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悪役令嬢は13人を〇したい。  作者: たーちゃん


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第16話 魔法の基礎

 一分一秒を争って、死に物狂いで強くなりたいという焦燥が、私の胸の内で常に存在している。前世の断頭台へ続くカウントダウンは、回帰した瞬間からすでに始まっている。


 けれど、私はその逸る気持ちを押さえつけ、今はただ、目の前で行われているお兄様への教育の様子を見守っていた。


「ではレオナルド様。難しい理論や魔導工学の話はおいおい理解していくとして、まずは魔法の基礎中の基礎、『魔力の手触り』からお話ししていきましょうか」


 イメルダ先生、おそらく神様であるロック様が私の元へ遣わした、第一の協力者。どのような経験を積めば、あんな魔力を簡単に扱えるようになるのか? ここからでも見える山に張り巡らされた結界を見つめる。


「う、うん、お願いします。先生」


 そういえば、彼女の素性については、まだ何一つ具体的な説明を受けていない。


「今から緊張しても仕方ありません。もっと気楽に行きましょう」


 イメルダ先生の声は、どこか家庭教師的な響きがある。長く艶やかな髪を機能的に一つにまとめ、分厚いレンズの眼鏡をかけたその姿は、どう贔屓目に見ても、強くは見えない。


「う……うんっ!」

「では、まずは【魔力】を感じ取ることから始めましょう。これには座学よりも体感が先決です」

「うん」

「レオナルド様。返事は『はい』でお願いします」

「は、はい」

「よろしい。本当に基礎的なことからわかっていないようですから、まず魔力を説明しましょう。魔力というものは、この世界の理を形作る根源であり、あらゆる生命が等しく内包しているものです。そしてこの内包する魔力を【体内魔力】と呼びます。また、私たちの周囲、この空気中にも絶えず漂っている魔力を【自然魔力】と言います」

「体内魔力と自然魔力?」

「そうです。自然魔力は膨大ですが、そのままでは希薄すぎて、体内に取り込み循環させるには非常に時間がかかる。つまり人が魔力を根源として魔法を唱えたい時、【自然魔力】は不向きな性質を持っているのです」

「うん……なるほど」


 お兄様。まだ入り口もいいところです。『少し難しいな』というような顔をしている場合ではありませんわ。というか口調。この帝国貴族の子供らしくない甘ったれた喋り方。


 改めて、お兄様がこれまで何一つとしてまともな教育を受けてこなかったのだと思い知らされる。前世では、この状態のまま学園へ通っていたのだ。公爵家の嫡男がこれでは、周囲から馬鹿にされるのも当然である。


 それなのに、お父様はこの有様を見て『それでいい』と言い放ったのだから、あまりにも悪質すぎる。


「それではまず魔法の体系ですが、基本となる【四大元素魔法】、別系統である【光】と【闇】、さらには【精霊魔法】【召喚魔法】といった分類が存在します。人によって最も適した魔法は異なりますので、まずはレオナルド様の適性を見極めねばなりません」

「へえ」

「具体例を挙げましょう。先ほどフレデリカお嬢様がミノタウロスを屠った際、まず使われたのが【身体強化魔法】です。これは体内の魔力を循環させる高度な術ですが、消費魔力量が極めて少ないため、魔法使いとしての才能に乏しい者でも上位の冒険者を目指せる重要な技術です」

「なるほどー」

「そして最後に放たれたのが【土魔法】、これが四大元素魔法の一つです。あれは大気中の精霊の力を借りてはいますが、【精霊魔法】ではありません。『意志ある精霊』と直接契約を交わして行使した術ではないからです」

「へえ……!」


 説明を聞いたお兄様が、弾かれたように私の方を振り返った。その瞳には、純粋な尊敬と、眩しいものを見るような輝きが宿っている。


 けれど、私はそんな視線を向けられても、嬉しい気持ちは湧いてこない。お兄様にしてみれば、私は自分より遥か先、先駆者のように見えるのだろう。だが、私にとっては最低限。できなければ死ぬ。


 ただただその理由で唱えられるようになっただけの魔法だ。


「まあ、ここから先の高度な理論の話を今しても仕方がありませんので、次の機会に譲りましょう。それで、基礎中の基礎。まずは体内の魔力を知覚する訓練です。レオナルド様、私の手を取ってください」

「う、うん。あ、いや、はい。お願いします」


 お兄様は、イメルダ先生から発せられる、正体不明の静かな迫力に圧倒されたように、怯えながらも言葉を言い直して、その細い手をつないだ。


 次の刹那、イメルダ先生の指先から、一切の淀みも不純物も混じらない魔力がお兄様の小さな体へと流れ込んでいった。他者の魔力を直接流し込まれ、その異物感を通じて自分の魔力を自覚する。


 これは貴族の子供達が幼少期に必ず受ける【魔力開花】の儀式だ。貴族の子供たちは、まだ自我が確立しきらない頃から、魔法という力こそが自分たちの特権であることを骨の髄まで叩き込まれる。


 まあ、我がバランシエール公爵家のような、特殊事情がない限りだが……。


「どうですか? 今、あなたの内側を巡る魔力の脈動を、感じ取ることができますか?」

「うん……あ、すごい。ちょっとだけわかる気がする。なんか、冷たくて……こう、ひんやりとしたものが指先から胸の方へ流れてくるような、そんな感じです」

「ほう、それは素晴らしい。その感覚を、決して忘れないでください。そして、今、あなたは『冷たくてひんやりとした』と仰いましたね?」

「はい」

「それはつまり、あなたが【水】の系統に愛され、適性を持つ魔法使いであることを示しています。そして、おめでとうございます、レオナルド様。魔法の才能が生まれながらにない者は、魔力を流し込まれても、何も感じることができない。火の激しさも、水の冷たさも、土の暖かみも、風の心地よさも、何もかもが感じられないのです。ですから、少なくとも、あなたにも魔法使いとしての確かな『才能』が備わっているようです」

「ほ、本当に!? 僕にも、魔法の才能があるの!?」


 お兄様の顔が、これ以上ないほど明るく輝いた。その子供らしい無邪気な喜びを目の当たりにして、私も、嬉しくなるのを感じた。


 魔法の才能が完全にないケースは、平民層では二人に一人という高い割合で存在する。しかし、貴族では、魔法の才能が全くない者は十分の一ほどしかいないと言われていた。


 そして前世のお兄様は、この魔法の才能が全くないもの、蔑称で【魔抜け】と呼ばれていた。


 公爵家の息子という地位によって辛うじて貴族ではあったが、異母弟のキースが圧倒的な成果を出すにつれ、誰からも相手にされず、最後にはゴミのように捨てられた。


「本当です。嘘をついてまで、あなたのご機嫌を取る理由などございませんから」

「僕にも……特別な才能が、あるんだね……?」

「残念ながら、『特別な才能がある』などという話ではありません」

「え……?」


 イメルダ先生は、眼鏡の奥の瞳を光らせ淡々と告げた。


「特別な才能、俗に『神からの贈り物(ギフテッド)』などと呼ばれるものを持つ者は、初めて魔力を流し込まれた瞬間に、無意識下で魔法を構築してしまいます。その結果、制御不能なほどの大量の水を吹き出させたり、あるいは瞬時に精巧な水の彫刻を空中に造り上げたりします。あなたは少なくとも、その例には当てはまりません」

「そっか……。やっぱり、お父様の言う通りなんだね……」


 お兄様が、目に見えて肩を落とした。この世界にはギフテッドという名の化け物がいる。魔力に目覚めたその瞬間から、勝利が約束されたような、残酷なまでの輝きを持つ者たち。


 お兄様の落胆を横目に、私は静かに拳を握りしめた。


「レオナルド様。自分に、特別な才能がないことが、悲しいですか?」


 イメルダ先生が、お兄様の顔を覗き込むように問う。


「うん……正直に言えば、できれば……僕も、特別な才能があって欲しかった。フレデリカみたいに、すごくなれたら、お父様だって……」

「では、才能がないから訓練をやめますか?」

「う、ううん。やめるなんて、誰も言ってない。僕、魔法の才能がこれっぽっちもないんだと思っていたんだ。でもあるなら僕もちゃんと魔法を使えるようになりたいんだ。だから……」


 お兄様がイメルダ先生をちゃんと見つめて、ゆっくりと頭を下げた。イメルダ先生は下げられた頭をただ無表情で見つめており、何を考えているのか窺い知れない。


「僕に魔法を教えてください、先生」

「よろしい。あなたが望む限りは教えましょう。……ですが、一つだけ覚えておいてください」

「何ですか?」

「才能がない、というのは、ただの言い訳です」

「言い訳……」

「幼い頃から魔力が溢れ、神童ともてはやされるギフテッドは確かに存在します。けれど、歴史に名を刻み、S級の極みにまで到達した化け物たちの本質は、そこではないのです。先天的に感覚を掴む者がいる一方で、実際にその才が花開くかどうかは、その後の本人の努力と、研鑽の積み重ねによるところが、何よりも大きいのです」


 実際にそれはそうだ。前世のお兄様の一番の弱点が何だったかといえば、努力することが嫌いだったことだ。そしてそういう風に育てられたことだ。


 お父様も、そして悲しいけれどお母様も、お兄様の教育という一点において最悪の組み合わせだった。


「……うん」

「レオナルド様、やる気は、ありますか?」

「うん、あるよ! 僕、頑張る!」

「よろしい。では、血反吐を吐くほど頑張りましょう」

「はい! 頑張ります!」


 お兄様……。何を言われても自信が持てず、いつも贅肉の塊の体を丸め、他人の顔色を窺いながら自信なさげに縮こまっていたお兄様……。お兄様の惨めな姿を見たことを私は思い出した。


『どうして僕と手を繋がないんだよ!』

『お願いです。もう私と関わらないでください』


『こ、これ、気に入ると思って!』

『ひい、ですから近づかないでほしいとあれほど!』


『生意気な! 僕の方が立場が上なんだぞ!』

『やめろこの豚! 自分のやってることが恥ずかしくないのか!』


 かつてお兄様が必死に婚約者と仲を深めようと足掻いていた。しかし仲を深めようとすればするほど嫌われ、お兄様の婚約者は最終的に、あの頃『正義』に目覚めていたエリック皇子に泣きつき、


『公爵家の権威を笠に着る下劣な豚』


 と嘲笑され、婚約を破棄された。正直言えば子供の頃の私も、お兄様があまりにも惨めで嫌いだった。けれど、今の私には分かる。あの時のお兄様も、不器用なりに、自分のできる一生懸命だったのだと。


 あの時のお兄様も、上を目指して足掻いておられたのだと。それを誰も助けることができなかっただけなのだ。それは私の後悔でもあった。


「では、次は私の魔力ではなく自分の魔力を感じるための訓練です。あなたが一番自然体になれる体勢をとってください」

「自然体って……、僕が一番自然体だと思うのは仰向けなんだけど、寝ててもいいんですか?」

「構いませんよ。ただし、本当に眠ってしまっては意味がありません。意識は常に覚醒状態を維持すること。眠ってしまった場合は……容赦なく叩き起こすので、その辺りの覚悟はしておいてください」

「うん。……わかりました」


 そう言って、お兄様は迷いなく地面に大の字になって横たわった。そして、精神を集中させるためだろうか、ゆっくりと目を閉じる。その姿は、端から見れば、ただ食後の眠気を貪る豚のようにしか見えなかった。


「目を閉じるのは正解です。その状態で、自分の内側に目を向けるような感じで、自分の中にある冷たくて穏やかなものに触れてみてください。私の魔力でレオナルド様が感じたあの感覚です。それが体の中にあるのだと分かったら自分でそれを触るような気になってください」

「……」

「レオナルド様?」

「……」

「お兄様?」

「……」


 返事がない。ただの豚のようだ……。


「寝てますわね」

「寝てますね」


 案の定、横になった瞬間、お兄様は安らかな寝息を立て始めていた。イメルダ先生が苦笑しながら、手元に浮かべた水球から冷水を顔面へと打ち付ける。


 冷たさに驚いて飛び起きたお兄様は、己の失態を恥じたのか、次はあぐらをかくように座り直し、東の国で伝わるという瞑想の型を取った。


 手を前で組み、背筋を伸ばし、目を閉じる。しばらく私と先生は、お兄様がまた深い眠りの淵へと沈まないか監視を続けた。


「感じろ……感じろ……冷たいのを……」


 独り言を呟きながら、必死に内側の感覚を研ぎ澄ませるその姿には、一定の集中が感じられる。それを見届けてから、イメルダ先生はゆっくりとこちらへ向き直った。


「さて、レオナルド様はしばらくこのまま放置するしかありませんね。次は、お嬢様への特訓です」

「はい。先生、何卒よろしくお願いします」


 先生が、私の目の前へと迫る。ちょっと鼻息が荒い気がする。その瞳の奥には、教える者としての高揚と、観察者としての冷たい光が宿っていた。


「レオナルド様と違い、本来、お嬢様の年齢であれば、いくら貴族の家柄であっても、まずは魔法理論や魔力の操作といった基礎から指導を始めるものです。しかし、どういうわけか、ご自分で才能はないとおっしゃられるお嬢様に、そのような初歩を講じる必要は……全くなさそうです」

「……私に、基礎は不要と?」

「ええ、不要です。先ほどミノタウロスとの実戦で見せていただいたあの魔力の流れ、その操作の美しさ、そして刻一刻と変化する戦況を瞬時に判断し、最適解を選択する洞察能力……。どれをとっても、死線を幾度も越えてきた歴戦の強者そのものです。一体、どうすれば三歳でこれほどまでに完成されるのか……私のような凡庸な教育者でも、その秘密を教わってみたいほどです」

「そうですか……」


 私の中身を知りたいという気持ちは当然だ。どう考えてもこんな三歳の子供がいるわけがない。だが、語る気はない。そこまでこの人を信用してはいないのだ。だからこそ、この女の腹の内を測るために私は口を開いた。


「ではまずそのような話より、私から先生にお聞きしたいことがあります」

「おや、何ですか?」

「簡単です。あなたの素性について教えていただけませんか?」


 私の言葉に、イメルダ先生は分厚い眼鏡を直し、その奥にある瞳で私を見てきた。

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