Ep10. 家令ケネス
オーちゃんと出会ってから、間もなく一年となります。
その間にオーちゃんにせっせと食事を運び、魔法を教え、一般教養も教え、体力をつけさせ、外にも連れ出しました。
ですが私は決してオーちゃんだけにかかりきりになっていたわけではありません。
私キランは高貴で美麗な妖精ですがそれだけではなく、賢さも兼ね備えた稀有な存在ですもの。
私はオーちゃんへ非道な仕打ちをしたスフォルト公爵家がどんな家なのか、くまなく調べて回りました。
人間の建国王と妖精王様が手を取り合って作り上げたというこの国の成り立ちを知っていれば、妖精の愛し子に対してあのような振る舞いができるはずはありません。
公爵家にいる人間がその位にふさわしくない人間であることは明らかです。
ではなぜそのような者が公爵という王族に次ぐ地位にいるのか。私はその理由を調べて回ることにしたのです。
「お、フランソワ。今日も別嬪さんだね」
優しい笑みを浮かべた男が私を見て呼びかけます。
ぴっちりと細身のスーツを着込んだ彼は片眼鏡をつけており、その髪は年齢にふさわしく白髪となっています。
確か、人間をまとめる役の......カレーと言ったかしら。いえ、家令、ですわね。
「にゃお~ん」
「おやおや、服に毛がついてしまうなぁ」
足にすり寄った私に笑いながら文句を言って、手袋をした手で背中を撫でてくれます。心地いい気を持った人間です。
「今から部屋の確認に行くんだ。フランソワも行くかい?」
「にゃ~ん」
初老の人間の誘いに私は一声鳴いて、彼の歩みに続きました。
彼は一つ一つの部屋を開け、中を回り、装飾品や調度品が損なわれていないか、きちんと管理されているか確認していきます。
使われていない客室、めったに人の入らない遊戯室まで。
窓の鍵がきちんと締まっているか、バルコニーに枝が伸びて不審者が入りやすくなっていないか。
私はじっくり彼の様子を観察しました。
(こんなに忠実な人間であれば、確実に建国史を尊重するはず。それなのになぜオーちゃんの現状が放置されているのかしら)
人間の使用人は上司の命令は絶対と聞きます。だからこの男も逆らえないのでしょうか。
でもこうやって丁寧で勤勉な男が、何もしないとは思えません。
あるいは……あの気味の悪い魔術によって、人間も影響を受けている、とか?
見えない妖精にまで影響する魔術です。人間に影響が出ないなどありえません。
これは、もっとじっくりこの家の使用人を見て回るべきでしょう。そしてその中で、オーちゃんの味方になってくれそうな人間を見つけるのです。
まずは、この人間から。
適度に公爵家の屋敷内で権威があり、公爵家のなりたちを知っていそうな人物。
「フランソワ、次は図書室だよ。本には触らないようにね」
「にゃん」
「本当に君は賢いね。私の言葉を分かっているようだ」
ええ、分かっていますとも。
私を見下ろして片眼鏡の奥で目を細める人間に言ってやりたいです。
「ケネス様、見回りですか?」
「ええ、コール。先月修繕をお願いした本はどうなってるかい?」
「すでに修繕を終えて、本棚に戻してあります。今月は今のところなさそうです」
「ありがとう。それじゃ少し中を歩かせてもらうよ。ああ、フランソワもいるが気にしないでくれ」
「ああ、猫ちゃんも一緒でしたか」
「んな~う」
この本の部屋の番人がカウンターから身を乗り出して、私を見て笑います。鼻の上にそばかすが散った、愛嬌のある顔です。
ケネスと呼ばれたこの屋敷の管理人が本棚の間を進むのに合わせて、私も整然と並んだ本を見上げます。
そしてその中に、建国記やこの公爵家の歴史がまとめられた本を見つけました。
もしかしたらあの中にこの公爵家が堕落した理由が分かる何かが記されているかもしれません。
「んにゃ、にゃ~う」
「フランソワ? どうしたんだい? 君が抱っこをねだるなんて珍しいね」
「にゃう」
ケネスという人間の足を爪をひっこめた両足でカリカリと掻くと、彼は私をそっと抱き上げました。胴体とお尻を守る抱き方は手慣れた様子がうかがえます。
視界が高くなり、見たかった本がすぐそばに近づきました。
本を亜空間にしまいたいけれど、この人間の目の前ではできません。あとで戻ってきてじっくりと見ることにしましょう。
「フランソワも本に興味があるのかい? でもこのあたりはあまり面白くないかもしれないね。建国と同時にスフォルト公爵が興された歴史が乗せられている本だ。ささやかながら、スフォルト公爵家にお仕えする我が一族についても乗っている」
誇らしげにケネスが告げます。
建国から続くスフォルト公爵家。そして公爵家に関わりの深い一族の子、ケネス。
彼の仕事ぶりや今の表情を見れば、公爵家に仕えることに誇りを持っていることを確信しました。
オーちゃんの待遇を知った時、もしこの男が何もしなかったり、却ってオーちゃんの敵になることを選んだりしたら私はこの男を契約精霊としてオーちゃんのために排除しましょう。
ですが味方となり、オーちゃんのために動くのであれば、妖精の祝福を授けましょう。
「んにゃぅ」
「ご機嫌だね」
私の決意の声に、何も知らないケネスはのんきな様子でその後も屋敷の巡回を行ったのでした。
明日から毎日1話投稿になります。




