Ep11. 悪魔の子の真実
夜になり、私は狭い部屋のベッドに腰かけるオーちゃんを見上げて告げます。
「では、行ってきますね。オーちゃんはここで待っていてください。あの人間を連れてきますから」
「キラン……本当に大丈夫?」
私のことを心配してくれるオーちゃん。なんて優しい子なのでしょう。
だからこそ、これからこの子がもっと幸せになれるように私が頑張らなくては。
私キランこそが! オーちゃんの! 契約精霊ですから!
「大丈夫です。この屋敷のことを詳しく知るためにも、あのケネスという人間はオーちゃんの役に立つはずですわ。憎らしいあの魔術ならば、オーちゃんの妖精となり力を得たこの私キランが、パシッと解いてみせます」
「そ、そう? キランは勇敢だね」
「オーちゃんのためですから!」
フンスッと胸を張るとオーちゃんが笑って私の頭を撫でてくれます。
外にも出られるようになって、最近は少しずつオーちゃんが笑ってくれるようになりました。その笑顔を見るだけでふわふわと幸せになれますの。
オーちゃんからたっぷり愛情と勇気と信頼をもらい、私はするりと屋根裏の隙間を抜けて階下に降ります。
目指すはあの人間、ケネスの寝床ですわ。
「ん? フランソワ? こんなとこまで来て、どうしたんだい?」
昼間のうちに調べておいたケネスの寝床までたどり着くと、人間が寝る時の装いを身に着けたケネスが私を見つけました。特徴的な片眼鏡も外されています。
年を取った人間は寝るのが早いと思っていましたが、起きていたのは僥倖ですわね。
「今日はここで寝るのかな?」
しゃがみ込んでケネスが私を撫でようと手を伸ばしました。
今です!
「ンニャ!」
気合の声と共に、前足をペタンッとケネスの頬に押し付けました。健康的になってきたオーちゃんのプルンッとしたほっぺよりも、やや弾力の無い感触が返ってきます。
パチンッと何かが弾ける音。
それと同時、ケネスがへたりとその場に腰を落としました。
「う……今のは?」
緩く頭を振り、ケネスが頭を押さえます。
やはり、魔術。彼の思考を阻害する悪質なまじないが施されていました。
恐らく彼だけを狙ったのではなく......どこかに魔術が仕掛けられていてそこに出入りする人間を対象としているのでしょう。
それがこの屋敷全体なのか、あるいはもっと狭い範囲なのかは調べてみなければ分かりませんが。
魔術を解いただけではケネスはオーちゃんのことを思い出すことはないでしょう。ですから私は今から彼をオーちゃんのところまで導きます。
「ケネス、目が覚めましたか?」
「え?」
彼の名を呼んで私が語り掛けるとケネスは驚いて顔を上げ、あたりを見回します。
それから私と目を合わせ、はっとしたように体を揺らしました。
「私は妖精キラン。今からあなたを私の契約主のところまで案内します」
「妖精? まさか……本当に?」
「他に喋る動物を知っているのでしたら」
ゆらりと尻尾を揺らすと、ケネスは唇を引き締めてから頷きました。
理解が早いですわね。
「妖精様に直接語り掛けていただけることは光栄でございます。ぜひ、契約主様のところまでお導きください」
完璧な答え。この人間は妖精の契約のことも全て理解しています。
にまりと笑い、髭を揺らして私はクルリと体を反転させました。
「ついてきなさい」
「はい」
そして真実を知り、絶望するといいわ。
屋敷の中を進み、どんどん人気がなく、暗く、汚れた場所へ入っていく私に、ケネスが戸惑っているのを感じます。
契約主がこの先にいると知らなければ、私についてくることなどなかったでしょう。
「こっちよ」
屋根裏に上る最後の階段の前で止まり、私はケネスに告げます。
ケネスはほぼ梯子に近い急な階段を前に唖然としています。「こんなところに、人が?」と呟く声が聞こえました。
「足元に気を付けて。脆い場所もあるから」
「は、はい。ありがとうございます」
トントントンッと階段を上り、魔法で板を押し上げて屋根裏へ、私の可愛い契約主オーちゃんが待つ部屋へと入ります。
「ただいま、オーちゃん」
「キラン、おかえり」
床を蹴ってオーちゃんの腕の中に飛び込みます。すぐに優しい手が私のふわふわな毛を撫でてくれました。ああ、至福の時。
オーちゃんの手がピクリと震えたのを感じ、私は視線を床へ向けました。今はずらされた床の扉から、ケネスがおずおずと顔を覗かせ、そして這いつくばるように部屋の中へと入ってきました。
「ここは……」
真っ暗で中がはっきりと見えないのでしょう。私は精霊たちを呼び、部屋を明るくしました。
ポツポツと淡く灯った光に、ケネスがほっと息を吐きました。
「ようこそ、ケネス」
そのケネスに向けて、オーちゃん自ら声をかけました。
ビクッと大きくケネスの体が震え、床に手をついたままこちらを見上げます。
その両目が大きく見開かれました。わなわなと震える唇から言葉が次々とこぼれ落ちます。
「あ、あなたは……あ……ああ! もしやオーガスト様!? なぜ、こんなところに……いや、妖精の、契約主……!」
オーちゃんのことを思い出し、そして彼の周囲に起こっていた現象を思い出し、そして真実にたどり着く。
やはりこの人間は敏い。憎き魔術などなければ、彼は真実をすぐに見いだせるのです。
「なぜ悪魔などと……! あなたは妖精の愛し子でしたのに!」
魔術によって塞がれていた記憶が蘇ったのでしょう。彼はオーちゃんが今までに受けた仕打ちを次々と思いだし、苦悩のあまりに涙を流し始めました。
そんな後悔、オーちゃんが今まで受けた虐待に比べれば爪の先ほどの痛みですわ。
オーちゃんは表情を動かすことなく、まるで心のよすがを求めるように私の背を撫で続けます。
ここに閉じ込められるようになってから、食事を放り込む使用人を除けば初めての人間との対面です。オーちゃんの心が乱れてしまうのも仕方ありません。
尻尾をオーちゃんの腕に巻きつけ、私とオーちゃんはケネスを見下ろします。
もともと冷静な男です。
真実を知り動揺しても、数分のうちにわずかな心の乱れを残しつつも落ち着きを取り戻した。
「……見苦しい姿をお見せし、失礼いたしました」
深く深呼吸をし、ケネスは片膝をついて頭を深く下げました。
「この家の家令を務めておりますケネスと申します。妖精の愛し子であるオーガスト・スフォルト様にお目通りが叶い、大変に光栄に存じます」
跪き、胸に手を置く姿は高貴な存在への恭順を誓う証。
それを見たオーちゃんはことさらゆっくり私の背を撫でた後、小さく息を吐いてから告げました。
「楽にして、ケネス。これから君にはいろいろ動いてもらうつもりだから」
「はい」
一礼して立ち上がったケネスは、猫に優しい人間でも、仕事に忠実な人間でもなく、確固とした信念を持った人間に見せました。目に灯った光の強さが違います。
やっぱりこの男を選んで正解だったわ。
「まず教えておきたいのは、僕を見つけて助けてくれたのはキランだ。だからキランが言うことは絶対と思って」
「畏まりました。キラン様、改めて私をここにお導きくださり感謝いたします」
「いいのよ。あなたがオーちゃんの力になってくれると信じるにたる善良な人格だったからだこそ、だもの」
私の”オーちゃん”呼びに若干戸惑った様子をみせたものの、ケネスは私に向けて再び礼をしました。
オーちゃんは私の背を撫で、感情のこもらない藍の瞳でケネスを見て告げました。
「僕が妖精の愛し子であることは明らかだってキランは教えてくれた。それなのにこの境遇にいるのは僕の家族がおかしいって。ケネス、なぜ僕の家族はおかしい? なんで......僕を悪魔と呼んだんだろう?」
家族が自分を認めてくれない辛さを長く味わってきたオーちゃん。
震える声に胸が痛みます。私を抱く腕をサリサリと舐めれば、オーちゃんが私を見て小さく笑ってくれました。
傷つかないで、オーちゃん。私があなたを愛しているのですから。家族が束になってきても私の愛にはかなわなくてよ。
「現公爵様、オーガスト様のお父上は本来であれば、公爵家を継ぐ予定ではございませんでした」
冷静なケネスの声に私たちは彼へと視線を向けます。
体の前で手を組み、ケネスは続けました。
「お父上は前公爵様の三男で、若い頃に隣国へと留学し、そしてそのままその地で結婚をされました。ですが跡継ぎである長男と次男が次々に亡くなり、前公爵様はお父上を呼び戻されました」
その時にオーちゃんの兄はすでに生まれていたため、父親は母親と息子を連れてこの国に戻ってきました。
そして前公爵が亡くなった後、父親は公爵となり、オーちゃんが産まれたのです。
ここまでは単なる家族の歴史にすぎません。そこからなぜオーちゃんが悪魔と呼ばれるようになったのか、そしてこの家に掛けられている魔術の可能性についてケネスは語りました。
「前公爵様は、あの嫁を、オーガスト様の母親をこの公爵家に入れてはいけなかったのです。隣国は今は我が国と友好的ですが、結局は愛し子によって繫栄する我が国を妬み、あわよくば足元を掬おうと虎視眈々と狙っている敵なのです」




