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悪役令嬢は13人を〇したい。  作者: たーちゃん


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第23話 不純なる意思

《……驚かない? 普通の人間、自分の魔力機関を食われると知れば、狂う》

《十分以上に驚いてるわ。ただ、それ以上に納得がいっただけ。私のような凡才で、フィクトルのような精霊を呼べるわけがなかったのではと心配していたから》


 私は自分でも驚くほど冷静に事実を受け止める。先生が事情を最後まで言わなかった理由が分かる。最初に言えばきっと誰であろうと断る。魔法使いにとって何よりも大事な魔力機関を精霊に明け渡す行為。


 そもそも本当の三歳児にやれば間違いなくその子は壊れる。しかしその三歳の時にしかできない。魔法を教えられた者にはできない。劇的に強くなることが望める割に、流行るわけのない行為だ。


《嫌がらない? いつか、お前の心さえ、精霊の色になる。普通の人間、自分の部屋に他人が住むの、嫌がる。魔力機関は、魔法使いの第二の心臓。お前おかしい。もっと嫌がるべき》

《そうなのでしょうね。ですが、嫌がってはいませんわ。むしろ、それだけの対価であなた達のような上級精霊を内側に『飼える』。安い買い物でしょう》


「先生」


 私はこれ以上ない微笑みでイメルダ先生を見た。三歳の私の顔ならきっと幼い天使のように見えたはずだ。それぐらい私は感謝していた。


「こんなもの実行するのは、狂気にかられた人間だけですわね」

「ええ、そう確信したからこそ、私はお嬢様にこの術を施したのですよ」


 イメルダ先生は、眼鏡の奥で目を細めた。


「……改めてあなたが私を教え導いてくれていることに、感謝を」


 私は、痛みを感じなくなった指先を重ね、優雅に一礼した。


「ふふ……実を言えば、私のこの肉体の本来の主――イメルダ・クリスティアーノ本人は、自分で私――天魔を呼んだくせに、私が入り込んできた瞬間、恐怖して私から逃れようとし、その意思と衝突して自己を保てなくなり、消滅してしまったのですよ。分不相応な力を望んだくせに、何の覚悟もなかったのです」

「それはとても可哀想に」

「今の私は、精霊が人間の皮を被った末路。お嬢様、それでも怖くないですか?」


 そう聞いた瞬間。私を見つめるイメルダ先生の瞳が、人の心を伴わぬ異様な光を宿しているように見えた。


「……先生は、精霊そのものが人間の体を乗っ取った存在だと?」

「はい。そうですよ。そして私は、お嬢様がそうなったらなったで別に構わないと思ってましたよ。何しろ私は精霊のようなものですから、精霊には善も悪もないのです。私たちにあるのは、好きか嫌いか。それだけですから」

「では……せいぜいイメルダ・クリスティアーノの二の舞にならないように気をつけますわ」


 私は確信していた。私の復讐心は、精霊の意思ごときで塗り替えられるほど安っぽくはない。だから、もしこの肉体が器として必要なら、いくらでもくれてやる。その代わり――。


《復讐だけは、ちゃんとしてくださいね。私の代わりに、あいつらを絶望へ落としてくれるなら、私の全てをあなたたちにあげるから》

《……ダエモン。この女の子。ちょっと、怖い》


 フィクトルの思念が小刻みに震えた。


《ところでフィクトル。あなた、私のチェロの音色が聞いてられなくて、出てきたということは、チェロを教えられるのね?》


 私は話題を変えた。


《……教えられる。音、わかる》

《じゃあさっさと教えてちょうだい。さすがに教師もなしの、独学では限界があるわ》


 必要な情報が得られたのなら、もうそれで良かった。それよりも切実なのは、誕生日までもうすぐだということだ。貴族の子供たちは、五歳の誕生日に自分の得意な楽器、もしくは歌を奏でることを期待される。


 前世の私は、ピアノで『春を待つ小鳥のロンド』という、子供が奏でるのにふさわしい可憐な曲を弾いた。あの頃はまだよくわかってなくて、父がいることに喜び、父に喜んでもらえるようにと一生懸命弾いた。


 リズムが狂えば泣きそうになり、指が届かない場所は音を抜いて……。そんな『無力な子供』の記憶を、私は今世で完全に消したかった。


 今の私に、父を喜ばせようという気は欠片もない。むしろお父様には泣いてもらいたいほどだ。しかし、ピアノからチェロに転向した上に、イメルダ先生が何も教えてくれていなかったから、どんな幼稚な曲すらも弾けないのが現状だ。


 父を喜ばせようなんて気はないが、貴族の淑女を目指すものとして、恥ずかしい曲だけは弾きたくなかった。私のプライドは天よりも高いのだ。無様な演奏を晒すことだけは、死んでも御免だ。


《何か、急ぐ?》

《もうすぐ、五歳の誕生日なの。そこで貴族の子供は、自分の覚えた音楽を一つ奏でる。これはもうアトラス帝国貴族の恒例行事みたいなものなのよ。何も弾かないわけにはいかないわ。お母様に無理を言ってピアノから転向した手前、ピアノに戻るなんて屈辱、受け入れられないもの》


 ピアノなら、前世の記憶がある。五歳では絶対に弾けない曲を奏でる自信はある。しかし、チェロではそんな自信があるはずもなかった。


《……》


 フィクトルは球体で目も鼻も口もない。それでも、イメルダ先生を責めるように見つめているのがわかった。


「あなたが出てくるのが遅かったのが悪いんじゃないですか」

《……フィクトル、これでも、早く出てきた方。これ以上早く出てたらリカの体壊れる。お前、アホ。もういい。リカ。教えるから構えて。時間ない。基礎を飛ばす、良くない。けど、時間ない。とにかく、弾ける曲作る》

《是非、お願いするわ》

《みんな、驚かせたい。『銀嶺の氷鳥』教える。覚える》

《了解。よろしくね、先生(フィクトル)》


『銀嶺の氷鳥』


 私も知っている曲だ。帝国の北端、万年雪に閉ざされ、生者が立ち入ることを拒む凍てつく山脈。そこに棲むという伝説の霊鳥を描いた、あまりに有名な古典の名曲。


 本来はフルートなどの木管楽器を用い、高く澄んだ音色で空を舞う鳥の軽やかさを奏でるものだけれど、これを重厚なチェロで弾くと一体どのような物に変わるのかしら。


 おそらく曲調から言って難易度は、体が出来上がったプロの大人にとっては、そこまで高い壁ではない。でも、今の私の小さく未発達な体にとっては手強い部類に入る。


《さっさと構える。時間ない》


 フィクトルの思念に急かされるようにして、私はずしりと重い『グラディウス』を抱え直した。フィクトルは魔法だろうか創成型精霊の名にふさわしく、私がチェロを弾くのに一番良い位置に椅子を生み出してくれた。


 足がぶらつかないように、足のための台も用意してくれた。さらにチェロがふらつかないように蔓で私の代わりに固定してくれる。


《フィクトル補助する。リカ、弾きにくければ言う》

《ありがとう》


 五歳の誕生祭。それは社交界への実質的なお披露目であり、公爵令嬢としての価値を品定めされる、子供には結構過酷な舞台だ。


 ここでの失態は、ある意味で私を『無能な子供』だと侮らせ、警戒を解くという意味では良いことかもしれない。しかし、今の私の自尊心がそれを激しく拒絶した。泥を啜り、首を落とされ処刑台に消えた前世。


 もう一生分はバカにされた。二度と、誰一人にも、私は自分をバカにされたくはない。


「……始めますわ」


 私は弓を握り直し、肺の奥まで冷えた空気を吸い込み、深呼吸を一つ。脳裏に浮かぶのは、前世の五歳だった私。


 あの頃の私は、王都からほとんど帰ってこなくなって一年以上にもなるお父様の笑顔が見たくて、ただその一点のために、必死に鍵盤を叩いて『春を待つ小鳥のロンド』を弾いていた。


 特別な才能などない平凡な私、その平凡を打ち破るほどの努力もまだできぬ私、あまりに下手なピアノの曲に泣きそうになった私……そんな、平凡な子供の記憶。その惨めな自分を、私の記憶の中から完全に拭い去りたかった。


 私は太い弦に弓を置いた。


 本来、軽やかに描くはずのその旋律を、私はチェロの最も太いC線から、地を這うような重低音で奏で出した。


――ズ、ゥゥゥ……ン。


 最初の一音。それは軽やかな『鳥の声』などではなかった。氷山の奥深くに住まう『ドラゴンの息吹』のような、大地の底からの震え。楽器のボディを通じて、振動はエンドピンから床へ、そして屋敷の頑強な土台へと伝播していく。


 部屋全体の空気が、物理的な重圧を伴って激しく震えた。


《違うリカ。もっと鋭く。氷、切り裂く風、感じる。それはただ怒りをぶつけてる。指先、魔力集中!》


 フィクトルの【意思疎通】が、一切の無駄を省いた鋭さで脳内に響き渡る。左手の指先で、幼子の柔らかな皮膚が切れるほどに弦を押さえ込む。痛い。子供の過敏な感覚にはなかなかの激痛だ。だが、その痛みが今の私にはひどく心地よい。


 前世で、父の愛を求めてピアノの鍵盤を叩いていた時の、あの『虚しい努力』とは根本から違う。今の私は、自分の力で、自分の意志で、自分の生命を生み出そうとしている。私の行動の全てに、明確な意味がある。


 中盤、曲調がさらなる激しさを増す。氷鳥が猛吹雪の中、獲物を見定めて急降下する場面を曲にしているのだ。私は短い腕を限界まで伸ばし、弓を弦に強く押しつけながら、荒々しく往復させた。


 ……ああ、これだわ。


《リカ。今、あんまり魔力。使うのダメ!》

《無理よ。今の私に魔力なしでチェロが弾けるわけないでしょ。私の魔力機関が修復中だというなら、あなたがフォローしなさい。フィクトル。私、あなたを信じてるわよ》

《…………分かった。足りない魔力。フィクトル、補う。だから今はあまり使っちゃダメ》

《お前は優しいのね。大好きよ》


 本来、私の筋力では逆立ちしても不可能なはずの重厚な圧力が、体内の精霊と直結した魔力補強によって、凄まじい密度の『音』へと変換されていく。やはり教師がいて道を示してくれるのと、そうでないのとでは全く違う。


 逆にここしばらく、教師もなしにたった一人で奏でようとしたあがきも、決して無駄ではなかったようだ。部屋の隅に置かれたクリスタルの水差しの中身が、私の奏でる低音に共鳴して、ピキピキと音を立てて凍りつき始めた。


 不思議な感覚だった。指使いも運弓も、音楽的にはまだまだ拙く、未熟なはずだ。それなのに、奏でられる音が物理現象を引き起こし、世界を書き換える『魔法』になろうとしている。


「……っ!」


 最後の一音。長く、鋭く、すべてを凍てつかせるようなロングトーン。弓を引き切った瞬間、訓練室の空気は完全に静止した。物理的な寒気が部屋を支配し、沈黙が耳を刺す。


 緊張が解けて吐いた息が、白い息となって空気の中に消えた。


《……ふん。誕生日までに必ず、仕上げさせる。まだまだ未熟。でも、お前、チェロの筋いい。ピアノ、軟弱な箱。捨てて正解》


 フィクトルの思念には、微かな満足感が混じっていた。無理やり手伝わせたけど怒ってはいないようだ。もし彼に顔があれば、目尻を下げるぐらいはしたかもしれない。まあ表情がないので想像でしかないのだけれど。


 フィクトルが私の『心』に応え、喜んでくれていることだけは伝わってきた。


 私は、一曲をちゃんと弾き切った。それは人生で初めて、誰のためでもなく自分のために成し遂げた出来事だった。


 その代償として、襲ってきたのはひどい疲労感だ。肩で激しく呼吸をしながら、じりじりと熱を持ち、痺れる自分の指先を見つめた。


 小さな指先からは、少し血が滲んでいた。でも、不思議と傷口がみるみるうちに塞がっていく。私の体の中にいるあと二体の精霊たちが、無意識のうちに依代である私の肉体を守り、修復しているのだろうか。


「曲として未熟でも、魔法として形になることがあるのです。これは総じて、魔法の技術レベルが異常に高い人間にのみ起こる現象。……おそらく、お嬢様の体の中にいる三体が、少しずつ、お嬢様の体を自分たちになじませようとしているのですね」


 イメルダ先生が、壁際から歩み寄りながら感心したように呟く。


《お前、言い方、悪い。魔力的素養を高めてるだけ》

「……少しは、あのお父様が驚く顔を見られるかしら」


 私は、掠れた声で呟いた。誕生祭で、幼く可憐な少女が奏でるには、あまりに重く、冷たく、似合わない音楽。それを突きつけた時、果たして着飾った大人たちは、一体どんな顔を浮かべるのかしら。


 想像するだけで、この心が少しだけ甘美に満たされた気がした。


 もう二度と、誰にも媚びてなどやらない。私は私の足で立つ。そして、その障害になるものには迷わず……。


《リカ。悪い顔。怖い》

「フィクトル。そのうち、あなたもお嬢様のこの顔が癖になりますよ。これこそが、最上級の素材の輝きなのですから」

「二人とも、余計なことを言い過ぎですわ。それよりも、時間がありませんの」

《うん。反復練習。大事》


 まだ体が完全に回復していないのか、全身が悲鳴を上げていた。だが『疲れた』などと自分を甘やかす気は毛頭なく、まだ行けると言い聞かせて音を奏で続けた。


 気づけば、窓の外は燃えるような夕焼けに染まり、心配に耐えかねたお母様がそっと部屋を覗き込んだ。


「フレデリカ、あなたは何でもやり過ぎです。今日はもうおしまい。お休みしなさい……いいえ、『もうちょっと』なんて言葉は聞きませんよ?」

「……お母様」

「なんです?」

「誕生祭で、私――お父様を、存分に怖がらせてやりますわ」

「……ほ、ほどほどにするのですよ?」


 お母様は困り果てたような口調ながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。

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ダンジョンが現れて・・から来ました。 こちらも面白い!
音楽と魔法という異彩な組み合わせ
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