第249話:産業の発展
近代国家の心臓部として凄まじい熱気を帯びる首都・江戸。ガス灯が闇を照らし陸蒸気が走る。
大臣を兼任する新八は、坂本龍馬らと共に目まぐるしく発展を遂げる国の姿を目の当たりにする。
かつての敵味方が手を取り合う新しい時代が、今まさに力強く動き出そうとしていた。
大和共和国の首都、江戸。
かつて武家屋敷が立ち並んでいたこの街は、今や近代国家の心臓部として、凄まじい熱気を帯びていた。
レンガ造りの洋館が建ち並び、ガス灯が夜の闇を照らす。そして何より、街の風景を一変させたのは、黒煙を上げて走る「陸蒸気」――蒸気機関車の存在だった。
「新八、見たか! ついに江戸と大阪が鉄の道で繋がったぜよ!」
通商産業大臣の執務室で、坂本龍馬は興奮冷めやらぬ様子でバンバンと机を叩いた。
法務大臣と教育大臣を兼任する俺は、山積みの書類仕事の合間を縫って、彼の執務室に顔を出していた。
「ああ、聞いたよ。これで物流の速度が劇的に変わるな」
「それだけじゃないぜよ。電信網も全国に張り巡らされつつある。これからは、情報も物も、あっという間に国中を駆け巡るんじゃ!」
龍馬の目は、少年のようにキラキラと輝いていた。
彼が率いる「北海道商会」は、今や政府の強力なバックアップを受け、世界中の物資を日本へ運び、日本の特産品を世界へと輸出する総合商社へと発展を遂げていた。
「日本を、東洋のイギリスにするぜよ!」
かつて、彼が熱っぽく語っていた夢。それは今、着実に現実のものとなろうとしている。
「それにしても、中岡の奴もよくやったな。あの頑固者が、まさか鉄道大臣としてこれほどの手腕を発揮するとは」
「慎太郎は、昔から一度決めたら曲げん男じゃき。それに、あいつは『鉄の道が、人の心を繋ぐんじゃ』と、いつも言うとる」
中岡慎太郎も、今や大和共和国の近代化に欠かせない重要な柱となっている。
かつての敵味方が、今は同じ国の未来のために手を取り合っている。その事実が、俺には何よりも嬉しかった。
◇
数日後、俺は龍馬に誘われ、群馬県に新設された「富岡製糸場」の視察に訪れていた。
赤レンガ造りの巨大な工場群は、まさに近代産業の象徴とも言える威容を誇っていた。
「どうだ、新八。これが日本の新しい力だ」
俺たちを案内してくれたのは、大蔵大臣の小栗忠順だった。
かつて幕府の勘定奉行として、フランスの支援を取り付け、横須賀製鉄所の建設を推進した男。彼の先見の明と実行力がなければ、大和共和国の近代化はこれほどスムーズには進まなかっただろう。
「素晴らしいですね。これほどの規模の工場が、日本にできるとは」
「ここには、フランスから最新の繰糸機を導入している。ここで生産された高品質な生糸は、世界中の市場で高く評価されるはずだ」
小栗は、自信に満ちた表情で語った。
工場の中に入ると、数百台もの機械がけたたましい音を立てて稼働しており、女工たちが手際よく作業を進めている。その熱気と活気は、圧倒的だった。
「小栗さん、渋沢の奴はどうしてますか?」
「栄一か。あいつは今、新しい銀行の設立に奔走しているよ。産業を育てるには、血液となる資金が必要だからな。あいつの商才には、本当に助けられている」
渋沢栄一。かつては一橋家の家臣として、俺たち新選組とも関わりのあった男だ。彼は今、大和共和国の経済の基盤を作るために、八面六臂の活躍を見せている。
「みんな、それぞれの戦場で戦っているんですね」
「ああ。剣をペンや算盤に持ち替えてな。だが、国を思う気持ちは、あの頃と何も変わっていない」
小栗の言葉に、俺は深く頷いた。
◇
富岡製糸場の視察を終えた後、俺たちは近くの村に立ち寄った。
そこには、俺たちにとって懐かしい顔が待っていた。
「おお、新八! よく来てくれたな!」
日焼けした顔に満面の笑みを浮かべて出迎えてくれたのは、井上源三郎だった。
新選組の六番隊組長として、数々の死線を共に潜り抜けた源さん。彼は戦後、軍を引退し、この地で養蚕業を始めていた。
「源さん、元気そうですね。すっかり板についてるじゃないですか」
「おう! 剣を振るうより、蚕の世話をする方が性に合ってるみたいだ」
源さんは、自慢げに蚕棚を見せてくれた。
彼が育てた蚕から取れる糸は、その品質の高さから「源さんの糸」と呼ばれ、富岡製糸場でも特別に高く買い取られているという。
「源さんの糸は、本当に素晴らしい。うちの商会でも、海外に向けて大々的に売り出しているところだ」
「龍馬さんにそう言ってもらえると、鼻が高いよ」
源さんは照れくさそうに頭を掻いた。
「俺は難しいことは分からねぇ。だが、自分が育てた糸が、この国の役に立っていると思うと、なんだか誇らしい気分になるんだ」
その言葉には、かつて剣に生きた男の、新しい生きがいが満ち溢れていた。
「源さん、あんたも立派にこの国を支えている一人ですよ」
「へへっ、そう言われると照れるな」
俺たちは、源さんの家で手作りの料理をご馳走になりながら、昔話に花を咲かせた。
かつて血で血を洗う戦いを繰り広げた日々が、まるで遠い昔の夢のように思えた。
◇
江戸への帰路。
列車の窓から外を眺めると、夕日に照らされた田園風景が広がっていた。
その中を、電信柱が等間隔に立ち並び、遠くの空には工場の煙突から煙が立ち上っている。
「新八、日本は変わるぜよ。いや、もう変わり始めとる」
向かいの席に座る龍馬が、静かに語りかけた。
「ああ。俺たちの想像を遥かに超えるスピードでな」
「世界は広い。列強どもは、虎視眈々とこの国を狙っとる。だが、今の日本なら、堂々と渡り合えるはずじゃ」
龍馬の言葉には、確かな自信がこもっていた。
大和共和国は、近代国家としての基盤を固め、世界の列強と肩を並べる存在へと成長しつつある。
俺たちが命を懸けて守り抜いたこの国は、今、新しい時代に向かって力強く歩み始めているのだ。
(近藤さん、トシさん……しばらく会ってねえな……相変わらず忙しくしてんだろうが、早くあんたたちにもこの景色を見てもらいたいもんだ……。俺たちの国は、こんなにも豊かに、そして強くなりましたよ)
俺は、夕焼け空に向かって、心の中でそう語りかけた。
列車の規則正しい振動が、まるでこの国の力強い鼓動のように、俺の体に響いていた。
製糸場を視察した新八たちは、養蚕業で国を支える井上源三郎と再会する。
剣を置き、それぞれの場所で国の未来に尽力する仲間たち。
車窓から見える豊かな景色に新八は近藤や土方へと思いを馳せる。
命を懸けて守り抜いた国は、確かな足取りで列強と肩を並べる存在へと成長していた。
【読者の皆様へ】
長らくご愛読いただきました本作も、本日投稿予定の次回「第250話」でいよいよ本編完結となります。
彼らが命を懸けて切り拓いた新しい時代の結末を、どうか最後まで見届けていただけますと幸いです。




