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悪役令嬢は13人を〇したい。  作者: たーちゃん


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第18話 精霊魔法

「では、とりあえずお嬢様。私の手を取ってください」


 先生が、私から見れば随分と大きく、そして美しい魔導師特有の手を差し出してきた。私はその掌に、自分でも驚くほど小さくなってしまった手を、一瞬のためらいの後に重ねた。


 前世の記憶をなぞるなら、今の私はまだおねしょをしていてもおかしくない年頃なのだ。実際にこの頃の私はそうだった。お父様が全く帰ってこなくなったことに対する不安。


 そこから来る精神の不均衡により、よく泣いて漏らしていたことを思い出す。


「取って食べたりはしませんから、どうぞ安心してください。……私は、美しく『歪んだ』ものが好きなだけですから」


 イメルダ先生は、気のせいか先ほどの兄の時よりも、どこか熱っぽく私の手を包み込んだ。そして、お兄様の時に見せた穏やかな流れとは明らかに異なる、不規則で、かつ鋭い魔力を私の中に流し込んできた。


 その感覚は、単なる魔力の流し込みではない。私の内側、その魔力機関のありかまで執拗に触れ、隅々までを暴こうとする覗き魔に近い。いや、近いというよりは、確かにそうだ。


 先生は今、私の魔法使いとしての存在そのものを、解剖でもするように徹底的に調べている。


 安易に手を握らせ過ぎたかという後悔がわき起こるが、がっちりと握り込まれた指は岩のように硬く、振り払うことができない。


 伝説の【天魔】に教えを乞う以上、ある程度の情報の開示は、支払うべき対価として割り切るしかない。私は覚悟を決め、侵入してくる異質な魔力に身を委ねることにした。


 それからどれほどの時間が経過しただろうか。お兄様の時よりも数倍は長く私の手を握っていた先生が、満足げな吐息と共に、ようやくその拘束を解いてくれた。


「……お嬢様。今、お嬢様の魔力機関を少し精査させていただきました。その結果は実に興味深い。お嬢様の魔力機関そのものは、やはり三歳児特有の未成熟で、か細い状態のままです」

「未成熟、ですか……」


 その言葉に、私は違和感を覚えた。私の魔力は、先ほどのミノタウロスとの実戦においても、前世、三歳だった頃の自分とは比較にならないほど強靭で、洗練された出力を見せたはずだ。


 しかしよく思い起こしてみると、ロック様は私に『何の特別な力も与えられない』と言っていた。それなのに今の私は明らかに前世の三歳の私より強い。


 この矛盾と今の私の力には、何か理由があるのだろうか?


「魔力機関が肉体のどこに存在しているか。お嬢様は当然ご存知ですよね?」

「……もちろん、存じております」


 私は頷いた。


「では、どこの部位か指で示せますか?」

「……ここですわ」


 私は自分のお腹の下、丹田にあたる位置を指差した。一般的、かつ正統な魔導学において、魔力機関はここに宿り、あらゆる魔法使いはここで魔力を練り上げ、各部へ分配するのだと定義されている。


「ええ、正解です。ですが、実はもう一箇所、極めて重要な機関が隠されているはずですね」


 そう言ってイメルダ先生が指し示したのは『額』だった。


「はい。魔法を行使している際、額の奥に熱を感じます。そこにも何らかの核があるのだなと、経験的に理解してはおります」

「『何か』ではなく、明確に存在するのです。一般的な貴族教育では軽視されがちですが、魔導学の最前線では常識ですよ。それは、脳の一部である魔力の『制御機関』です」

「……」


 この先生のことだから驚くような答えを言うかと思ったが、それは当たり前のことだった。


「それなら聞いたことがあります。魔力機関から流れる粗削りな魔力を、具体的な魔法へと変換する命令を下す中枢。脳の一部の領域……確か、前頭葉と呼ばれる部位がその役割を持っていると、以前何かの書物で読みました」

「素晴らしい、正解です。……まあ、三歳のお嬢様がどこでそんな専門書を目にしたかについては、今は不問にしましょう。私が何を言いたいか、お分かりになりますか?」

「いいえ、まだ完全には。魔力機関とは異なり、制御機関は意識的な鍛錬をせずとも、年齢や魔法の熟達と共に自然と育っていくものだと聞いておりましたから。実際のところ、私も現状の感覚で十分だと感じております」

「確かに、一理あります。魔法を使い込めば、制御機関は脳の発達と共に自然と育つ。人が新しい言葉を覚えるのに、脳のどの細胞を使うか意識しないのと同じです。魔法もまた、脳みその部位など意識せずとも、経験によって最適化されていくものですから」


 先生は淡々と語る。だがその話が進んでいくにつれて、私は少し先生が何を言いたいのか見えてきた。


「その瞳。……私の言いたいことが、少しは見えてきたようですね。やはりお嬢様は、恐ろしいほどにお利口だ。あなたの予想通り、私が言いたいことはこうです。お嬢様の『魔力機関』は三歳の幼子のまま、全く育っておりません。しかし、それを操る『制御機関』に関しては……まるで数多の死線を潜り抜け、実戦経験を積んできた、熟練の魔法戦士のごとく成熟し切っている」

「……先ほど、長く手を握っていたのは、それを調べていたのですか?」

「はい。可愛らしいお嬢様の手をいつまでも握っていたいという個人的な欲求も否定しませんが、制御機関の精度と、そこに至る神経伝達経路の成熟度を測るには、少々時間が必要だったのですわ」

「なるほど……。つまり、それは私にとって、何を意味するのでしょう?」


 結論として、彼女が私をどう導こうとしているのか。私はその言葉の続きを待った。


「お嬢様には、計り知れない成長の余地が残されているということです。ミノタウロス戦で見せたあの立ち回り、あの精度。現状でもお嬢様は、一般的な大人の魔法使いと遜色ない実力を発揮できています。しかし、その中身は、魔力機関が未発達な三歳児。出力の元となるポンプは昔の手押し車のままなのに、それを操る回路だけが、最新鋭の魔導回路という異常な状態なのです。わかりますか? その出力源を肉体の成長と共に、あるいは特訓によって広げていけば、お嬢様は……」

「はい」


 これしきの評価で浮き足立つほど、私は安っぽい自尊心を持ってはいない。だが、成長の余地という希望は、私の冷え切った復讐心に、確かなエネルギーを供給した。


「一つ確認しておきますが、あのミノタウロスとの一戦。あれは相当に加減をしていた、というわけではありませんわね?」

「そうですね。たやすく勝つことはできましたが、それぞれの攻撃は、あの幼い肉体が出せる限界……つまり、その時点での『全力』でした。あれ以上の出力を瞬時に叩き出せるかと言われれば、不可能ではありませんが、魔力経路の負荷を考えれば、避けたいところですね」

「よろしい。私がお嬢様の手をしっかりと握り、その奥底まで検分させていただいた限りでも、全く同じ結論に至りました。現状の己の限界値を正確に把握できている……実に冷静で、お利口さんです」


 先生は、三歳の子供を慈しむような柔和な笑みを浮かべ、私の頭を無造作に撫でた。前世の成人した記憶を持つ私にとって、子供扱いされることは屈辱以外の何物でもない。


 その手を乱暴に叩き落としたい衝動に駆られたが、これからの修行を考えれば、ここで先生を不快にさせるのは得策ではないと自分に言い聞かせ、かろうじて耐えた。


「ふふ、とても嫌そうな顔をしながらも、理性的に我慢なさるお嬢様も、たまらなく可愛らしいですわ」

「……分かっているのなら、いい加減に手をどけてくださらない? 髪が乱れます」

「はいはい、失敬いたしました。では、本題の続きです。お嬢様、あなたは魔法使いとして、どの程度の高みを目指していらっしゃるのですか?」

「当然、S級ですわ。ただ到達するだけではない……何者をも寄せ付けぬほど、その境界を大きく超えた存在にならなければなりませんの」


 私の言葉に、先生は眼鏡の奥の瞳を細めた。自分で言っていても虚しい。その才能がないことを嫌というほど理解している。しかし成長の余地が残されているなら、万分の一ぐらいの確率で到達できるかもしれない。


「なるほど。ですが、私の鑑定から言わせてもらえば、お嬢様の『器』が持つ純粋な才能は、現状、A級を少し超えて、S級の入り口に辛うじて指先をかける程度。本来、魔力の総量によって扱える魔法は厳格に縛られており、世間ではEからSまでの階級でその器が測られます。その尺度で言えば、S級の入り口に触れるだけでも破格の魔力量と言えるでしょう」

「……それ以上になる可能性はありませんか?」

「ありません。死に物狂いで、これから魔法の訓練に取りかかったとしても不可能です。魔力だけは天性の才に大きく左右しますからね」

「そうですか……」


 その言葉は、私の胸に突き刺さった。だが、同時に『やはりそうか』と納得する自分もいた。前世の私は、血の滲むような努力を重ねてもなお、A級の入り口に触れるのが精一杯だった。


 今、未来の経験値を上乗せしたところで、届くのはせいぜいS級の末端。ロック様は、私に『復讐の機会』は与えてくれたが、それに必要な『力』までは授けてくれなかったのだ。


 最初から分かっていたことなのに、はっきり言われると焦燥感で頭がどうにかなりそうだ。


 これでは、あの村娘が率いる『逆ハーレム』の怪物たちには到底勝てない。彼らは皆、天性の才能を持ち、かつ死に物狂いで研鑽を積むS級の精鋭なのだ。


 何よりも村娘の成長速度は、予測不可能なほどに異常だ。おまけに、学園入学後すぐに第一皇子エリックという最強の矛を手に入れる。


 村娘のために皇子から右頬を殴り飛ばされたあの日の熱い痛みと、公衆の面前で晒された惨めな記憶が、どす黒い殺意となって喉元までせり上がる。どうにかして、私は復讐したい。


 しかし、私には魔法使いとしての才能が乏しすぎる……。


「先生。あなたは魔法界隈において、高名なる指導者なのですね。そのあなたが、S級を遥かに超えたいという私の望みを、分を弁えぬ凡人の戯言だと笑いますか?」

「笑いませんわ。むしろ、私はお嬢様にこそ、その不可能な領域へ踏み込む資質が十分にあると感じています」

「……先ほど、私の限界はS級の入り口程度だとおっしゃったではありませんか」


 私の頬が甘えるように膨らんだ。その仕草が私は吐き気がするほど嫌いだった。私はまだこのように甘えるのか……。


「通常であれば、十分すぎる才能なのですけれどね。ですが……お嬢様には、それでは全く足りない理由があるようですね?」

「はい」

「それがどのような怨恨や野望によるものかは、私の興味の範疇外。しかし、一つの個体がどこまでその限界を破り、能力を拡張できるのか……お嬢様のような『中身が成熟しきった』特殊な事例は、長い私の人生でも初めて見ますから、大変興味深いのです」

「そうなのですか?」

「ともかく、私の流儀での訓練を始めましょう。お嬢様、魔力の『容量』を劇的に、かつ強引に引き上げる最も簡便な方法は?」


 提示された問いに、私は前世の知識を動員して即答した。


「……人間を超越した存在。精霊や死霊、あるいは極めて稀な例ですが、神格存在と直接的な契約を交わすこと。これによって己の器以上の力を、外部から恒常的に引き込む経路を作ることですわ」

「その通り。人間の肉体が扱える魔力には、自ずと上限があります。先ほど私が山域を封鎖した結界魔法、その圧倒的な出力は感じましたね?」

「はい。一瞬でこの山全体が外の世界と隔絶されるほど、凄まじい規模でしたわ」

「あれは、私が契約している精霊に命じて、自然界の魔力を強制的に利用した結果です。……お嬢様。少々荒っぽい手段になりますが、今からこの場に、『土の上級精霊』を呼び出します。お嬢様はそれと契約してください」


 その言葉は、まるでこれから散歩にでも行くというぐらい気軽に口にされた。


「……上級精霊と契約……、しょ、正気ですの?」


 精霊との契約は、魔法使いの位階を一気に跳ね上げる劇薬だ。だが、それは文字通り命を賭した博打でもある。なぜなら精霊という存在は、自分より弱き者に従うことはない。


 魔力数値が不足している者が上級精霊など呼び出せば、契約どころか、不敬を働いたとしてその場で魂ごと食い殺されるのが関の山だ。


「危険であることは否定しません。一歩間違えれば、その幼い肉体は内側から弾け飛んで死ぬでしょう。ですが……お嬢様が、自身の限界という壁を粉々に粉砕してでも強くなりたい。そう、魂の叫びのように望んでいるのを私は感じました。であれば、こじ開ける方法は存在しますよ」

「……それが上級精霊との契約だと?」

「はい。少し変わった方法を使います」

「それは、これまでに他の誰かに試したことのある方法ですの?」


 そんな狂気じみた賭けを、他に受け入れた生徒が一人でもいたのだろうか。


「いいえ。私自身が、かつて強さの限界に突き当たり、絶望の淵で行き詰まった時に、たった一度だけ自分自身に試した禁忌の手法です。私はその結果、人を超えた強さを手に入れ、今日まで生き永らえてきました。……ですが、私ですらあまりの恐怖に、二度目を試そうなどとは微塵も思いませんでしたね」

「今、未熟な私にそれをしろと?」

「ええ、実を言えばこれは未熟であるほどに可能性の高いことなのです。魔力機関が魔法使いとして完成していけばいくほど、この手法は難しくなります。私はほぼ完成していたので、ずいぶん難儀しました」

「しかし、未熟であれば良いというなら、他の事例がないのはおかしくありませんか?」


 どう考えても死にかねないような提案に私は、さすがに慎重な言葉を出した。


「ただ未熟であれば良いというのではないのです。魔力機関は未熟でも上級精霊と対話できるほどの知性と、強大な上級精霊を恐れない心が必要です。残念ながら未熟な者にはそれがない。ですがお嬢様にはそれがある」

「な、なるほど……」


 私のような特殊な事例が他にもあるとは思えない。幼い体に成熟した心。それがなければダメだと言うなら、確かに他の人間は満たすのが難しい条件だ。


「どうなさいますか? ここで引き返して、『安全なS級』を目指すのも一つの道ですが」

「安全なS級……」


 以前の転落を全て覆し、あのノートに記した十三人を全員地獄へ送ることが、どれほど難儀なことか私は嫌というほど理解している。そのために、まずは最低限として、前世の自分を遥かに超越した武力が必要不可欠なのだ。

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