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悪役令嬢は13人を〇したい。  作者: たーちゃん


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第20話 嘘

 何度目かしら……。深い眠りから暗闇を掻き分けるようにして浮上しながら、私はそんな漠然とした感想を抱いていた。


 視界を覆うのは、見慣れた天蓋付きのベッドの天井だ。自分が眠りに落ちた自覚すらないのに、気がつけばこうして横たわっている。


 処刑台での死、そして回帰という不思議な体験を経て、また死にかけるなんて。私の人生は、神か、あるいは私をここへ送り出したロック様の趣味の悪い玩具にでもなっているのではないかしら。


 そう思うと、自嘲気味な笑いが込み上げてくる。


 重い鉛のような体を、気合と共に起こした。


「イタッ……!」


 反射的にうめき声が漏れる。前世での苛烈なしつけや、最近の凡人であることを超えるための猛烈な鍛錬による筋肉痛には慣れていたつもりだった。けれど、この痛みは次元が違う。


 神経の一本一本を熱した針で撫で回されているような、あまりにも鋭すぎる命に関わるような痛みだ。なぜこれほどまでに痛いのかと視線を落とせば、三歳児の小さな体は、痛々しいほどに幾重もの包帯で固められていた。


 それも、純白であるはずの布地には、黒く変色した血がじわりと滲み出している。本来なら絶望するような光景だが、私はそれを見て、逆に深い安堵に包まれた。


「よかった……。死んではいないようね」


 あれほどのことをしたのだ。この程度の出血と激痛で済んだのなら安いものだ。


「……起きられましたか、お嬢様」


 傍らで、椅子に腰掛けていたイメルダ先生が声をかけてきた。伝説の魔法使い・アエテリウス・ダエモンとして知られる彼女でさえ、今は隠しきれないほどに顔色が悪い。まさか徹夜で私の命をつなぎとめてくれていたのか……。


 では言わなければいけないことがある。


「あら、先生。まだここにいられたのですね」

「第一声がそれですか?」

「ふふ、イツッ……よく首にならなかったものですね。私のこの有様を見て、お母様が黙っているとは思いませんでしたわ」

「お嬢様……。生死の境を彷徨い、目覚めて最初に出る言葉が、そのような可愛げのない言葉とは。本当に、外見以外は可愛くないお子様ですね」

「そうね。昔から……ええ、よく言われていた言葉ですもの。社交界ではお世辞で『お人形のように可愛らしい』とはよく言われましたけれど」


 それもこの年頃の時までだ。それにしても少し口が軽くなってる。いけないな。昔はもっと強迫観念じみた危機感を持っていたものだけど、少し緩んでる。


「それだけ口が回るなら、魂までは削れていないようですね」

「そのようですね。……それで先生、一番肝心なことを伺いたいわ。私、精霊契約はうまくできたのかしら? あの上級精霊たちと魔力回路が繋がったのかいまいち判別できないのだけど」


 三体の上級精霊との契約。三歳児の肉体には禁忌とも言えるその儀式の成否を問うた、その時だった。


 バンッと重厚な扉が、遠慮のない勢いで開かれる音が寝室に響き渡った。首を動かそうとするだけで、体中が悲鳴を上げる。痛みを堪えながら視線を向けると、そこには憔悴し瞳を潤ませたお母様の姿があった。


 お母様は、包帯だらけで見る影もない私の姿を見るなり、悲鳴のような吐息を漏らして駆け寄ってきた。そして、加減も忘れた強さで私を抱きしめる。


「イタッ……!」

「ああ、ごめんなさい! 大丈夫なのですかイメルダ先生!? フレデリカは死んでませんか!? 死んではいけませんよ、私の可愛い娘!」


 お母様は慌てて体を離してくれたが、その手は小刻みに震えている。背後には、メイドのアンナも立ったまま控えていたが、彼女もまた幽霊でも見たかのように青ざめていた。


 それにしても『可愛い娘』か……。そんなことを言われただけで嬉しくなるとは、私も軽い女だ。


「死んではいないようですので、どうか心配なさらず。呼吸を整え、落ち着いてくださいませ」

「落ち着いてってあなた……。もう、これ以上私を心細くさせないでちょうだい。あなたが裏山で、あの恐ろしい『ミノタウロス』に襲われたと聞いた時は……もう本当にあなたを失うのだと、生きた心地がしなくて……。よくぞ、よくぞ生きていてくれました!」


 お母様が頬を濡らし、大粒の涙を流される。その必死な様子に当てられたのか、アンナまでもがもらい泣きを始めてしまった。


 一方、元凶であるイメルダ先生は、何とも言えない気まずそうな表情でスッと視線を泳がせている。


 なるほど、状況を理解したわ。さすがのイメルダ先生も、公爵家の三歳児の令嬢に禁忌の精霊契約を施し、その結果、令嬢は体中から血を噴き出して倒れた。などという狂気じみた真実を報告できるはずがない。


 この『ミノタウロス襲撃』という嘘とも言えない微妙な筋書きに合わせなければ、イメルダ先生は解雇どころか、公爵家に対する傷害罪で極刑は免れない。


 それを何とか逃れたとしても、常識外れの、倫理観の欠如した頭のいかれた教師。そんな、ある意味では正解であるレッテルを貼られ、二度と表舞台には立てなくなるだろう。


 そして何より、そんな事態になったら私が一番困るのだ。この帝国において、私の復讐への渇望と、力を求めるゆえの狂気を、多少なりとも理解し、導ける大人は彼女しかいないのだから。


「お母様……。本当に、怖かったですわ」


 私はしおらしく、震える声で嘘の上塗りに加担した。


「そうでしょう。公爵家の裏山に、いきなりミノタウロスが現れるなんて……。考えただけでも恐怖で心臓が止まりそうです。一歩間違えれば、あなたを襲った怪物がこの屋敷の中まで蹂躙しに来たのかと思うと、母はもう……」


 お母様は口にしただけで眩暈を起こしたように、フラリと体を揺らした。


「イメルダ先生。今日ほどあなたを、我が家の恩人として感謝した日はありません。よくぞ、その身を挺してフレデリカを守ってくださいました!」


 お母様は感動の極致に至ったのか、イメルダ先生の手を強く握り、抱きしめようとさえしている。アンナもその傍らで深く頭を下げ、救世主を見るような眼差しを向けていた。


 イメルダ先生は、私がじっと視線を送ると、あからさまに目をそらした。


「先生。私からも、改めて心からの感謝を捧げますわ」


 だが、私は先生を恨む気持ちなど欠片も持っていなかった。この危うい橋を渡らせたのは私自身だ。だから、これは嘘偽りない本心からの言葉だった。


「え、ええ……。まあ、教え子であるお嬢様のためでしたら、この命を投げ出す覚悟で戦わせていただきましたとも」

「ああ、なんと素晴らしい! ミノタウロスに立ち向かえるほどの武勇を持った『ダンスの家庭教師』が他にいるでしょうか! 先生、どうかこれからも末永く、フレデリカのそばにいて、彼女を導いてあげてくださいね」

「もちろんですとも。奥様。お嬢様ほどの稀有な『逸材』。たとえ離れろと言われても、私は離れるつもりはございませんよ」

「ありがとうございます。なんと心強い。このお礼は必ず、バランシエール公爵家の名にかけて、十二分に弾ませていただきますからね!」

「いえ……お嬢様がこうして息を吹き返したことこそが、私にとっての最大の報酬です。ですから、過剰な報酬などはどうかお控えを」

「な、なんて高潔なお方!」

「さ、さあ、奥様。起きたばかりのお嬢様には安静が必要です。私が心得のある癒しの魔法で、さらに傷を塞いでおきますので。今日のところは、この辺りにしておいていただけませんか?」


 イメルダ先生の、あるいは本心から出たであろう言葉に、お母様とアンナは名残惜しそうにしながらも、ようやく部屋を退出していった。扉が閉まり、二人の足音が遠のいていく。


 気配を探り、彼女たちが一定以上の距離まで離れたことを確認してから、私は静かに、だが確かな皮肉を込めて口を開いた。


「先生……よくもまあ、あんな出鱈目でごまかせましたね?」


 血の滲む包帯の下で、私はイメルダ先生へと視線を向けた。


「正直なところ、私も少々焦りました。ですが……お兄様が意外なほどに優秀でした」


 イメルダ先生が、どこか遠い目をして肩をすくめた。その言葉に、私は思わず包帯の下の眉をひそめる。


「お兄様が? あのレオナルドお兄様が優秀?」


 失礼を承知で言わせてもらえば、あのお兄様の頭の中に、あのお母様を完璧にごまかすような機転や知恵が詰め込まれているとは到底思えない。


 毎日、厨房から漂う香りに鼻を利かせ、次は何を食べようかと間抜けな顔で考えているというなら、これ以上なく納得がいくのだけれど。


「はい。実はあの方、また瞑想の訓練途中で寝ていたのですが……。私が焦っている中で目覚め、お嬢様が血だらけで倒れている凄惨な現場を見た瞬間『リカがミノタウロスに襲われたぁー!』と全速力で叫びながら走り出したのです。私はそれを見て閃きました。ああ、なるほど。全部ミノタウロスのせいにしてしまえ、と」

「……色々とお聞き苦しいというか、最低ですわね」

「お嬢様が証拠のミノタウロスの体をしっかりと、深すぎるほど地中に埋めておられるものですから。アリバイ工作のために『偽の足跡』や『破壊痕』を捏造して、掘り返すのにも苦心しました。こんな時、土魔法に長けたお嬢様が起きていればと思ったものです」

「それは……お役に立てずごめんなさいね」

「全くです。死にかけている場合ではありませんよ」


 どうやら、この伝説の魔法使いに皮肉や嫌味は一切通用しないらしい。


「まあ、その件はもういいです。それで先生、改めて伺います。私の感覚では、近くに上級精霊の気配があるのかどうか、まだ霧がかかったようで判然としないのですけれど……。儀式は、成功しましたの?」


 私の問いに、イメルダ先生は一瞬だけ表情を険しくしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「万事問題なく、というわけにはいきませんでしたが……考えていたよりは、ずっと上手くいきましたよ。ですがフレデリカ様、まずはそのボロボロの体を完全に回復させるのが先決です。傷跡が残らぬよう、細胞の一つ一つを繋ぎ合わせるようにゆっくりと治しています。ですから一年ほどは、その不自由な幼い体を、あまり動かさずに過ごしてください」

「そんなに……」


 そう言って痛む自分の体を見つめ、まだ生きてるだけマシだったのかというような状態にため息が出た。


「もどかしい……。手に入れた力がどれほどのものか、一刻も早く試してみたいのですが」

「ここは慎重に、慌てずに行きましょう。さすがにあんな無茶が二度起きれば、次は本当にこの世から消えてしまいますから」


 私は詳しい話を聞くのもそこそこに、体の痛みと気怠さにベッドに身を委ねた。その状態で考える。体の傷など、目的のためならどうでもいいと言いたいところだ。


 けれど、前世の記憶が私を冷静にさせる。もしこの体が傷だらけになり、醜い痕が残れば……村娘との美貌の差は絶望的になってしまう。そうなればついてくるものもついてこなくなる。浅ましくもこの世は美貌も大事なのだ。


 淑女として、この体を美しく保つのもまた、復讐のための重要な武装だ。


 それにしても、今の私はあまりに小さく弱い。体中に残る痺れるような痛みを感じながら、自分の手を目の高さまで持ち上げ、じっと見つめた。


「小さな、手……」

「自分が嫌いだというような顔をしていますね」


 傍らで見守っていたイメルダ先生が、私を見透かすように呟く。


「はい。好きにはなれません。……おそらく、一生」

「これからはきっと、その手が成す結果に、愛着が湧いてきますよ」

「どうでしょうか。そうなればなったで、複雑なのですけれど……。先生、私が眠っている間、お兄様の魔法訓練を頼みましたわよ。あの『無能と怠惰』だけは、今ここで正しておかなくてはなりませんから」


 やはり、肉体は限界だった。強烈な眠気が、容赦なく意識を暗闇に閉ざしていく。先生が何かを言いかけていた気がしたが、三歳の未発達な体は強制的に深い睡魔へと沈み込んでいった。



「ていっ!」

「ぶふっ!?」


 目を覚ました時、視界に入ったのはいつもの豪奢な天井だった。同時に、何かが激しく弾けるような音と、情けない悲鳴が耳に届く。バシャッ、と大量の水がぶち撒けられる音が響いた。


 ぼんやりと上体を起こすと、視界の先でイメルダ先生が人差し指を優雅に操り、散らばった水を球体状に回収して、お兄様の上に滞空させていた。


「レオナルド様。寝てばかりでは困ります。しっかり集中なさい。本来、普通の貴族の子弟ですら、この基礎過程はとっくに終わっている時期なのですよ?」

「う、うぅ……うん」

「返事は『はい』でしょう?」

「はいっ! ごめんね先生……。僕、集中しようとすると、どうしてもすぐ眠くなっちゃうんだ」

「その言い訳は、耳にタコができるほど聞きました。ですがレオナルド様。あなたが、あの優秀だと噂される異母弟キース様に後継ぎ争いで勝つつもりなら、圧倒的な努力以外に道はありません。正直に申し上げて、今のあなたはキース様の爪の垢ほどの努力もできていませんよ」

「分かってるんだけどさ……。所詮、僕だし。リカみたいに凄くないし」

「『所詮』というのは、どういう意味でしょうか?」

「だって、僕は人より物覚えも悪いしさ。お父様からも『レオナルドはあんまり頑張らなくていい』って、いつも言われてたし……」

「物覚えが悪いのは、百歩譲って仕方ないとしましょう。人には得手不得手があります。しかし、それを努力しない免罪符にするのは感心しませんね。それから『頑張らなくていい』と甘言を吐いた公爵様は、今ここにはおられません。その言葉に縛られてはいけません。レオナルド様、あなたは『できない』のではありません。ただ『やっていない』だけです。そして、やることを面倒臭がって諦めているだけです!」


 どうやら、私がお休みしている間に、お兄様は先生による『しごき』をしっかりと受けていたようだ。それにしても、なぜ私の私室でやっているのかしら?


「先生……。よりによって、なぜ私の部屋の中で訓練をしているのですか?」

「リカ! 起きたの!?」


 これから集中するはずだったお兄様が、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。けれど、私の体がまだ痛々しい包帯に包まれているのを見て、ハッと足を止める。抱きつきたい衝動を抑え、気遣うように立ち止まった。


「大丈夫!? もう痛くない!?  ごめんね、リカが大変な時に僕、寝てたりして!」


 お兄様の瞳には、一点の曇りもない本物の心配が宿っている。試しに体を少し捻ってみたが、かなりの痛みがまだ残っていて、神経を逆なでするような激痛が起きた。


 それでも少しは和らいだ気がする。どうやら、イメルダ先生の回復魔法が、ゆっくり効果を発揮しているようだ。


「いえ……全く問題ありませんわ。それよりも、お兄様が無事で良かったです」


 よくお眠りになることには若干呆れるものの、以前よりはこれでも頑張っているから私は目をつぶることにした。


「お嬢様、先ほどの質問の答えです。ここで訓練をしているのは、傷跡を残さないように美しく修復させる関係上、私がフレデリカ様から一定距離以上離れるわけにはいかなかったのです。ですから、お兄様をこの部屋に呼びつけて訓練しておりました」

「そう。それはありがとう」

「さて、お嬢様……そろそろ、体の調子は快方に向かっているはずですが?」


 促されるままに、自分の体を確認する。私が寝ている間も何度か包帯を替えられたのだろう。以前のような、黒く変色した血の滲みがかなり少なくなっていた。


 体はまだ痛い。動きもしてくれない。しかし、三体の上級精霊をその身に宿しながら、私は生き延びた。その事実に、私は心底からの安堵と共に、静かに喜びを感じた。

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精霊の力を使えれば回復魔法を自分に使えるのかな?
なんとも痛々しやお嬢様
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