Ep13. 魔法と魔術
翌日、ドッペルゲンガー魔法とゴースト魔法を使ってオーちゃんと一緒に私は屋敷の中へとくりだしました。
私もオーちゃんも、この国や周囲の国については詳しくありません。高貴で優秀な私は妖精王が関わる建国の歴史については把握しているものの、それ以外の人間の勢力など興味がなかったからです。
昨夜のケネスの話を深く理解するには、この国と隣国の関係や、隣国の歴史を学ぶ必要があると感じました。
ケネスが昨日見回っていた場所には、人間の本がたくさん収められた場所がありました。そこへ二人で赴くと、オーちゃんを案内すると昨日もいたこの部屋の番人がカウンターにいました。
「オーちゃん、あの番人を眠らせてもよいかしら」
「あっちは僕たちが見えてないのに?」
「リラックスして堂々と本を読みたいんですもの」
「ははっ、そうだね。あの部屋で読むよりこっちの方が心地が良さそうだし」
本が傷まないように光は抑えられていますが、読書用の柔らかなソファが置かれている場所があります。そこには窓から柔らかな光が入って、並んで本を見るには最適なように思えます。
オーちゃんの許可を得たので、トンッと軽くジャンプしてカウンターに乗り、番人に向けて催眠の魔法を掛けました。
番人の目はトロンッとなり、数秒後には突っ伏して寝始めました。これで私が魔法を解くか大きな衝撃を与えるまでは寝ていることでしょう。
「便利な魔法だね。今度教えてくれる?」
「ええ、もちろんですわ。さて、昨日見た本棚は確かこちらだったと……」
本がありそうな棚にあたりを付けて進むと、昨日も見たこの国の建国史や公爵家の系図があり、そしてその近くには地理学と政治学などの本がありました。
「う……キラン、これはちょっと僕には難しそうだ」
オーちゃんはパラパラとめくって顔を顰めました。私もその腕に乗せてもらっ覗き込むと文字がびっしりとあり、ところどころに絵があるくらいなのが分かりました。
確かに、簡単な文字や単語を学んでいる段階のオーちゃんにはこれは難しそうですわね。
「ケネスにもっと分かりやすい本を見つけて持ってくるように頼みましょう」
「……うん」
本を閉じ、オーちゃんが悔しそうな顔でうなだれます。
その腕にそっと頭をこすりつけます。
「大丈夫よ、オーちゃん。オーちゃんならすぐにすらすらと読めるようになるわ」
「ありがと、キラン」
「せっかくここまで来ましたし、番人も寝ているのでオーちゃんが読めそうな本を探してみましょう」
「そうだね」
オーちゃんの腕に抱かれたまま二人で本棚の間を巡り、興味を引く本をいくつか見つけました。
それらをソファまで持って行き、オーちゃんは早速本を広げました。私は亜空間からポットとカップを取り出してお茶を注ぎ、サイドテーブルに置きます。
「本を読みながら飲んでいいのかな?」
「こぼしてもすぐに魔法で綺麗にすれば大丈夫でしょう」
リラックスして読書するのを楽しむ人間は多いようですよと告げれば、オーちゃんは一旦本を膝に置いてからお茶を飲んで息を吐きました。
隠れて屋敷を歩き回るのに慣れてきたとはいえ、初めての場所に来てやはり緊張もしていたようです。私はできる妖精ですから、こうやって細やかにオーちゃんのサポートをするのも慣れたものですわ。
「これは魔法の基本が書いてあるから借りてみた」
「いいですね。妖精は生まれてすぐに魔法を使うのが当たり前で、使い方は教えられても人間がどう捉えているかは知りませんので」
子供向けよりもやや難しいようにも見えますが、すでに魔法を取得しているので言葉と理解している部分を照らし合わせつつ読めばよさそうです。
オーちゃんが新しい言葉を覚えるのにも役立ちそうですわね。
必要になった時のためにペンとメモも一緒に置くと、気づいたオーちゃんが目元を和らげました。
オーちゃんの膝は本に取られてしまいましたから、私はぴっとりと太ももに体をくっつけてオーちゃんがゆっくりとページをめくるのを横から眺めます。
時折言葉の意味や発音を尋ねるオーちゃんに答えていると、ふとオーちゃんが疑問を口にしました。
「この国は魔法を使う。そして隣国は魔術を使う。この二つの違いは何?」
「あら、それはとてもいい質問ね!」
このスフォルト公爵家が陥っている状況には、魔術が深く関係しています。
それを理解するためにも、魔法と魔術の違いを認識しているのはとても重要です。さすが私の選んだご主人様、愛するオーちゃんですわ。
「この世界には魔力が溢れています。その使い方が魔法と魔術では大きく異なります。オーちゃんが知っている魔法とはどのようなものですか?」
私の質問に、オーちゃんは本を撫でながら「自分の魔力と、世界にある魔力をつなげて、形にする……感じ?」と答えました。
「いい答えです」
すりっと鼻先をオーちゃんの腕にこすりつけて言うと、オーちゃんはほっと安心した顔になりました。もっと、もっと自信をつけて欲しいですが、これは一日二日で為せるものではありません。
焦らず、ゆっくりいきましょう。オーちゃんが大人になる頃には何にも臆することなく、自由に発言できるようになるでしょうから。
「魔法は自分の望むことを自分の魔力に働きかけ、そして世界と調和させることで発動させます。そしてこの国が特に魔法大国とされているのは、妖精とのつながりが深いためですが、その理由は妖精が魔力でできているからです」
「つまり、キランも魔力でできるの?」
「ええ、そうです。今私は猫の形ですが、魔力なので自由に姿を変えることができます。私の魔力が猫の形を好むからです。もしオーちゃんが望むならば、犬でも馬でもなんにでもなれますのよ?」
「……僕は、猫のキランが好きだ」
「嬉しいですわ。私もこの姿が気に入っています」
自然界で生まれる、魔力が生き物の形を取った妖精と懇意になることにより、魔力を使って魔法を発動させるのがスムーズとなります。
それは妖精が契約主の意図をくみ取って、具現化して魔法へと変換するのを助けるからです。
私の説明に真剣に頷くオーちゃん。本当にいい生徒ですわね。
「では次に魔術ですが、魔法がどちらかと言えば直感的なのに対して、魔術は術と呼ばれるだけあって理論で構成されています」
「りろん」
「ええ。自分の魔力ではなく、自然界にある魔力を集める術式を組み、そこからあらかじめ施した陣を発動させて魔法と同じ現象を再現するのです」
「術式と、陣……よく分からない」
「そうですね。例えで考えてみましょうか。水をくむ時、魔法は川からバケツなどを使って汲み上げるイメージです。それに対して魔術は水車を作ったり、川を塞いで水を得ます」
「それは……なんかずるくない?」
視線を上に向けてちょっと考えてから、オーちゃんは口を尖らせました。
もう、オーちゃんったらなんでそんなに可愛いのですか。心が震えて鼻息が飛んでいっていまいますわ。
「ふふっ、そうかもしれません。魔法が一人一人の持つ魔力や妖精、精霊との関わりによって変わるのに対して、魔術は一度作られた公式、方法は誰にでも手にすることができます。どちらがいいかは、人間が選ぶでしょう」
「僕は、キランと一緒にいられる魔法がいい」
「私も、オーちゃんが魔法を使ってくれて嬉しいですわ」
本とオーちゃんのお腹の間に体をねじ込み、オーちゃんの膝、というかお腹の上に無理矢理座ります。
オーちゃんは笑って私の背中を撫でてくれます。
「キラン、ありがとうね」
突然の感謝の言葉。見上げれば、オーちゃんの深い夜のような藍色の瞳が私を見詰めています。
何に対してなのでしょう。魔術について教えてあげたこと? 一緒にいること? こうやってオーちゃんに触れること?
そのすべてであって、どれでもないような気がします。だから私は本心で答えるだけです。
「いいのよ。私はオーちゃんが大好きですもの」
オーちゃんの優しい手が一度止まり、そして再び私の背を撫でました。
小さな声が「僕も」と囁くのが聞こえました。




