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悪役令嬢は13人を〇したい。  作者: たーちゃん


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第5話 血反吐のワルツ

「身に余るお言葉ですわ。私など、本物の天才に比べたらまだまだです」


 一度目の人生で、あの村娘が手に入れた逆ハーレムの男たちの中には、あらゆる芸術に秀でた天才がいた。同時に楽器にも歌にも優れ、その奏でる音色は全て『天上の調べ』とまで評された男。


 ジュリー……。


 わずかに胸が締め付けられる。あの男の神がかったダンスに比べたら、今の私のダンスなど、ただの子供の児戯にも等しい。


「そんなことはありません。私はフレデリカ様と同じ年齢の、同じく天才と呼ばれた子供を見たことがあります」


 先生のその言葉に、私はピンとくる。先生はきっと、あの男のことを言っているのだ。


「あの踊りは本当に才に恵まれているのだと感心いたしました。ピアノも歌も素晴らしく、音による魔法すら唱えそうになっていた。……それでも、今の私の中にある感動よりは小さかったですよ」

「先生がそうおっしゃるのであれば、今の時点では、その方よりも私の方が上なのかもしれませんね」


 けれど、成長したあの男に今の私がそのままでは勝てない。


 何よりも、私はこの人生でダンスを極めるつもりなど毛頭ない。私が今度こそ極めたいのは、【戦闘魔法《ミリタリス》】と呼ばれるものだ。平和な社交界では何の意味も持たない、純然たる殺戮の魔法。


 二度目の人生を生きる私には、それがどうしても必要なのだ。そのためには、今の自分にとって必要のない、極めるつもりのないダンスなどというお稽古は、いち早く終わらせてしまいたかった。


「あなたは不思議なことを言いますね。なんだかそれでは、自分のダンスには未来がないと言っているように聞こえますよ」

「実際そうなのです。私はこれを極めるつもりはありません。ダンスは社交界で『お上手』と言われる程度で十分です。天才に勝つための莫大な労力を、このダンスという分野に向けるつもりは、残念ながら私にはないのです」

「……お嬢様は本当に、子供らしくない喋り方をするのですね」


 なぜかイメルダ先生は、私の顔をじっと見つめてきた。かなり度のきついメガネをかけた女性で、華やかさはいっそ皆無に等しい。ブラウンの髪の毛を後ろできつくまとめ、いかにも厳格なダンスの教師といった見た目の女だ。


「お嬢様。問題なければ、あなたが何を極めたいのか、この私に教えてくれませんか?」


 明らかに三歳児と交わすような口調ではない。会話の運び方もおかしい。この喋り方は、まるで対等な大人と喋っているようだ。


 しかし、ダンスの先生をしているこの方は、私のこの後の返答を、どこか面白がるように待っていた。


「もちろん、戦闘魔法(ミリタリス)ですわ」


 私がそうはっきりと口にしたと同時に、ダンスの先生の、メガネの奥の瞳が歪んだ気がした。


「ほお……戦争でしか役に立たないような、人を殺す魔法ですよ。怖くないのですか?」

「はい。極めれば誰にも踏みにじられない人生が歩める。そんな魔法に、私は挑戦したいのです。そして――私には、それを片手間で目指せるほどの天賦の才能がない。だからこそ、今この瞬間から目指したいのです」

「才能がない、ですか……」


 ダンスも、楽器も、歌も、勉強も、魔法も。あらゆる才能において、私はトップではなく『そこそこ』なのだ。それは、一度目の人生であの村娘に負けまいと、血を吐くような努力を続けたからこそ、嫌というほどよく分かっている。


 死に物狂いの努力をしても、私はあの女に勝てなかった。そして、皇子の天賦の才にも届かなかった。あれらが怪物のように育っていけば育っていくほど、私はあらゆる面で引き立て役にされ、惨めでおぞましくなってゆくのだ。


「先生」


 私は先生の顔を、まっすぐに見据えた。


「――ロック様という存在を、ご存知ありませんか?」

「……」


 先生が、ぴたりと黙った。メガネの奥の目がますます歪んでいく。本当に楽しそうだ。彼女のその反応だけで、私はもう十分な答えをもらっていた。


 だから、私は一気に口にした。


「私はこのダンスを、一ヶ月で社交界のどんな場所に出ても恥ずかしくないレベルに仕上げてみせます。そうしたら先生の方から、お母様に提案していただけないでしょうか?」

「何をですか?」


 イメルダ先生は、とても厳しい顔をした人だった。なのに、今はどうしようもなく楽しそうに唇を歪めている。


「『この子にダンスはもう必要ない。そして、魔法を教えるべきだ』と」

「不思議な子ですね。何かに激しく追い立てられて生きているような……。あなたはまだ三歳です。ゆっくりとダンスの時間を楽しんでもいいはずだ。あなたのその才能なら、この時間はとても楽しい時間のはずです。なのに、あなたは何をそんなに慌てているのですか?」

「なぜでしょうね。私には時間が無いと思うのです」


 実際に、残された時間は少ないのだ。村娘があの逆ハーレムの五人と出会うのは、アトラス初等学園に通い出す時だ。それは六歳の時であり、私にとってはあと三年しかない。


 ならば、あのような惨憺たる運命を辿らず、そして私を断頭台へと陥れた者たちに鉄槌を下すならば、この残された少ない時間で、ただひたむきなる努力を重ねるしかない。


 そして、その努力も、方向性を間違えて無駄にやっている時間など一秒もない。できる限り効率よく、最高効率で自分を鍛え上げるべきだ。それには、自分のすべてを導いてくれる優秀な『師』が必要だった。


 私には一度目の人生で、ついぞ良いと思える師も与えられなかった。


 しかし、この女が、ロック様が導いてくれた師だとすれば……。


「時間が無い、ですか……」


 先生は、一度ゆっくりと目を閉じた。


「あの『夢の方』は、本物だったのですね。面白い……。あなたに一体何が見えているのか、私には今のところよく分かりません。でも、三歳のあなたがどうしてそんな喋り方をするのか。どうしてそこまで時間が無いと思うのか。私は、あなたに少し興味が湧きました。……どうでしょうか?」

「はい」


 イメルダ先生は、酷く面白そうに私を見ていた。私の頭の中は、とても面白さとはかけ離れた殺伐とした憎悪で満ち満ちているのだけれど、先生にはそれが理解できるわけもない。


 どうもロック様は、最低限のことしか彼女に啓示を授けていないようだ。私はロック様の存在を彼女の中に確信しながらもそう思った。


「あなたが言葉通り、あなたのダンスが、私の満足のいくレベルに一ヶ月で到達できるのなら――私はあなたのために、極上の魔法の先生になってあげましょう」

「本当ですね?」


 最速で自分を育てなければいけない。そうでなければ、あの村娘と、あの五人を殺せない。私の三歳の碧眼には、はっきりとした殺意が宿った。


「……!」


 先生は、息を呑んだように驚いて一歩後ろへ下がった。


「先生、大丈夫ですか? まさかお加減でも悪いとか?」

「いえ……ふふ、私がちょっと気圧されて、ゾクッとするなんて……。本当に、面白い……。三歳のお嬢様。私はちゃんと約束しましょう。――必ず、あなたを超一流の戦闘魔法の使い手に育て上げると」




 私は、あの死ぬ直前に閉じ込められていた薄暗い牢屋とは比べ物にならないほど華やかな、公爵邸にある『ダンス室』で真剣な顔をして立っていた。そこは、お母様がダンスのお稽古専用に私へと与えてくれた部屋だった。


 一度目の人生で自分の首が容赦なく落とされたことで、私は思い知らされたのだ。今、この美しく安全な場所に私がいられるのは、ただ単に権力ある公爵家の娘であるからに過ぎない。


 そして、どれほど盤石であると思われる立場ですら、落ちる時はとことんまで奈落の底へ落ちていく。


「お嬢様! その程度のことで、本当に一ヶ月でダンスをマスターできると思っているのですか!」


 ダンス室には鋭い先生の声が響いた。


「はい、先生! 申し訳ありません!」


 頭では分かっていても、いかんせん今の肉体はまだ三歳の体力だ。激しいステップの最中、足がもつれて床へと倒れ込んでしまった。


「倒れている暇などありません! すぐに立ち上がるのです!」

「はい!」


 ダンスの先生の名前は――イメルダ・クリスティアーノ。


 そう名乗った彼女は、私の切実な期待に完璧に応え、三歳の幼子に対してやっていることとは思えない、とことんまで過酷で厳しい指導を私に叩き込んでくれた。


 もしも以前の、何も知らなかった三歳の私なら、この苛烈な状況に耐えかねて大泣きして逃げ出していたかもしれない。けれど、冷たい牢屋の中で糞尿にまみれ、尊厳をすべて踏みにじられたあの最悪の経験が、今の私を信じられないほど強くさせていた。


 私は、二度とあそこには戻らない。絶対にだ。


「姿勢が崩れています! もう一度! もっと全身に意識を尖らせて!」


 イメルダのブラウンの髪は厳格にまとめられ、喉の奥から、三歳児にかけるとは思えない辛辣で厳しい叱責が次々と飛び出してくる。


 私はできる! 私は、絶対に負けない!


 私は、かつて一度目の人生の終盤で血の滲むような思いをして習得した、魔力操作による『身体能力の強化』をこの小さな身体で発動させた。


 それによって、まだ満足に出来上がっていない三歳の筋肉でも、大人の精密な動きを強引に再現して見せたのだ。


「何という……素晴らしい。これが本当に三歳児の動き……いやいや、指導者である私が見とれてどうするのです!」


 そんな地獄のような特訓を始めてから、早くも一週間という時間が過ぎようとしていた。これまでに何度も激しく転倒しては体中に痛々しい青痣を作り、全身が酷い筋肉痛になって満足に動けないことなんてしょっちゅうだった。


 けれど、その努力が、だんだんと美しい形になろうとしてきている。今のところは極めて順調だ。三歳の体にしては、かつて『社交界の華』だった頃の自分の動きに、かなりの速度で追いついてきている。


 これを、何が何でも一ヶ月で完璧に終わらせるのだ。


 このダンス以外にも、私にはやるべきことが山積していた。


 淑女としての完璧なマナーのレッスン。ピアノのお稽古。そして社交界で誰もが憧れる華となるための、歌のレッスン。


 一度目の人生では、それらすべての努力を、愛するエリック皇子のために捧げると心に決めて頑張っていた。


 だが、それもこれも、あの忌々しい村娘にたぶらかされた、あんな男のためにしていたのかと思えば、今は逆に憎しみこそが原動力だった。


 油とロウで滑らかに磨き上げられた、重厚な木床に、私の額から大粒の汗が滴り落ちる。少しでもステップの間隔を間違えれば、容赦なくイメルダ先生の厳しい叱責の声が部屋に響き渡る。


 何度も、何度も、吐き気がするほど繰り返される同じステップ。私の汗で肌はびっしょりと濡れ、豪奢なドレスの裾は床に擦れて無惨に汚れていく。


 前世の傲慢な私なら、こんな状態になれば『汚くて仕方がないわ!』と激怒していただろう。でも、今の私はこれっぽっちもそんなことは思わない。


 人は、もっともっと汚く、惨めに濡れそぼる瞬間があるのだと、私は誰よりも知っているから。


 私はできる。絶対に、あの怪物たちに負けない! 何度も何度も、心の中で壊れた玩具のように自分を鼓舞する。そして機械のように正確に、同じステップを踏み続ける。


「もっと力強く! もっと優雅に! 誇り高き公爵家の娘としての意地を見せなさい!」


 私の心に、イメルダの容赦のない怒声が、むしろ心地よく響き渡る。厳しくされればされるほど、自分が確実にあの破滅の未来から遠ざかり、進歩していくのだと感じられて、脳内に歪んだ快感すら湧き上がっていた。


 もっと厳しく。もっと、私を死なせないために厳しく教えてください――。


 私の体は、とっくに限界を超えている。汗が絶え間なく頬を伝って流れ落ちる。誰もいない静かな部屋の中に、ドレスの裾が床に激しく擦れる音だけがシャッ、シャッと鳴り響く中、先生は私を冷徹な視線で見つめ続けた。


「その程度の甘い努力では、社交界に出た瞬間に大恥をかくことになりますわよ!」

「はい! 申し訳ありません!」


 私はその言葉を真摯に受け止め、さらに凄まじい集中力を高めていく。


「次のターンをもう一度! さあ、早くなさい! 貴族の娘としての、舞踏の真髄を私に見せなさい!」


 私はその容赦のない叱咤に、心の中の炎をさらに激しく燃え上がらせた。


 二度と、二度と私は、誰にも負けない。


 すでに足は棒のようで、一歩動かすたびに脳天を突き抜けるような激痛が走る。筋肉が千切れんばかりに悲鳴を上げている。


 だが、私はその肉体の痛みを精神力で完全に忘れ去り、復讐という名の暗い情熱だけを燃料にして、踊り続けた。再び、完璧な弧を描くターンを決める。


 その瞬間、私は完全に忘我の境地にいた。今の自分の限界の枠を壊し、すべてを捧げていた。


 ――そんな時だった。


 この一週間、私と先生しかいなかったはずのこの閉ざされた空間に、先ほどから、私たちをじっと覗き見ていた気配があった。


「……ちょっと、いいかしら?」


 不意に、部屋の扉が小さくノックされ、控えめな声が響いた。


「お嬢様、倒れていてはいけません! ――どなたですか、お稽古の邪魔をしないでちょうだい!」


 集中を乱された先生が、鋭い一喝を扉へと向ける。すると、恐る恐るというように扉が開き、そこからお母様が顔を覗かせた。


「……う、うん? あの、先生? 少し、お話を聞きたいのですが……いいでしょうか?」

「おやおや、これは奥様。大変失礼いたしました。私としたことが、てっきり廊下の若いメイドたちが騒いでいるのかと。何かご用でしょうか?」


 激しい息を吐きながら私が立ち上がると、部屋の入り口の方で、イメルダ先生とお母様が何やら話し始めていた。しかし、今の私にはお母様が何の用で来たのかなど、大して気にならなかった。


 もしも私のこの肉体が、たかだかこの程度のレッスンでダメになってしまうのだとしたら、あの天賦の才に溢れた村娘と、その逆ハーレムの化け物たちに勝つことなど、元から逆立ちしたって出来はしなかったのだから。

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