Ep12. 敵国の手
オーちゃんの母親は、オーちゃんの魔力が制御しきれないほどに大きいこと、そして周囲に妖精や精霊を感じ出して不安になったそうです。
隣国は魔法ではなく魔術を使う国。妖精や精霊の存在は一般的に知られていないからこそ、恐怖を覚えたのでしょう。
そこまでは正しい母親でした。しかし助けを求めた相手が間違っていました。
この国ではなく、母国に連絡を取ったのです。そして隣国はオーちゃんが愛し子だということを理解した上で、「危険な子供だ」と母親に告げたのです。
さらにはオーちゃんの魔力を捻じ曲げ、この屋敷に住む人たちの認識を阻害するために、隣国は魔術師を送りこんできました。
「お父上は母上が隣国から魔術師を呼んだり、オーガスト様をこのように扱うことに対して何の反対もしませんでした。私のように古くから公爵家に仕える者はやめるべきだとお止めしたのですが、聞く耳を持たず……」
「ばあや……昔、ばあやが僕は悪魔じゃないって言ってくれた」
「ええ。オーガスト様の乳母として仕えていた女性も、オーガスト様は愛し子だと確信しておりました」
ケネスは組んだ手に力を入れ顔を歪めました。
「私……私は……うっ」
目を瞑りふらつくケネス。私はオーちゃんの膝から飛び降り、蹲ってしまったケネスの額に自分の額を当てます。
グルグルと曲がってまっすぐに進むはずの魔力が阻害されているのが感じ取れました。これは長年魔術の影響下にあったせいでしょう。
私が妖精の力を用いて魔術をはじいたとはいえ、ケネスの体はその精神の奥底まで蝕まれてしまっているのです。
「ニャアァ~ウ」
細く鳴いて、彼を落ち着ける共に癒しの魔法を施します。
瞳孔の激しい揺れがおさまり、焦点がピッタリと私の青い瞳と合いました。
「キラン、様」
「今日はこのくらいにしましょう。一晩で乗り越えるには衝撃が大きすぎたようです」
「大変申し訳ありません」
額から汗を流したケネスが私とオーちゃんに深く頭を垂れます。
私はオーちゃんの膝の上に戻り、彼の手がまた私の背に触れるのを受け止めました。
「……ケネス、君にはまず二つ、お願いがある」
命令と言ってもいいよ、オーちゃん。でもオーちゃんは奥ゆかしいから、そんな尊大な言葉は使わない方が似合いそうですわね。
オーちゃんは私の首元から尻尾までをすうっと撫で、「一つは、この屋敷にある魔術の場所を特定して欲しい」と言いました。
「絞り込めなければ候補だけでも。あとはキランと僕がどうにかするから」
「かしこまりました」
「それから二つ目は、僕たちの味方になりそうな人をあと一人か二人、見つけて欲しい。この公爵家内部の人間でもいいし、外部でもいい」
「……基準は、ありますでしょうか」
ケネスの質問にオーちゃんは少し考えて緩く頭を振りました。
「僕はこの部屋くらいしか知らない。だからどんな人が僕に味方になってくれるかとか全然分からない。ケネスが迷う時にはキランに聞いて。キランが認める人間だったら誰でもいい」
「承知いたしました」
落ち着きを取り戻し、背筋を伸ばしたケネスの瞳には力強い意志が見られます。
彼ならば、オーちゃんの依頼を確実に遂行してくれるでしょう。もちろん、私もオーちゃんの信頼される妖精としてケネスを助けるつもりですわ。
「それじゃ、もう行っていいよ。夜遅く呼び出してすまなかったね」
「いえ、滅相もございません。オーガスト様に再びお会いできたこと、愛し子様に仕える者となれたこと……この時間は至上の喜びでございます」
そのまま主従の誓いでも立てそうなケネスに、オーちゃんは私にだけ聞こえるような小さなため息をつきました。
妖精の愛し子という存在が周りからどのようにみられるのか、まだまだ実感がないのですから仕方がありません。
ケネスもそんなオーちゃんの心情を理解したようで、私を一瞥してから「信頼を得るには時間と行動が必要ですね」と呟いた。
ええ、あなたな正しいわ。オーちゃんがケネスを信頼しているのは私がここへ連れてきたからというだけですもの。
本当の味方であると受け入れてもらうには、ケネス自身に頑張ってもらわないとですわ。
「それでは、本日は失礼いたします。お休みなさいませ」
「お休み」
床から階下に続く階段をゆっくりと下りて消えていくケネスを、ベッドに座ったまま二人で見送ります。
パタンッと床板が閉じ、私たちだけになりました。厳密には、自我の無い精霊が灯り代わりに漂っておりますけれど。
「ふぅ……」
「オーちゃん? どうしたましたの? 疲れてしまったかしら?」
ため息とともに、私の体をむぎゅうっと抱きしめるオーちゃん。
夜も遅い時間です。子供はぐっすり寝ているべきです。
尻尾でオーちゃんの肩を撫でると、オーちゃんがガバリと勢いよく顔を上げました。
「……キランのうわき者」
「へ!? え? 突然なんですの!?」
ピンッと髭と毛が私の意思に反して立ち上がります。
でもそれも仕方がありません。だってオーちゃんにそんな不名誉な呼び名で呼ばれるだなんて、使い慣れていない言葉なせいで、ちょっと舌足らずな感じは可愛いですけれども!
驚愕を超えて感情が高ぶって息が止まりそうです。妖精は息ができなくとも死なないのは幸いですわ!
「なに、あれ。べたべたケネスにくっついちゃって」
「え……くっついてましたかしら?」
「くっついてた! キランは僕のなのに!」
むぎゅむぎゅと両腕の力が強くなります。オーちゃんに言われて先ほどのケネスとのやり取りを思い返しますが、まったく思い当たりません。
いつも屋敷の人間にしていること同じような接触範囲であったように思うのですが。
それにしても……ケネスに嫉妬する、オーちゃん、可愛すぎません? キランはオーちゃんのもの。ええ、そうですとも。キランはオーちゃんのためだけの妖精です。
「オーちゃん? ちゃんと教えていただけますかしら? 大好きなオーちゃんの嫌だと思うことはしたくありませんから」
優しく尻尾でオーちゃんの腕を撫でます。鼻先をすりっとほっぺにあてれば、オーちゃんの顔がおずおずと上がりました。
暗い部屋の中で、間近で互いの瞳を見つめ合います。
藍色の中に煌めく銀色。瞳の中で揺れる魔力は、まるで嫉妬の炎のようです。
「……ケネスと頭くっつけてた」
「そうでしたかしら?」
「そうだよ。僕も、やったことないのに」
プイッと視線がそらされました。なんて、可愛らしい嫉妬でしょう。
ケネスに額をくっつけたのは、確か魔術の影響で苦しむケネスを癒した時ですわね。彼の魔力の状態を確認するためでもありました。
オーちゃんの横顔を見上げると、パチリと視線が合い、そしてすぐに逸らされました。ふふっ、いじけて見せても、こっちが気になって仕方がないのですね。
ずっと一人だったオーちゃんがこんな我がままを言うなんて、私に我がままを言ってくれるだなんて、なんて嬉しいことでしょう。
「オーちゃん、傷つけてごめんなさい。キランのこと、許してくれるかしら?」
「……もう、しない?」
「ええ、しませんわ。するとしたら、オーちゃんとだけです」
「僕と、してくれる?」
「ええ、もちろんです」
オーちゃんの腕に前足を置いて、思いっきり背伸びをします。
するとオーちゃんの顔が下りてきて、私の小さな額と合わさりました。妖精王から愛された愛し子の温かな魔力が流れ込んできます。
「キラン……大好きだよ」
「私も大好きです。オーちゃん、大好き」
すりっと合わせた額をこすりつけて、互いの鼻も触れ合って、瞳の中にお互いの姿を映しあって私たちは微笑みを交わします。
大好きという言葉が真実であることを、確かめ合います。
(契約主と相思、相愛ですわ!)
妖精とその契約主の絆は、互いの信頼や愛情によって強くなります。そして強くなった絆はお互いの魔力や魔法を高めてくれるのです。
「最初は契約なんてッて思ったけど、いいね、コレ。キランの気持ちが伝わってくる」
「大好きって分かってくれますか?」
「うん。ありがとう。キランがいるから、僕は生きていける」
額を合わせたままで幸福そうにため息を吐くオーちゃん。もっともっとたくさん幸せがあるのだと知ってもらいたくなります。
でもその一方で、私といる時以上に幸せにならないでと思う気持ちも湧いてくるのです。駄目ですね、こんな妖精。
舌を出してサリッとオーちゃんの鼻を舐めると、オーちゃんはくすぐったそうに目を細めて肩を揺らします。
「寝ますよ、オーちゃん。人間の子供は早く寝ないと大きくなれないそうです」
「分かった」
私がリネン室から持ってきた清潔なシーツの間に体を滑り込ませ、オーちゃんはそっとシーツの端を持ち上げます。
誘われるがままに私もするりとその中に入り、温かなオーちゃんの胸元に丸くなりました。
「お休み、キラン」
「お休み、オーちゃん」
いい夢を。




