたオーちゃんに聞かせるというよりは、オーちゃんを守る私に向けて、人間たちの現状がどうなっているかを伝えるためでしょう。


 この五年ほど、王国でいくつもの災害が発生しており、作物の収穫量も緩やかに減少していること。

 最近では足りなくなった食料を補うため、隣国から食料の輸入が検討されていること。


「……それは隣国にとって大歓迎でしょうね」

「ええ。オーガスト様が愛し子であると分かった時から、着実にこの国にその手を伸ばすのを狙っていたはずですから」


 オーちゃんがあの部屋に閉じ込められたのは六歳ごろと聞いています。偽物が出てきたのもその頃でしょう。

 それから四年。徐々に弱っていく王国を隣国はじっと待っているだけで良かったのです。


「疲弊した王国が隣国に助けを求めた時こそが、隣国が狙っていた瞬間です。その時点で、隣国にとってオーガスト様は生きながらえさせていても意味がない存在であり、王国に更なるダメージを与えるためにその命を奪いに来るでしょう」

「そんなことはさせません!」

「いてて」

「あ、オーちゃん。ごめんなさい」


 オーちゃんの膝上で立ち上がり、思わずシャーッと爪を立ててしまいました。つい、我慢がならなかったものですから。ごめんなさい、オーちゃん。

 この家は確実に魔術で監視されています。もし魔術の影響から逃れた人間が一気に多数出たら、魔術師は訝しんでここにやってくるでしょう。そして確実にオーちゃんの状況を把握しようとするはずです。


「現時点で、大きな動きは取れません。ですが少し数が減ったくらいであれば、対象者が公爵家を辞めたなどと考えるはずです」


 ケネスの説明で、まだまだオーちゃんは危険な状況にいると理解しました。オーちゃんも話をすべて分かっていなくとも、自分の命が狙われているのだと気づいて私の体を強く抱きしめました。

 でもこれで公爵家からすぐに逃げ出すことが危険であること、またこの屋敷内で大っぴらに動くことができないことも分かりました。


「ケネス、私たちはこれからどうすべきかしら?」


 私は初老の人間、ケネスを見上げて尋ねました。

 彼の片眼鏡の奥の瞳が私を真摯に見つめ返しました。



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