第248話:教育の普及
教育大臣を兼任する新八は、文部省で山積みの書類と向き合っていた。
剣に生きてきた彼が、国の未来を担う子供たちの育成という重責を担う。
身分や貧富の差に関係なく全ての子供が学べる環境を整えるため、新八は真の近代国家を目指し教育制度の改革に乗り出す。
いよいよ明日で本編完結となります。
最後までどうか見届けていただけるとありがたいです。
大和共和国の首都、江戸。
戦火の傷跡も徐々に癒え、街には活気と新しい時代の息吹が満ちていた。
喧騒から少し離れた、新設された文部省――教育を司る役所の長官室で、俺は山積みの書類を前に一つため息をついた。
法務大臣と兼任で教育大臣を任された俺の肩には、この国の未来を担う子供たちの育成という、重い責任がのしかかっていた。
剣を振るうことしか知らなかった俺が、まさか教育のトップに立つことになるとは。人生とは分からないものだ。だが、だからこそ、俺にしかできないことがあるはずだ。
「国を作るのは人だ。人を育てるのは教育だ」
俺は、自らに言い聞かせるように呟いた。
「新八先生、お疲れ様です」
ノックの音とともに、一人の男が長官室に入ってきた。
パリッとした洋装に身を包み、知的な眼差しを向けるその男は、福沢諭吉である。彼は、俺が教育制度の改革を推し進める上で、最も頼りにしているブレーンの一人だった。
「おお、福沢先生。ちょうど良かった。この『学制』の草案なんだが……」
「拝見します。……ふむ、なるほど。全国を学区に分け、小学校から大学までを体系的に整備する。素晴らしい構想です」
福沢は、俺の書いた草案に目を通し、満足そうに頷いた。
「だが、問題は金だ。これだけの学校を全国に建てるとなると、莫大な予算が必要になる」
「ええ。しかし、教育への投資は、必ず国益となって返ってきます。身分や貧富の差に関係なく、全ての子供が学べる環境を整える。それこそが、真の近代国家の条件です」
福沢の言葉には、強い信念がこもっていた。
かつては武士だけが学問を独占していた時代。しかし、これからは違う。四民平等の世の中において、誰もが等しく教育を受ける権利があるのだ。
「俺も同感だ。予算の件は、大蔵省の小栗さんに掛け合ってみる。それと、福沢先生のあの本、大評判らしいな」
「『学問のすゝめ』ですか。ええ、おかげさまで。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず……この言葉が、多くの人々の心に響いたようです」
福沢が執筆したその本は、瞬く間に大ベストセラーとなり、日本中に「学ぶこと」の重要性を知らしめていた。人々は競って本を読み、新しい知識を吸収しようと目を輝かせている。
◇
数日後、俺は江戸の中心部に新設された「江戸国立大学」の視察に訪れていた。
ここは、大和共和国における最高学府であり、将来の国を背負って立つエリートたちを育成するための機関である。
「永倉君、よく来てくれたね」
総長室で俺を出迎えたのは、柔和な笑みを浮かべた山南敬助だった。
新選組の総長として、俺たちを精神的に支え続けてくれた山南さん。彼は今、その類まれなる知性と温厚な人柄を買われ、この大学の総長という大役を任されている。
「山南さん、大学の様子はどうですか?」
「皆、非常に熱心だよ。西洋の学問を貪欲に吸収しようとする姿勢には、目を見張るものがある」
山南さんは、窓の外に広がるキャンパスを見つめながら言った。
「『知は力なり』。私は学生たちに、常にそう語りかけている。剣の力で国を守る時代は終わった。これからは、知識と教養こそが、この国を守る最大の武器になるのだとね」
「山南さんらしい言葉ですね。俺も、全く同感です」
俺たちが話していると、廊下からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「私の理論は完璧です! なぜ理解できないのですか!」
甲高い声とともに、白衣を着た男が総長室に飛び込んできた。
武田観柳斎である。
かつて新選組で軍学を教えていた彼は、その知識を活かし、今は工科大学の教授として科学技術を教えている。
「おお、永倉君! ちょうど良いところに。聞いてくれたまえ、この学生たちの理解力のなさを!」
「武田先生、相変わらず血の気が多いですね」
俺が苦笑すると、武田は眼鏡をクイッと押し上げた。
「科学技術の発展なくして、近代国家の成立はあり得ません。私は彼らに、最先端の物理学と機械工学を叩き込んでいるのですが……ついてこれるかな?」
武田は、不敵な笑みを浮かべた。彼の指導は厳しいことで有名だが、その情熱に惹かれて集まる優秀な学生も多いと聞く。
「まあまあ、武田先生。学生たちも一生懸命なのですから、少し長い目で見てあげてください」
山南さんが優しく宥めると、武田は「ふん」と鼻を鳴らしながらも、少し落ち着きを取り戻した。
「それから、永倉君。体育の授業も、順調に進んでいるようだよ」
山南さんの言葉に、俺は頷いた。
「ええ。松原に任せて正解でした」
松原忠司。新選組で柔術師範を務めていた彼は、現在、全国の学校に体育の授業を導入する責任者となっている。
「健全なる精神は、健全なる身体に宿る! さあ、皆の者、もっと腰を落とせ!」
グラウンドの方から、松原の野太い声が聞こえてきた。
窓から覗き込むと、学生たちが一糸乱れぬ動きで体操を行っている。松原の指導は、軍隊の訓練のように厳しいが、そのおかげで学生たちの体力は目に見えて向上しているという。
「知育、徳育、そして体育。この三つが揃ってこそ、真の教育と言える。君たちがそれぞれの分野で力を発揮してくれているおかげで、この国の教育は確実に前進しているよ」
山南さんは、俺と武田の顔を交互に見ながら、深く頷いた。
◇
視察を終え、文部省への帰路につく馬車の中。
俺は、窓の外を流れる江戸の街並みを眺めながら、確かな手応えを感じていた。
全国各地に小学校が建てられ、子供たちの元気な声が響き渡る。
大学では、若者たちが夜を徹して学問を語り合い、未来の技術を研究している。
身分や生まれに関係なく、誰もが自らの可能性を信じ、学ぶことができる国。
(俺たちが命を懸けて守り抜いたこの国は、今、新しい世代へと受け継がれようとしている)
教育立国としての道を歩み始めた大和共和国。
その未来は、限りなく明るい。俺は、そう信じて疑わなかった。
福沢諭吉の協力を得て学制の草案を練る新八は、江戸国立大学の視察に向かう。
総長の山南敬助をはじめ、武田観柳斎や松原忠司ら仲間たちが各分野で情熱を注いでいた。
命を懸けて守り抜いた国が新しい世代へと受け継がれ、教育立国としての明るい未来が確かなものとなる。
長らくご愛読いただいた本作も、明日の投稿でついに本編完結を迎えます。
最後までよろしくお願いいたします




