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第250話:未来への希望

数年の時が流れ、首都・江戸は驚くべき変貌を遂げた。

建国記念日に沸く街を、二児の父となった新八は家族と歩く。

向かう先は国の中心である皇居。

そこには共に死線を潜り抜けた無二の戦友たちの姿があった。


命を懸けて切り拓いた新しい時代の結末。いよいよ本編完結です。

 数年の歳月が流れた。

 かつて血で血を洗う戦いの舞台となったこの国は、今や驚くべき変貌を遂げていた。

 大和共和国の首都、江戸。かつての木造家屋がひしめき合っていた街並みは姿を消し、代わりに赤レンガ造りの近代的な西洋建築が建ち並んでいる。大通りにはガス灯が等間隔に設置され、夜になれば街全体を暖かな光で包み込む。そして、街の風景を最も象徴するのは、黒煙を上げて力強く走る「陸蒸気」――蒸気機関車の姿だった。

 人々の服装も変わった。髷を結う者はすっかり減り、多くの男たちが散切り頭に洋装、あるいは和洋折衷の装いで街を行き交う。女たちもまた、色鮮やかなドレスや新しい意匠の着物を身にまとい、活気あふれる街に華を添えていた。


「父さま、あれなに?」


 俺の右手を握る小さな手が、力強く引かれた。

 見下ろすと、今年で五歳になる長男のまことが、目を輝かせて遠くを指さしている。その視線の先には、けたたましい汽笛を鳴らしながら高架橋を走り抜けていく蒸気機関車の姿があった。


「あれはね、未来へ行く乗り物だよ」


 俺がそう答えると、誠は「みらい?」と小首を傾げた。


「そう。この国をもっと豊かに、もっと強くするための、鉄の馬だ」

「鉄の馬! かっこいい!」


 誠はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。その無邪気な姿に、俺は思わず頬を緩める。

 俺の左側では、妻の佐那が、三歳になる長女の琴音ことねを抱きかかえながら、優しく微笑んでいた。


「あなたったら、またそんな大げさな言い方をして。誠が本当に未来に行けると思い込んでしまいますよ」

「いいじゃないか。あいつらが大人になる頃には、本当に空を飛ぶ乗り物だって飛び回ってるさ」


 かつて「千葉の鬼小町」と恐れられた北辰一刀流の達人である佐那も、今やすっかり二児の母としての柔らかな表情を見せるようになっている。だが、その凛とした佇まいと、芯の強さを感じさせる瞳は、出会った頃と何も変わっていない。

 俺たちは、家族四人で休日の江戸の街を散歩していた。

 今日は、大和共和国の建国記念日。街中が祝祭の空気に包まれ、あちこちで色とりどりの旗がはためいている。


「さあ、急ぎましょう。皆さんがお待ちかねですよ」


 佐那に促され、俺たちは歩みを早めた。

 向かう先は、かつての江戸城――今は大和共和国の政治の中枢である、皇居の広場だ。

 旧幕府という組織は完全に発展的解消を遂げ、北海道共和国政府へと形を変えた後、この大和共和国という一つの巨大な近代国家へと統合された。かつての身分制度は撤廃され、四民平等の世が実現している。


 皇居の正門前に到着すると、そこにはすでに懐かしい顔ぶれが揃っていた。


「新八、遅いぞ」


 呆れたような声とともに、腕を組んで立っていたのは土方歳三だった。

 かつて新選組の「鬼の副長」として恐れられた男は、今や大和共和国の国防長官として、国の軍事を一手に担う重鎮となっている。仕立ての良い軍服を身に纏ったその姿は、相変わらず隙がなく、そして誰よりも様になっていた。


「悪かったな、子供がぐずってさ。誠の奴が、陸蒸気から目を離さなくてな」

「ふん、相変わらず甘い父親だな。俺の部下なら、即座に営倉行きだぜ」

「おいおい、五歳の子供を営倉に入れるなよ」


 俺が苦笑いして言い返すと、土方の隣から豪快な笑い声が響いた。


「はっはっは! まあいいじゃないか、トシ。今日はめでたい建国記念日だ。堅いことは言いっこなしだぞ」


 近藤勇だった。

 新選組局長として俺たちを率いたこの男は、今や内務長官として、国の治安維持と警察組織のトップに君臨している。その威風堂々たる体躯と、人を惹きつける温かな笑顔は、今も昔も俺たちの絶対的な大黒柱だ。


「近藤さん、お久しぶりです。相変わらずお元気そうで」

「おお、新八! 佐那君も、よく来てくれた。誠君も琴ちゃんも、見ないうちにずいぶんと大きくなったな」


 近藤さんは、屈み込んで誠と琴の頭を撫でた。子供たちは、大きくて優しい「近藤のおじちゃん」に懐いており、キャッキャと声を上げて喜んでいる。


「永倉さん、遅刻ですよ。僕なら、とっくに置いていってますけどね」


 飄々とした声でそう言ったのは、沖田総司だ。

 かつて労咳に苦しみ、死の淵を彷徨った天才剣士は、西洋医学の力と本人の驚異的な生命力によって見事に病を克服した。今は近藤さんの右腕として、警察組織の特別遊撃隊を率いている。その剣の腕は、病を乗り越えたことでさらに凄みを増しているという噂だ。


「総司、お前は相変わらず一言多いな」

「事実を言ったまでですよ。それにしても、新八さんがすっかり『良き父親』の顔になっているなんて、昔の隊士たちが見たら腰を抜かしますよ」

「うるせえ。そういうお前はどうなんだ。中沢の……いや、琴さんをほったらかしにしてるんじゃないだろうな」


 俺がからかうように言うと、沖田は涼しい顔で肩をすくめた。


「失礼な。僕と琴さんは、永倉さんたちよりもずっと前から円満な夫婦をやっていますよ。今日は彼女も非番なので、後で合流する予定です。結婚生活の先輩として、新八さんにもう少し夫婦円満の秘訣を教えてあげてもいいですよ?」

「へいへい、悪かったな。ナマ言ってんじゃねぇよ」


 俺より先に中沢琴と祝言を挙げた沖田は、ことあるごとにこうして「既婚者の先輩」としてマウントを取ってくる。病を克服し、伴侶を得た彼の表情は、かつての危ういまでの鋭さが抜け、どこか人間らしい温かみを帯びていた。


 そんな軽口を叩き合っていると、広場の奥から、ひときわ厳かな、しかし温かみのある声がかけられた。

「皆、揃っているようだな」


 その声に、俺たちは一斉に姿勢を正した。

 歩み寄ってきたのは、大和共和国の初代大統領、徳川家茂だった。

 かつて江戸幕府の第十四代将軍として、激動の時代を背負わされた若き指導者。彼は今、洋装の礼服を身に纏い、一国のトップとしての威厳と風格を漂わせている。その隣には、彼を生涯支え続けると誓った妻、和宮様の姿があった。


「大統領閣下、本日は誠におめでとうございます」


 近藤さんが代表して深く一礼すると、俺たちもそれに続いた。

 旧幕閣の一部には、未だに家茂閣下を「上様」と呼ぶ者もいるが、公の場では「閣下」と呼ぶのが現在の習わしだ。


「堅苦しい挨拶は抜きにしよう、近藤。今日は皆で、この国の誕生日を祝う日だ」


 家茂閣下は、柔和な笑みを浮かべて俺たちの顔を見渡した。


「永倉、家族連れで来てくれて嬉しいぞ。子供たちの成長を見るのは、私にとっても何よりの喜びだからな」

「もったいないお言葉です、閣下。この子たちが平和に暮らせるのも、閣下をはじめ、皆様のおかげです」

「いや、私一人の力ではない。君たち一人一人が、命を懸けてこの国を守り、育ててくれたからこそだ」


 和宮様も、優しく微笑みながら佐那と子供たちに歩み寄った。


「佐那、よく来てくれましたね。子供たちも、本当に可愛らしい」

「和宮様、お声がけいただき光栄に存じます」


 佐那が恭しく頭を下げると、和宮様は誠と琴に目線を合わせ、持っていた小さな菓子を手渡した。


「さあ、皆。少し歩こうか」


 家茂閣下の提案で、俺たちは皇居の城壁の上へと向かった。

 かつて江戸城と呼ばれたこの場所は、今も国の中心として機能しているが、その役割は「武家の城」から「国民の象徴」へと大きく変わっている。

 城壁の上に立つと、眼下には発展を続ける江戸――いや、大和共和国の首都のパノラマが広がっていた。

 無数に立ち並ぶレンガ造りの建物。空に向かって伸びる工場の煙突。網の目のように張り巡らされた電信線。そして、港には外国の巨大な蒸気船が停泊し、世界中から物資や情報が絶え間なく流れ込んでいる。


「……見事なものだな」


 土方が、ポツリと漏らした。その横顔には、かつての鋭い殺気はなく、どこか穏やかな光が宿っていた。


「俺たちの作った国だ」


 家茂閣下が、感慨深げに街並みを見下ろしながら言った。

 その言葉には、決して驕りではなく、これまでの長く苦しかった道のりに対する深い感慨が込められていた。

 幕府の崩壊、列強の脅威、そして国内を二分する内戦の危機。数え切れないほどの困難を乗り越え、多くの血と涙を流し、時にはかつての友と刃を交えることさえあった。

 そのすべてが、この眼下に広がる景色に繋がっているのだ。


「ああ、いい国になった」


 近藤さんが、深く頷いた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


「武士の世は終わりました。しかし、武士の魂は、この国の礎として確かに息づいています」

「その通りだ、近藤。君たちが示してくれた『誠』の旗は、今もこの国の中心に立っている」


 家茂閣下と近藤さんの言葉を聞きながら、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 俺たちは、剣で時代を切り開くことしかできなかった不器用な男たちだ。だが、その剣は決して無駄にはならなかった。俺たちが命を懸けて守り抜いたものは、こうして新しい時代の中で、確かな形となって花開いている。


「でも、まだまだこれからですよ」


 不意に、沖田が澄んだ声で言った。

 彼は、城壁の縁に寄りかかり、遠くの空を見つめていた。


「世界は広いですし、列強の連中も大人しくしているわけじゃありません。この国を本当の意味で強く豊かなものにするのは、これからが本番じゃないですか」

「総司の言う通りだな」


 土方が、ニヤリと笑って沖田の肩を叩いた。


「俺たちが油断すれば、この国はあっという間に食い物にされる。剣を銃に、戦を外交や経済に持ち替えただけで、戦いそのものが終わったわけじゃねえんだ」

「人使いの荒い国だぜ、まったく。死ぬまで働かされることになりそうだ」


 俺が肩をすくめて言うと、皆がドッと笑った。


 城壁の上を、心地よい春の風が吹き抜けていく。

 ふと視線を落とすと、誠と琴が、城壁の隙間から街を見下ろして、何やら楽しそうに指をさし合っていた。その後ろ姿を、佐那が優しい目で見守っている。


(近藤さん、土方さん、総司……そして、閣下)


 俺は、仲間たちの顔を順番に見渡した。

 共に死線を潜り抜け、背中を預け合った無二の戦友たち。そして、この国を導く若き指導者。

 彼らと共にこの時代を生き、この景色を見ることができたことを、俺は心の底から誇りに思う。


「俺たちの戦いは終わった」


 俺は、青く澄み渡った空を見上げながら、静かに口を開いた。


「だが、この国の物語は、まだ始まったばかりだ」


 俺の言葉に、皆が力強く頷いた。

 過去の悲しみも、苦しみも、すべてはこの未来へ繋がるための礎だった。

 これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、俺たちならきっと乗り越えていける。この国に生きるすべての人々と共に、新しい歴史を紡いでいける。


「さあ、行こうか。皆が待っている」


 家茂閣下の声に促され、俺たちは城壁を背にして歩き出した。

 希望に満ちた青空の下、彼らの笑顔が眩しく輝いていた。


 大和共和国の歩みは、これからも続いていく。

 鉄の馬が大地を駆け抜け、新しい時代が幕を開ける。

 俺たちの魂を乗せたこの国の物語は、永遠に終わることはないだろう。(完)


本話をもちまして、本作は無事に本編完結を迎えることができました。

長きにわたり、新八たちの過酷な戦いと新しい時代への歩みを見守り、応援してくださった読者の皆様に心より御礼申し上げます。


ほぼ初めての長編執筆ということもあり、文章の拙さや時代考証、設定の矛盾など、数々の至らぬ点があったかと思います。

それでも見捨てず、皆様からいただいた温かいご感想や丁寧な誤字報告の一つ一つが、最後まで走り抜けるための大きな励みとなりました。


彼らが命を懸けて切り拓いた「大和共和国」の未来が、皆様の心の中に少しでも残ってくれれば幸いです。


また次作で、皆様と再びお会いできる日を心より楽しみにしております!

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
無事の完結お疲れ様でした。 気になる所は有れど、キチンと完結まで物語を 持っていったのは立派だと思います。 ただ、1点 やらかした事に対して薩摩は一応蹴りが着きましたが 長州は途中から空気に成ってた…
長編執筆お疲れ様でした。 毎日更新を楽しみに待ち、読ませていただいていました。 完結していただけて、嬉しいです。 またどこかの作品でお会いできるまで、お待ちしております。
感想一覧
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